第83話 俺たちは町を見つける


 土の壁と床。 時折、何かの破片が転がっている。


「地表の家より広いですね」


上の家はこじんまりとした、せいぜい二人程度しか住めないだろうと思われた。


しかし、地下は意外と広く、一家五人でも悠々暮らせそうだ。


 部屋と部屋の仕切りは、あの地下遺跡を思い出すような、ドアが付いていない出入り口。


最初の部屋は居間だったのか、広い感じで、その周辺に他の部屋へと続く入り口が四つほどある。


他の部屋は、恐らく寝室だったり、炊事場だったりと用途が分かる。


そして、一番大きな出入り口は、がっしりとした土で塞がれていた。


「これ、玄関ですかね」


位置的にはそんな感じなのだ。


俺は魔法陣帳の一枚を使い、この部屋だけは崩れないように天井を強化する。


「ガーファンさん、魔力を通してみてください。 おそらく開くと思います」


砂族の集落跡だから、彼らの魔力のほうがいいと思う。


無言で頷き、ガーファンさんが大きな扉に手を当てる。




「あ」


多少、動きは悪いが、ゴゴゴと扉が横に移動して開いた。


その奥へ照明の杖を向ける。


他に気配はないようなので、そっと顔を出してみた。


「通路のようです」


俺たちはゆっくりとそこから出てみる。


「うわ」


砂族の人たちが驚いているのも無理はない。


サーヴの町中の道よりも広い道があり、天井も恐らく二階建ての家くらいの高さ。


その道の向こうにも同じような土の壁が続く。


「こんなものが砂漠の地下にあったなんて」


リーアも唖然として、その景色を眺めている。


「かなり広いようですね。 二手に別れましょう」


俺はガーファンさんに照明の魔法陣を渡す。


「ありがとうございます。 行ってきます」


壮年の男性と、三十代、二十代の既婚組を連れて右へと移動して行く。


俺はリーアと独身の成人したての砂族の青年と共に、左へと向かった。




 壁に沿って歩く。


壁が時々途切れ、また続くのは、そこに小路があるということだろう。


壁に触れながら歩くと、また入り口のような部分が出て来る。


「いくつか家があるのですね」


「うん、どれくらいあるんだろうな」


リーアはすぐに荷物から手帳を取り出し、あの白いペンで何かを書き始める。


「若干、上り坂だな」


歩いている感じとしては、緩い坂道だ。


三度ほど壁が途切れたあと、正面に壁が現れる。


「行き止まりか」


若い砂族の青年がそこに手を当てて軽く叩いた。


「音が違う」


土の壁の音ではなかった。


 俺は、それに気づいて正面の壁、全体に向けて照明を強める。


「ここだけ色が違いますね」


「ああ」


一定の範囲、大きな神殿の出入り口のような四角いものが浮かび上がった。


(王子、この奥に何かあるか?)


『いや、砂だけだな』


床はずっと坂道になっていた。 それならこの延長上は地上に向かっているはずだ。


(この場所の正面の砂だけ、ちょっと吹き飛ばせる?)


