第2話 救国の乙女



 部屋にノックの音が響いた

 カイルセルさんが目で合図して、ツィリム君が扉を少しだけ開ける。



「すみません、ここに女の人はいますか?」


 知らない若い声。

 顔は私からは見えなかったけれどツィリム君はそのまま出ていって、扉の前で何事か話している。





「…すいません……団長」


 顔を出したツィリム君が、カイルセルさんを呼ぶ。

 カイルセルさん、団長だったんだ…

 結構偉いひとなのかな


「すまんが、少し待っていてくれ。ツィリム、頼んだ。」


 私を膝から降ろしてソファに座らせ、部屋を出ていく。

 声からしてツィリル君は男確定でよさそうだけど、この無口っ子とふたりきりにしないで欲しい…



 声を掛けるべきかどうか悩んでいると、ツィリム君が私の足下に跪いた。


 なんで?


 頭上に???が飛び交う私をよそに、私の手を撫で回しはじめた。


 ちょっ、、、ちょっと待とう?

 何があったの?


「ツィリム…君?どうしたの?」


 跪いたフードに手を撫でまわされるのはちょっと恐怖すら感じる。




「せめて、フード外して顔見せてくれない?」


 撫で回していた私の手を離し、ぱさりとフードを取り払う。


 現れた素顔は、それはそれは美しかった。




 カイルセルさんは王子様系イケメンだけど、ツィリム君はとにかく綺麗。


 抜けるように白い肌に、濃紺の髪と瞳。

 長いまつ毛と伏し目がちな瞳は吸い込まれそうなほど深い色をしている。まるで夜の海みたいな。

 すっきりとした鼻梁と薄い唇、それら全部が完璧なまでの無表情の中に、バランスよく並んでいる。

 芸術品のようだった。

 まだ中学生くらいかな、ちょっと中性的な感じで、かっこいいというよりキレイ。

 綺麗すぎてヤバい。主に私の脳みそが。



 すこしの間見蕩れていると、真一文字だった唇がほんの少しだけ弧を描いた。


「……顔、赤い」


 いや、赤くもなるよ、こんな美少年に間近で微笑まれたら!

 天使の笑顔だよ!?


 私がひとりでアワアワしていると、また手を撫ではじめた。

 人差し指をつーってなぞられるだけで、なんか変な気分になるから、やめてー!


 撫でるだけじゃなく、頬ずりし始めて…

 この子はいったいどうしちゃったの!?


 ちらりと上目遣いで私の様子を伺い、あろうことかそのまま手の甲にキスをした




 ちょっと待って、私のHPはゼロだよ!?


 手の甲にキスなんて、おとぎ話の王子様以外にする人いるの!?


 たぶん真っ赤になっているであろう私の顔を見て、薄く笑うツィリム君。




 どうしたらいいのかわからずにアワアワしていたら、ガチャりと扉が開いた。


 手を離してフードを被りなおし、立ち上がる。

 何事も無かったかのように壁際で待機するツィリム君。

 だけど、私はすぐには冷静になれないよ…!

 たぶんまだ顔赤いし…




「あいつ、手が早いな…」

 カイルセルさんがツィリム君を睨みつけながら、そう言った。

 言い訳させて、私は何もしてないから!





 何が何だかわからない私をよそに、知らない人が入ってきた。


 カイルセルさんと同じような水色のローブで、すごく薄い生地のものを、白い服の上に羽織っている。

 真面目系イケメンで、生徒会長とかしてそうな雰囲気。ちょっとタレ目な灰色の瞳がかわいい感じの人だ。



「お初にお目にかかります、エルドルト・ミラマームと申します。未婚の女性の前にでる無礼をお許しください。

 私は、神殿で神官を務めておりまして、この度神託を受けてあなたを探しておりました。」


「は、はい…」


 神託?

 てか、この人未婚女性の前に出るのが無礼って言った?なんで?


「私が受けた神託では、『今夜、満月と共に救国の乙女が現れる。救われるその時まで、守り慈しむよう』とのことでした。

 神託を受けた直後、北ノ森に大きな魔素の流れが生まれたので探しに来ました」


「は、はぁ…」


 正直、頭がついていけてない。

 私が救国の乙女だって?




 私はどこにでもいるような、普通の大学生だよ?

 何を期待してるの、この世界は!?




 混乱の極みにある私に気づいてくれたカイルセルさんが助け舟を出してくれる。


「イズミは、今日色々ありすぎて疲れているだろうし、もう闇の刻も近い。とりあえず話だけはしたことだし今日はもう休んで、話の続きは明日にしないか?」


 コクコクと機械仕掛けの人形みたいに頷く。

 ふたつの世界のタイムラグのせいで私の体感時間はまだ夜ではないけれど、もう疲れた。


 お腹空いたし、眠たい。



「では、私共が神殿で保護致しますのでおいでいただけますか?」


 エルドルトさんが手を差しだすが、その前にカイルセルさんに止められた。


「イズミは俺が預かる。俺の部屋で寝かせるから、用があるならまた明日来てくれ。」



 有無を言わさず抱き上げると、エルドルトさんを置いて部屋を出た。

 途端になぜかわからない悪寒と頭痛が襲ってきた。

 空気よりも粘着質なものが私の体のまわりを動き回ってるみたいな…


 なぜ?

