第6話 戦士の国 バルディゴ
行商の馬車に揺られて五日目の朝、俺たちはようやくバルディゴ王国を視界にとらえた。
「サーニャ、見えてきた。あれがバルディゴだ」
「わぁーおっきい！ あれ、でも城だけで城下町が見えないですね」
「バルディゴは城壁の中に街があるんだ。いわゆる城塞都市だな」
「へぇーそんなところもあるんですね」
サーニャは今までまったく村の外にでたことがないらしく、ここに来るまで何かを発見するたびにオレに質問を投げかけてきた。彼女にとっては見るもの、聞くものすべてが新しく、教える側からしても説明のしがいがあった。
また気まぐれで人間の姿になるティルにはえらく懐いたようで、ティルもサーニャのことを妹のように可愛がっていた（オレへの態度は相変わらずだったが）。
何はともあれいったんの目的地バルディゴまで無事につくことができたのだ。
城門をくぐる際に一度荷物の検閲を受け、いよいよ馬車はバルディゴ国内へと入っていった。
「わぁ……」
サーニャが短く感嘆の言葉を発する。オレもこの光景を初めて見た時は同じような反応だった。城壁と同じ頑強な煉瓦で作られた家々がそこかしこに立ち並ぶ。デザイン性はないが、それぞれが小さな城のような造りになっている。
「サーニャ、フリッツ、どこでおろそうか？」
「どうしますフリッツさん？」
「じゃあ、冒険者ギルド支部の前でおろしてもらえますか？ マーケットの並びにあると思うんで」
「了解」
ペスタの村からオレたちをここまで連れてきてくれた商人に冒険者ギルドの支部前でおろしてもらうと、あらかじめ村長あてに書いた手紙を託してその場で別れた。これで完全にペスタの村からきた人間はオレとサーニャだけになってしまった。
「サーニャ、さみしくない？」
「少しさみしいですけど、これが最後じゃないですから」
そうだ。村長は気にすることはないと言ってくれたけど、オレたちはいつか村に帰るつもりなのだから。
「ところでフリッツさん、冒険者ギルドにどんなご用ですか？」
「オレは一応ギルドに所属する冒険者なんだけど、正直いまオレはどういう状態になってるのか確かめたくてね」
そう答えつつギルド支部の扉をくぐる。中には順番待ちの冒険者たちでごったがえしていたが、とりあえず受付をする為にカウンターに向かう。すると、
「フリッツさん！？」
運が良いことに顔なじみの男性職員であるミケルが顔を出した。
「やあ、ミケル。元気にしてたか？」
「元気にしてたか？ じゃないですよ！ フリッツさん、国の方からは調査先で亡くなったって聞いて僕、僕は……」
そこまで言うとミケルの瞳に涙がぶわっとたまり、それからおいおいと泣き始めてしまった。
「泣くなって、あいからわず涙もろいな」
あぁほら、そんなに泣くから周囲からすごい注目されてるじゃないか。
「おぉフリッツ、生きてたか！」
「おいみんな、魔力タンク様の生還だぞ！」
「まったく、帰ってくるとはまーだ悪運尽きてなかったか」
オレの存在に気付いたのか、ギルド内にいた顔なじみから次々と声がかかる。なかには多少酷いことをいってくるやつもいたが、それでも自分が生きて帰ったことを祝福してくれているのだと思うと悪い気がしなかった。
「ところでフリッツさん、彼女は？」
ミケルがサーニャの存在に気付いたのか、問いかけてくる。
「彼女はサーニャ。死にかけのオレを助けてくれた女神さまだ」
「あ、あの、はじめまして、サーニャ・ハウメルです。女神とかそんなんじゃ、ないです……」
「へぇー。こちらこそ初めまして。ミケル・ノイマンです。ここの職員で、フリッツさんを担当していました」
お互い自己紹介するサーニャとミケル。二人とも気が弱い方なので、ペコペコと頭を下げあっているのが少し面白い。
「でも、本当に無事で良かったです。それにしても国も国ですよ！ どうしてフリッツさんが死んだなんてデマをこっちによこしてきたんでしょう？」
