第6話 婚約の儀式
ツィリムくんが戻ってきた。
私の隣に座るエルさんを見て、少し嫌そうな顔したけど、すぐにいつもの無表情に戻った。
「これは魔術紙と言って重要な契約に使うものだ。こちら側に夫の名前を書き、逆側に妻の名前を書く。キスをして、その間に仲介者が“誓いの証”という魔術をかけるんだ」
そういや手の甲と首にされた以外キスされてないな。
「説明するよりやった方が分かりやすいか。俺からでいいか?」
「順番は何か決まっているんですか?」
「第1夫、第2夫、というように順位をつける。基本的に夫の中で揉め事があった時にはこの順位ごとに決めるな」
「結構重要な順位ですね……」
「結婚の時に順位を変えることも出来るから、今は深く考えなくても大丈夫だぞ」
「それなら、カイルさん、ツィリムくん、エルさんでお願いします」
エルさんが立ち上がり、代わりにカイルさんが隣に座る。
先にカイルさんがペンを取り、空欄にサインした。
私にもペンを渡されてサインした。
どういう理屈か分からないけれど、私が日本語で書こうとしたらこちらの言葉に変換して手が動いてくれる。
操られてるみたいでちょっと気持ち悪い。
まあそれはともかくとして。
ペンを置きカイルさんを見ると、すごく真剣な眼差しで私を見つめてくれている。
真紅の瞳は、見ようによっては少し怖いものだと思うけど、柔らかな微笑みを向けてくれて、すごく安心できた。
言葉じゃない優しさが滲み出てるみたいな。
ゆっくりと近づいてきて唇を重ねられる。
反射的に体をビクつかせると肩を抱かれ、後頭部を支えてくれる。
少し長く感じるくらい口付けられていて、その間にツィリム君が魔術をかけてくれた。
魔術紙がキラキラと光を放っていて、しばらく見ていると普通の紙に戻った。
「魔術って凄いですね!キラキラして綺麗だったし!」
初めて魔術を目にして興奮気味の私を優しく見つめているエルさん。
「救国の乙女は異世界から召喚され、常識が違うとは聞いていましたが……
初対面の私を部屋へ入れたことにも驚きましたし、こんなに表情豊かなんですね。とっても可愛いです」
直截に可愛いと褒められて、絶対顔が赤くなってる。
なぜかは知らないけど、照れてる私が好きなツィリムくんがその様子を見逃すわけがなくて。
「イズミ、かわいい……」
カイルさんを追い出すように、ソファを譲らせ零距離で私の隣に座った。
新しい魔術紙を取り出し、サインする。
ツィリムくんとキスをしている間にカイルさんが魔術をかけてくれた。
永遠にも思えた唇の繋がりが解け、濃紺の瞳に見つめられる。
「俺はイズミを愛してる。一生何があっても愛し続ける」
彼はほとんど話さない分一言ひとことの発言が重い。
その上まなざしがとても力強いから、彼の視線に縫い止められたようになってしまう。
魔素目当てかな、なんて軽い気持ちだったけど……
全然そんなことなかった。
ツィリムくんは真剣に私を愛してくれてるんだ。
その気持ちがとっても嬉しくって、彼に抱きついて首筋に顔をうずめた。
「ありがとう。私もツィリムくんが好き」
ほとんど初対面から求婚されて、わけもわからずにいた私だけど、いちばん不安な時にそばにいてくれて愛してくれる人を嫌いになんてなるはずなかった。
時間は問題じゃないんだ、って強く思った。
「まだあったばかりだけど、大切にしたいし、大切にされたい。
もちろん、ツィリム君だけじゃなくてカイルさんにもエルさんにも」
今の気持ちをうまく伝えられたかどうかわからないけど、ツィリム君は笑ってくれていた。
「ありがとう、可愛い愛してる」
軽く私の頭を撫でて、エルさんに場所を譲る。
エルさんは隣に座ると同時に抱きついてきた。
「イズミル、大好きです、愛してる。この気持ちはどうやったら伝わるんでしょう?」
うわあどうしよう失礼だけどちょっと引いちゃった
「エルさん、大丈夫ですよ。
エルさんが私のこと大切に思ってくれてるのはちゃんと伝わってます」
「ありがとうございます、イズミル。
でもエルさんなんて他人行儀な言い方しないでくださいり敬語もいりません。エルと呼び捨てて頂けませんか?」
「それは俺も思っていた」
カイルさんが口を挟む。
「夫婦になるのだから敬語もいらないし、さん付けでない方がいい」