 今日はわからないことだらけだけど、これはちょっと異常すぎる。


「どうした、イズミ。顔色が急に悪くなったが。」


「頭が痛くて、寒気がします。風邪にしては唐突すぎると思うんですが…」



 それまで黙っていたツィリム君が口を開いた。


「…魔素の暴発?」


「あっ、そうか、すまん忘れてた。ツィリム、触媒を取ってくれ。」



 あの封印に使う粉を触媒と呼ぶらしく、ツィリム君が取り出した粉を私の胸もとに振りかけた。



 カイルセルさんが何かを呟くと、嘘のように頭痛も悪寒もなくなった。


「ありがとうございます、治りました。」


「他人の魔素で調子を崩すことはあるが、自分の魔素でもなるとは…あまり聞いたことはないが」


「…龍脈との、共鳴…」


「人間が龍脈と共鳴するなど、にわかには信じがたいが…ツィリムがそう感じるなら、そうなんだろうな」







 カイルセルさんの部屋に着いたようで、ツィリム君が扉を開ける。



 中はワンルームみたいなつくりの部屋で、応接セットのようなソファとテーブル、書き物をするような机、シングルベッドが置かれていた。

 ひとりが生活するには少し広いやかな、というくらいの広さの部屋で、濃い赤の絨毯と木目調の壁で居心地の良さそうな部屋だった。




 ベッドの端に腰掛けさせてくれてから、部屋に魔術を掛けてくれる。




「さっきは俺のミスでつらい思いをさせて申し訳なかった。今後は気を付ける。」


「もう平気なので大丈夫ですよ。ありがとうございます。」


「ここは俺の部屋だから、好きにくつろいでくれ。

 さっきの神官も来ないしな。」




 なんでカイルセルさんはさっきの神官さんが嫌いなんだろう?



 まあいいや。お腹空いた、疲れた、眠い。


「腹が減ってるなら、なにか軽いものを用意させるが、どうする?」


「何か食べたいです…お腹空いた。」


「それなら何か頼むか。もうツィリムは下がっていいぞ。」




 ツィリム君は軽く一礼して、出ていくかと思いきや私の足元に跪いた。

 さっきと同じように右手をとってなで回し、手の甲にキスをした。

 それから不安そうに私を見上げるのだ。



 えっ、何?なんのリアクションを求められてる?



 目線でカイルセルに問うと黙って近づいてきて、靴を脱いでベッドに上がった。

 背後から抱かれて左手を舐められ、手の甲にキスをされる。



 ちょっと待って、何、誰か解説プリーズ!!



「耳どころか首筋まで真っ赤になってるぞ」


 からかうように耳もとで囁かれて頭が茹だる。

 なんか、正常な思考能力が奪われていくみたいな。






「この国では、手の甲に口付けるのは求婚を意味するんだ」


 ん?キューコン?球根?

 いや、たぶん今はチューリップは関係ない。



 ……求婚!?求婚って言った、この人!?



 ちょっと待って、一旦ぽやぽやした脳みそを落ちつかせる時間をください!!



「な、な、何で、私が求婚されてるんですか?」




 珍しくツィリム君が口を開いた。

 相変わらずの無表情だけど。



「…イズミの魔素は、きもちいいから」


 ん?どいうこと?



「たぶんだけど…イズミは、龍脈に繋がってる。


 俺は、人間の魔素が、苦手だけど…

 イズミはすごく、きもちいい」




 なるほどわからん。


 龍脈が何かはわからないけど、私のオーラ的なものが好きって解釈であってるかな?



 でもそれだけでこんなに唐突な求婚をされる意味がわからないんだけど…



 ツィリム君に至っては、素顔見せてくれた次の瞬間にもう求婚だよ!?

 絶対おかしいって!!




「…ちょっと早すぎないですか?」


 おそるおそる聞いてみる。



「気に入った女性にはすぐに求婚しておかないと、他に取られるからな。

 みんなこんなもんだぞ。

 君は綺麗すぎるから、他の男がよりつく前に自分を囲いこんでもらいたいと思うもんなんだ」


 なるほど、この国では女が多すぎてこんな風に複数の男の人から迫られる状況は当たり前なのかもしれない。




 カイルセルと話していると右手が強く握られた。


 ツィリムは私をしっかりと見つめていて、彼の無表情にちょっと気圧されてしまった。


 目を合わせたまま見せつけるように手の甲にキスを落とす。

 何度も、何度も。


 自分でも赤くなっているのが分かるくらい顔が熱い。



 それを見て、ツィリム君はまたほんの少しだけ微笑んだ。


 すごく綺麗な天使な意味を見せつけられて、全身の血が沸騰するかと思った。


 この子はもしかして私が顔を赤くしているのが好きなんじゃ…




 いや、そんなことを考えている場合じゃない。


 冷静にならなきゃ。

 だって、私、今2人に同時に求婚されてるよね!?


 この状況……どうしたらいいの?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る