アナベル
神泉せい
第1話 空の遠きを知りすぎて
※宮廷魔導師見習いを~の世界観ですが、この話の主人公はまだ出てないキャラです。
これだけで読める…と思います。
性描写、ちょっとありますです、注意ください。
★★★★★★★★★★
「またお会いしましたわね」
背の低い、若草色をした髪の男性が一人で歩いている。彼は私より十二歳ほど年上で、未婚。
彼がこの場に来る事は、最初から知っていたわ。動向は配下に探らせていた。
「貴女は、パーティーでお会いした……」
「アナベル・ロバータ・ハットンですわ。アントニー・ウォーレン様」
数日前、とある豪商のパーティーで会った男性。
私の部下で家族にちょうどその商人のパーティーに招待された者が居たから、同行をお願いして、同じく招かれていた彼を紹介してもらったの。
この男の事は、既に調査済みよ。
彼は、私が仕えるエグドアルム王国の皇太子殿下と敵対する勢力、魔導師長派の人間。魔導師長は高価な回復アイテムの横流しをしている疑いがある。販売の仲介をするこの男を落とすのが、一番手っ取り早いわ。
薄い化粧に、爽やかなジャスミンに柑橘系の香りをプラスした香水。服は露出の少ない清楚な感じで、淡い色のカーディガンを羽織り、装飾品はイヤリングのみ。
この男の好みの女性を演じる。
「せっかくのお祭りですのに、私、友達に急用が出来てしまいましたの。一緒にまわりませんこと?」
「それは光栄ですね、こんなきれいな女性と」
薄暗いんだから、そんなに顏は見えないと思うけどね。まあ褒め言葉が言えるなら及第点よ。
派手に明かりを灯した
「いやすみません、いつも一人で河原から見るくらいだったので……」
「構いませんのよ。友達と来る予定と言いましたでしょ、予約してありましたの。無駄にならなくて良かったですわ。……素敵な出会いもありましたし」
笑顔を向けると、頬を少し赤くした。いけるわね。
ワインを選んでもらい、説明してもらう。頼られる方が好きな男だから。
まずは乾杯をして、歓声に囲まれて大通りを進む山車を見送った。
「あそこに使われている魔鉱石は、私が注文をまとめて、都合したのです」
「素晴らしいですね、私は刺しゅうと回復魔法くらいしかできなくて」
少し褒めたら、仕事での話を勝手に色々と喋ってくれたわ。彼の話からして、表での国内の商人との取引を受け持っているみたいね。密売の相手は貴族や他国の富豪のはずだから、これはハズレだったかしら。
魔鉱石とは、魔力を帯びた鉱石の総称。魔法をかけて光の属性を与えて、輝かせることができる。武器などに使えるヒヒイロカネやミスリルも、大きな分類で言えば魔鉱石に含まれる。明かり用に使うのは、もっと強度や価値のない石ね。
仕事関係の話ばかりだと不審なので、趣味は何かとか、休日の過ごし方などを聞いてみる。興味はないんだけど。笑顔でいるだけで楽しんでいると勘違いしてくれて、とても簡単。
料理もデザートまで食べ終わり、外では祭りの最後を締めくくる打ち上げ花火が開始された。
下からヒュウヒュウと金の線のような花火が上げられ、一際大きな二尺玉が、五百メートルほど上空で大きな音を立てて開いた。
ここで目を伏せて、視線をテーブルに移す。
「……友達、というのは嘘なのです。本当は、……恋人と来るはずでした」
花火は次々に打ち上げられ、ドオン爆ぜて閃光が襲い掛かってくる。
光は消える間もなく連続で起こり、色とりどりの火薬により陰影は深まって、お互いを瞬間に照らし出す。
「彼は、……私の親友と恋に落ちてしまったの……」
空に描かれる巨大な花の開花の音に紛れて、小さく告げた。
俯いた顔に、向けられた視線を感じる。
小刻みに震える私の手を、男の掌が包む。目尻から一筋流れた涙がグラスに落ち、ワインに溶けて消えた。
「私では、貴女の傷を癒せないだろうか……?」
「……解らないわ」
薄暗い部屋のカーテンを引き、男が慣れた手つきで私の服を脱がせる。
布を床に落として何度も口づけを交わし、ベッドへと倒れ込んだ。
鎖骨に跡を残して、胸にキスを落としてくる。片手は胸を揉んで、もう一方は腰に回されて私を逃がさないようにしているようで。
しばらく胸の突起を舌で味わってから、脇腹へと唇が降りていく。私の息は少しずつ甘くなるのに、心は何も動かない。
いつもこうなの。何かが空しい。天井に絵でも描かれていればいいのにな、と思う。
太腿に鼻が当たって、足の付け根まで顔が降りてきた。
「……んぁっ……」
「アナベル……」
男が熱く私を呼ぶ。
「ウォーレン様……」
「名前で呼んで欲しい」
下股に与えられる、濡れた舌の感触。
「アントニーさ、ま……っ」
顔を上げた男と私の目が合った。
彼は頬をわずかに赤く上気させ、満足そうに微笑んだ。
「アナベル、君は本当に美しい……」
荒い息で私に身を沈める男の背を、抱き寄せる。
祭りの後のしんとした四角い空間に、私たちの息遣いと時折の囁き声、それから睦み合う湿った音が響いていた。
「また、会えるかい?」
「……ごめんなさい、どうかしていたの。まだ、彼を忘れられない……」
それだけ告げて、アントニーをベッドに残して部屋を出た。
身も心も焼き尽くすような、灼熱の恋がしたい。
この体が溶けるほどに。
誰も居なくなった暗い湖の畔を歩いていると、若い男が一人、反対側からこちらに向かってくる。
「ご苦労さん。首尾はどう?」
「どうやらあの男ではダメね、ろくな情報がなさそうよ」
軽い口調でやって来たのは、同じく側近のメンバー、エクヴァルという男。
「殿下から。あまり無理しないようにってさ。気にされているよ?」
「いいのに。恋人探しも兼ねて、好きでやってるんだから。体の相性って、大事でしょ?」
まあねと頷く彼は、軽く女性を褒めるくせに、簡単には誘わない。
私たちは同じ孤独を抱えている。初めて会った時、すぐに解ったわ。
「君が本気になったら、どうするわけ?」
「そうね、ダブルスパイになるよう仕込むわ」
「そりゃあいい、頑張って欲しいね」
私がベンチの端に腰掛けると、反対側の端に彼は座った。
しばらく黙って湖を眺める。ゆらゆらと花火に華やいでいた水面は、今度は星を捕らえている。
「貴方は余計な事を聞かないから、楽でいいわ」
「……私は殿下と岸辺の離宮で花火を見たよ。殿下は空を見上げていたが……」
「……」
表現に迷っているのか、少し言葉をためるエクヴァル。視線は水上を漂って、どこに定められたものでもない。
「私たちは、水面に映る花火を見て、空に憧れているようだね」
届かぬ空より、零れる水の幻を掴む。慰めになればいい、確かにそうね。
得られないものに焦がれるのは、とても疲れるわ……
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