蛍石はネモフィラと揺れる
藤和
第一章 人間の最期と神
この日、町の一角で葬儀が行われた。
白漆喰で固めた家が建ち並ぶこの町の、その家の周りだけが、様々な色の花で彩られている。
木で出来た棺桶の中には、緑のフード付きマントを着せられた老人と、その周りに白く甘い香りを放つ沢山の花が納められていた。
「おじいちゃん、ばいばいなの?」
老人の孫であろう小さな子供が、近くにいる女性にそう訊ねた。女性は子供を抱き上げて、お別れしましょうね。と言っている。
棺桶が荷車に乗せられ、運ばれる。葬儀の参列者はそれに続いた。
がらがらと音を立てる荷車の後を、白い服を着た少年と少女が花を撒きながら歩く。花の上を参列者が歩く。踏み散らされた花は芳香を放った。
棺桶は町の広場に到着し、その中央に置かれる。普段は子供達が遊んでいる広場だけれども、この日は火葬に使うと言うことで、子供達が入らないようにあらかじめ近所には連絡をしてあった。
棺桶の周りに薪が組まれ、火力を出すためにいくつもの松毬が隙間に入れられる。喪主である男性が火を点ける。松毬の爆ぜる音がし、炎が巻き上がった。
炎が収まるまで、参列者たちは老人の生前の話をしながら、菜の花が練り込まれた焼き菓子を食べる。そして炎が収まったら、墓に入れるために熱い骨を、皆で小さな壺に移し始めた。
骨をすっかり壺に収めると、寂しくないようにと、老人が生前に好きだと言っていた蛍石の実った小枝も壺の中に入れる。熱い骨で焼かれて、蛍石の枝は瑞々しく少し渋味のある爽やかな香りを立てた。
骨壺を何重にも布でくるみ、喪主が抱えて集合墓地へと向かう。この町に住む者は皆、その集合墓地に葬られることになっているのだ。
参列者の列が、町中を静かに進んでいった。
「へぇ、今の人間の葬式ってこんな感じなのか」
色とりどりの花が咲く花畑に囲われた大きな社。ここにはこの世界を創ったと言われる神と、それを世話するために神になった元人間とが住んでいた。
黄色いフード付きマントを着ている、赤毛で華奢な男が、青銅の鏡を覗き込んでいる。そこには葬儀を執り行っている人間の様子が映し出されていた。
男はそれを見て思う。人間が最期の時にフード付きのマントを着せられるのは、自分に似せているのだろうと。
彼は知っている。自分が神に助けられ、この社に来たときのことが人間たちの間で伝説になっていることを。あの時も、確かに自分はこのマントを着ていて、それで人間たちは死んだ後神の元へ行けるようにと、願掛けか何かでそう言う風習が出来たのだろう。
ぼんやりと考え事をしていると、背後から誰かが抱きついた。
「はすたぁ」
その声に、ハスターと呼ばれた彼は笑顔を浮かべて振り向く。
「どうなさいました? アザトース様」
背中にしがみついているのは、手入れをしやすいように常磐色の髪を短く纏めた、背の低い人物。ハスターがアザトースと呼んだこの人物、いや、神が、この世界を創ったと言われている。
アザトースは言葉にならない声を出しながら、ハスターに甘える。ハスターはアザトースを膝の上に乗せ、一緒に青銅の鏡を覗き込む。
不思議そうな顔でじっと鏡を見るアザトースに、ハスターが言う。
「死せる人間に、神の祝福を」
しかしアザトースはまともな言葉をしゃべりはしない。ハスターは鏡に興味を持ったアザトースにそれを渡し、抱きしめる。
誰よりも愛おしい白痴の神を。
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