憤慨しているミケルにさてどうすれば穏便に伝えられるかと考え、結局あったままのことをそのまま伝えるしかないなと思い至り、オレはダンジョンで起こったことを説明した。
「ってことは何ですか！ クレストの連中はフリッツさんを見殺しにしようとしてたってことですか！？」
「そうなんだが、判断としちゃ間違ってなかった。あのままだったらヘタすれば全滅だったし」
「それにしてもクレストの連中は難易度の高いダンジョン調査を成功させたって大々的に国が発表してましたよ！？ フリッツさんがいなければ最深部までいけなかったでしょうに。王国付きは僕たち民間ギルドをなめてますよね！」
「はは……」
ミケルがここまで怒るのにも理由がある。それは王国付きギルドと民間ギルドの力関係だ。王国付きギルドは民間ギルドから自由に人員を借り入れでき、民間側からはそれを断ることができない。しかも調査で手に入った報酬は王国付きが独り占めでき、民間ギルドの人間は僅かな契約金しかもらえないのだ。
「オレが死んだってことになってるなら、契約金もこっちに来てないよな？」
「はい……でも、生きてたんですからもらう権利はあるはずです！」
「なら、王宮に直接取りに行くしかないか」
「あ、でも今王宮はゴタゴタしてますから、取りあってもらえますかね……」
「ん、何かあったのか？」
「実は北西の洞窟に魔獣が現れたそうなんですよ。最初は野良の冒険者たちが報酬目当てに討伐に向かったんですが帰ってこなかったそうです。で、ウチのギルドでも腕利きの連中でチームを組んで調査に向かったんですけど、大怪我をして帰ってきました」
「ここの腕利き連中でもまったく歯が立たないか……」
その話が本当だとしたら、その魔獣というのはかなりの強さだ。世界に数あるギルド支部でも、ここバルディゴのギルドは戦士の国とあって、かなり質の高い冒険者がそろっている。そいつらが討伐ではなく調査に向かって大怪我ということは、先に討伐に向かった野良冒険者は無事ではないだろう。
「いちおうギルドとしてもむやみに討伐に向かわないようにと注意喚起はしているんですが、国から高額賞金がかけられたんで討伐に向かう冒険者が後を絶たないんです……」
そう言ってミケルは大きくため息をついた。まあギルドとしても冒険者を犬死させたくないから気苦労が絶えないのだろう。しかし高額賞金が国から保証されているとなると、冒険者を止めることは難しい。
「王宮もピリピリしてる頃だろうな」
「はい。先日はついに調査から返ってきたばかりのクレストを派遣しましたし、保険として他国からも腕利きの戦士を募集しているみたいです」
「おいおい……」
この国より強い戦士がいるところなんてほとんどないだろう。在野の戦士目当てなのかもしれない。
まあオレとしてはクレストの面々が生きていただけで少しほっとした。ティルで斬り飛ばしてたなんてことになったら寝ざめが悪すぎる。
「でも、今回ばかりはクレストもどうでしょう？ フリッツさんの話を聞く限りだと先の調査でだいぶ消耗しているみたいですし……」
「ふむ……」
確かにいくらクレストの連中とはいえど、連戦続きだときついだろう。そして今の状況を整理する。
オレの手には恐るべき破壊力を出せるティル。国からは魔獣の討伐報酬として高額な賞金が保証されている。そして今、国は魔獣を倒せる戦士を募集していると。
やってみる価値はあるかもしれない。
「まあ、王宮に行くならフリッツさんも魔獣が倒された後がいいかもしれませんね」
「いや、他にも王宮に用ができたんで行ってくるよ」
「そうですか？ 無茶はしないでくださいね。あと、寄宿舎の部屋はまだ残してありますから、そのままお使いください」
「助かるよ。じゃあな」
ミケルに別れを告げ、ギルドから出る。ひとまずは寄宿舎に戻って一息ついてから、だな。
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