第71話 俺たちは昔を受け入れる


 砂族ご一行様と共に、俺たちは旧地区の教会前広場に移動した。


ガーファンさんがすぐに出て来て、打ち合わせ通り、彼らの確認と家の割り当てをしていく。


それを横目に、俺たちは地主屋敷を訪ねる。


「失礼します」


ロイドさんに挨拶をして、中に入ると、ミランは不機嫌そうに待っていた。


「王都の文官が何の用だ」


ああ、パルシーさんを警戒してるのか。


「ふふっ、正式な辞令です。 ここの教会の神官として赴任いたしました」


そんな話は聞いていないと憮然とした顔をしているミラン。


パルシーさんは「遅くなりました」と教会からの命令書を見せる。


少年領主の顔も伺うが、こっちも何も聞いていないらしい。


パルシーさんは相変わらずニヤニヤとした笑顔のままだ。


何かすっごくうれしそう、というか、うれしいのか。


でも、目が笑ってないんだよなあ。




「えっと、申し訳ないですが、先にこちらの用事を片付けましょう」


俺と肩の鳥はロシェの顔色を窺う。


彼女としては、犯罪者の引き渡しの方が重要問題だしね。 


 俺はウザス領主との交渉の件を、ミランに報告する。


港で会ったハシイスにも要件は伝えて、すぐに兵舎へ向かってもらっている。


今頃、峠の見張り台では、南方諸島連合の罪人の引き渡しが行われているはずだ。


そして、こちらは元領主親子の受け入れ先を決定してから、鉱山から連れ出すことになる。


ミランには一応許可は取ってあった。


こっちもロシェの顔をチラチラ見ながら聞いている。


パルシーさんも別に急いではいないようで、黙って話を聞いている。


「で、お前としちゃ、落としどころはどこなんだ」


引き受け先の話である。


「あー、えーっと」


俺は頭を掻きながら、


「新地区の教会を予定してました」


と答える。


あそこは正式な教会ではなく、どこかの貴族が経営していた。


「今はご領主様が出資されているんですよね」


じゃ、問題ないなと。




 そこでパルシーさんが口を挟んだ。


「正式な教会ではないということは、神官ではないのですね」


ただの世話人というか、教会で働く人扱いだ。


「できましたら、教会という名は取り下げていただきたいですね」


きちんとした神職の資格を持つ者にしたら、それは許せなかったようで。


「それに働く方には神職の資格を取っていただきたい、 最低限として」


俺は眉を寄せる。


少年領主もミランも難しい顔をした。


「あの教会は旧地区の教会よりも大きいし、一応、まだ子供を預かってるからなあ」


建て前だけの教会だとしても、子供を放り出すわけにもいかない。




「それでは、私がしばらくの間、管理をいたしましょう」


そうすれば、名ばかりの教会でも神職のいる教会になる。


「幸い、私は今回、教会から二人の従者を連れてきておりますので」


窓の外、砂族の団体から離れた場所に、一組の男女が立っている。


まだ成人したてだろう。 トニーたちとあまり変わらない年齢に見える。


「悪いようにはいたしませんよ?」


なんでそこで俺を見るかな、パルシーさんは。


「つまり、あの罪人親子をどうしようってんだ?」


ミランは、二、三歳は年上であろうパルシーさんをジロリと睨む。


「元領主ということは腐っても貴族。


王都へ行ってもらって神官の修行をしていただきましょう」


うわ、パルシーさんの笑顔が黒い。


きっと半端なく厳しいんだろうな、と思う。 鉱山とはまた違った意味で。


 少年領主はロシェの顔を見ている。


というか、ミランも俺も、ここはロシェの気持ち次第だと思う。


しばらく考え込んだロシェが、やがてゆっくりと頷く。


「では、書面をお出ししますので、それを持って王都へ行ってもらいましょう」


兵士に連行される形で、王都の教会送りになることが決定した。




 もう昼過ぎだし、俺はそろそろ家に戻りたいと立ち上がる。


「では、私はこれで」


広場の砂族たちは、エランやソグたちが案内して、割り当てられた家に向かっていた。


書類を持ったガーファンさんが入って来たので、そのタイミングで俺はスルリと外に出る。


「あとでお宅に伺いますよ」


ぼそりとパルシーさんの声が聞こえた気がした。


まだミランや領主に話があるらしく、パルシーさんは部屋に残った。


俺はちょっとホッとしたというか、あとで怖いんだけど。


 広場に出ると、あの王都の教会から来たという従者の二人がこっちを見ていた。


俺は彼らには何も思うことがないので、ニコリと会釈する。


顔を見合わせた二人が、意を決したように俺の側へ駆けて来た。


「あ、あの」


「ネスティ様ですよね、ノースター領主だった」


北の領地の名前が出て、俺は思わず目を見開いた。


外見は変わっているのに、あー、パルシーさんか。


「おれ、いえ、私たちは、ノースターの教会の孤児だった者です」


「あ、ああ」


俺はノースターに赴任した時、その教会にいた孤児のうち、身元引受人がいない者を王都の教会へ送った。


苦しい選択だったが、あの頃の自分にはそれしか手はなかったのだ。


自分でも顔が引きつったのが分かる。




「あの時は、ありがとうございました」


何故か二人は俺に深く礼を取った。


唖然とする俺の前で、二人はうれしそうに微笑む。


「いつか、直接お会いしてお礼を言いたいと思っていました」


女性のほうは、白い肌に少し紫がかかった瞳が美しい。


紫の瞳は、ノースターより北にあるイトーシオ王国に多い。


すらりとした美人さんだ。


「ご領主様のおかげで、私たちは教育も受けられて、職にも付けました」


笑顔の青年は、背は低めだが、身体ががっちりしていて、ドワーフを思わせた。


濃い茶の髪と、瞳。 鍛えられた太い腕に、大きな槌のようなものを背負っている。


「あれから、私たちはずっとノースターのことを心配していました」


「だけど、一度戻ってみたら、すごく発展していて驚きましたよ」


教会も新しく大きくなっていた。


町は住民が増え、飢えた子供もいない。


笑顔に涙を浮かべ、再び二人は俺に正式な礼を取った。


「ご領主様のお役に立てるなら、何でもします」


「どうか、よろしくお願いします」


え、ちょっと待って。


この二人はパルシーさんの従者じゃなかったの?。




 俺が困っていると、ユキが家から飛び出して来た。


【ねすー、これは悪い人?】


「あ、いや、違うよ」


今度は二人の若者が目を見開いて驚いている。


砂狐は王都や北の地方にはいないし、一応、これでも魔獣だ。


俺は軽くユキを撫で、二人に声をかける。


「ここでは領主ではなく、ただの研究者です。


それにあたなたちはパルシーさんの従者でしょう?。


彼の指示に従っていればいいのではないですか」


「いえ、これはパルシーさんの指示です」


断言されちゃったよ。


もうどうしよう、これ。


「お二人のお気持ちはうれしいですが」


俺が戸惑っていると、王子が出て来た。


「ここでは心配はご無用ですよ。 教会の仕事を優先してくださいね」


ニコリと天使の微笑みを発動した。


おお、さすが王子だ。




【ねーねー、魔力の匂いがするのー】


ユキが二人の周りをグルグルと回る。


ああ、やっぱりそうなんだろうなと俺は思う。


『もしかしたら、孤児たちの中にいたという、祝福持ちの子供か』


うん、たぶん、そうだと思うよ。


あの町の子供たちが、立派になったもんだ。


「また後でね」


「はい」


二人は深く礼を取ったまま王子を見送った。


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