「分かりました。ううん、わかった。カイル、ツィリム、エル。これからは呼び捨てで敬語もなくすね。
他にもしてほしいことがあったらいつでも言って。
私、気付いてないかもしれないから」
「イズミル、健気ですっごく可愛いです」
エルは苦しいくらい強く抱きしめてくる。
それを咎めるようにさっと音を立てて魔術紙が差し出される。
ツィリムにちょっとヤキモチ妬かせちゃったかな。
「エル、ちょっと落ち着いて。ちゃんと儀式やろう?」
離れがたそうにしていたエルだけど、
「あとで時間はいくらでもあるから。ね?」
優しく宥めると、やっと私から離れてペンを手にした。
連続で3人とキス、というのはなかなか違和感のあることで。
なんというか、ビッチ感がすごい。
浮気してるみたいな。
しかも、他人がみてる目の前で……
あんまり考えてなかったけど、冷静になって気づいてしまったら、ヤバい。
気づいてなかったのが異常なんだけど……
私の思考回路は変な方向に突っ走ってるけどそんなことは構わずに、儀式は進む。
サインしたらすぐ、エルにキスされた。
3人連続、とか考えてたけどそんなことどうでもいいと思えるくらい、嬉しい。
ツィリムが魔術を掛けてくれて、契約は完成したはずだけどエルはなかなか離れなかった。
離れる時にぺろりと唇を舐められて、体がビクリと震えた。
いや、なんか…あまりにもリアルだったというか……
「かわいい、異世界から来てくれて本当にありがとう。私は頼りない男かもしれないけどイズミルを愛することは誰にも負けない」
純粋な笑顔を向けられて、素直に嬉しかった。
軽く頭を撫でられて頬が緩む。
「よし、儀式も終わったところだし、昼飯にするか」
カイルがそう言うと、ツィリム君がご飯を取りに行ってくれた。
毎回申し訳ないな。自分で行ったほうがいいかも。
考えごとをしている間にも、カイルがソファへ移動してきて膝の上に乗せられる。
……食事はこれがデフォルトになるのかな?
食事以外でも膝の上に乗せられる率は高いけど……
カイルが戯れのように私の顎のあたりを触ってくるからこしょばくて、イヤイヤするように首を振ってもやめてくれない。
気を逸らすためにも軽く雑談を振ってみた。
「カイルって何歳?」
「俺か?22歳だが」
「へぇ、ひとつ上かぁ……」
「「えっ!?」」
若干の間を開けて、カイルとエルがきれいにハモった。
「そんなにびっくりすることかなぁ…確かに私は結構童顔だけど…」
元の世界では21になったというのに、高校生にみられることすらあった。
「ツィリムより年下だと思っていた。未成年だろうとばかり……」
「成人って何歳から?」
「16歳だ」
「そんなに若くないよ!!」
確か、西洋人から見ると日本人は幼く見えるらしいけど…それと同じことかな?
16以下にみえてたなんてちょっと傷ついたけど笑
他愛もない話をしていると、ツィリムが戻ってきた。
お盆の上には魚のクリーム煮とパン、コンソメみたいなスープが乗っている。
「ツィリム、イズミはいくつだと思う?」
いたずらっぽく訊ねるカイル
「……15?」
「だよな、それくらいに見えるよな。21だそうだ」
ツィリムの目がまんまるになった。
「これで21?」
「俺はだいぶ年下だから怖がらせたらいけないと思ってたが、遠慮しなくてもよかったみたいだ」
そう言って笑うカイルに、私のこと気遣ってくれていたんだって今さら気づいて嬉しくなった。
そんな雑談をしている間にも密かにバトルが勃発していた
ツィリムVSエル、どっちがご飯を食べさせるのか!?
……くだらなさすぎる戦いはやめていただきたいんですが。
結局ツィリムの鋭すぎる視線に負けてエルが場所を
譲った。
カイルの膝の上でツィリムに食べさせられる、これがデフォルトになるのかなぁ……
ご飯が終わり、仕事に行くと言う3人を見送った。
3人それぞれといってきますのキスをしたんだけど……
別にキスすること自体はいいんだよ!?
でも、これからめちゃくちゃ高頻度でされる気がするぅ……
まぁ、よろこんでくれるならいいけどね。
みんながいなくなるとやる事はないし、部屋から出ることも出来ない。
でも考えることは山ほどあるから、ソファで寝転がって頭を整理してみようかな。
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