さっき、地上にいながら地下の砂を吹き飛ばしたみたいに。


『やってみよう』


「少し下がって」


俺はリーアと青年を、壁から離れさせた。




 再び王子が床に杖で魔法陣を描く。


身体の中で詠唱が聞こえる。


王子の杖が魔法陣に魔力を与えると、地響きと轟音が聞こえた。


奥からガーファンさんたちの足音がバタバタと聞こえる。


「な、なんですか、今の音は」


俺はリーアに杖を渡し、彼らに、


「手伝ってください。 これを押します」


と伝えた。


「は?」


砂族の人たちは何のことか分からずボケっとしているが、ガーファンさんはすぐに察してくれた。


「分かりました」


俺は<身体強化>の魔法陣を取り出して、自分と砂族の全員にかける。


壁の一部、色が変わっている場所の中央、縦に一本の線が見える。


その線を中心にして、左右に移動し、俺とガーファンさんでそれを思いっきり押す。


「ぐうう」


パラパラと砂が落ちてくる。


「だ、大丈夫なのか?」


崩れるのではないかと心配する砂族の人たちの横を抜けて、リーアが俺の隣で押し始める。


顔を見合わせた男たちが、左右に分かれた。


「せーのー」




 眩しい光が差し込んで来た。


「外だ」


真っすぐ正面にあの塔が見える。


俺たちは引き寄せられるようにその塔に向かって歩く。


その向こうには湖が光っていた。


【ねすー、りーあー】


【どうしてこっちから出てきたのー】


俺は足元に来たユキとアラシの頭を撫でる。


 そしてゆっくりと振り返った。


「これが、砂族の町、なんですね」


「ええ、恐らく」


ガーファンさんもその光景を見ながら呟いた。


 そこには、元は家だったであろう石壁の残骸が地上に散らばっている。


そして、その下にはぽっかりと開いた扉の奥、地下に大きな空間が広がっていた。


砂族の人たちもポカンと口を開けていた。


「ネス様、すごいです。 町、見つけましたね」


「うん」


俺はリーアの笑顔に答えて笑う。


出来れば「様」は止めて欲しいかな。




 しばらくの間、俺たちはその光景を眺めながら休憩にした。


ユキとアラシが地下の扉を出たり入ったりしている。


それに釣られるように砂族の青年が、同じように出たり入ったりし始めた。


「ちょっと見て来ても大丈夫ですか?」


大人の砂族の男性たちは、一応ガーファンさんに断りを入れて見に行った。


「我々も壁伝いに奥へ行きましたが、三度ほど壁が途切れたあと、行き止まりでした」


俺はガーファンさんの報告をお茶を飲みながら聞く。


「こっちから三つ、奥へ三つ。 一つの壁に一軒として、向かい側にも同数として」


隣でメモをとっていたリーアが、何やらブツブツと呟いている。


「ネス様、今のところ、通路の両側だけでも最低十軒の家があります」


俺は一生懸命報告してくれる彼女に微笑む。


「でも立派なものですね。 どうして放置されているのかしら」


リーアのその言葉にはガーファンさんが苦い顔をした。


「おそらく、食料の調達が出来なくなったからではないでしょうか」


砂族に対する悪評は彼らの交易を阻害した。


そしてそれは一番弱い子供たちを直撃するため、親世代は外に出るしかない。


「ま、食糧問題はしょうがないよ」


俺は砂狐の長の話を思い出す。


彼らも子狐が産まれても二匹しか育てられず、三匹目からは諦めていた。




 日が落ち始め、俺たちは塔へと戻った。


「明日には一度サーヴへ戻って、また改めて出直して来ます」


そう話してくれるガーファンさんたちに、俺は一つお願いをする。


「すみませんが、しばらくの間、この町のことは秘密にしてもらえませんか」


「え、どうしてですか?」


「そのほうが皆を連れて来たとき、驚かせられるでしょう?」


俺は砂族の青年に片目をつぶって微笑んだ。




 翌朝、ガーファンさんたち砂族の一行がサーヴへと戻って行った。


俺とリーア、そしてユキはそれを手を振って見送る。


 これからしばらくの間は、ここには誰も来ない。


俺は今回は、調査名目なのですぐにサーヴの町に帰ることはしない。


しばらくはパルシーさんたちも考えたいと思うんだ。


俺も王子も、ゆっくりと考える時間が欲しかった。


町にいると次から次に問題が降って湧いてくるんだよね、何故か。


 二人っきりになると、リーアは俺の顔を真っすぐに見た。


「ネス様、あ、ネスは、これから何をなさるおつもりですの?」


「リーア」


俺には懐かしく感じる彼女の黒い瞳。


「俺の話を聞いてくれますか」


彼女はこくりと頷いた。


俺は彼女の手を取り、塔の中へ戻った。


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