第70話 俺たちは犯罪者を引き渡す


 その日、俺はロシェたちが領主館に砂狐の調教に行く時間に合わせて出た。


ユキにリーアを頼んでおく。


【まかせてー】


うん、何を任されてるのか分からないけど、まあ、がんばれ。


捕らえられている男性のほうは、峠の兵舎の牢にいるらしい。


ハシイスが管理しているそうだ。


 俺はロシェとフフの姉妹といっしょに領主館の敷地に入る。


庭から声がすると思ったら、コセルートだった。


子狐に自分を覚えてもらおうと必死だ。


「ほら、たんと魔力をやるぞー」


灰色の子狐を甘やかせている。


「コセルートさん」


声をかけると、あははと笑って、慌てて領主を呼びに行った。


「どうだい、ピールは?」


子狐はミャーミャーと俺の足にかじりつく。


「かわいーよー」


フフが答える。


「ええ、物覚えが良い子ですよ」


ロシェは少し考えながら話してくれた。


少しずつ魔力を与えつつ、礼儀や狩りを教えるらしい。


人の子とあまり変わらないとロシェは思っているそうだ。


「こんにちは、ネスさん」


間もなくして、まだ未成年の領主が顔を見せる。




 ウザス領主と面識があって、一番交渉出来そうなのがここしかなくてね。


今のところは。


「え、犯罪者ですか?」


「ええ、そうです」


俺はミランから預かった書簡を見せながら話す。


 普通なら国で裁判でもやって、罪を裁くものだけど、南方諸島連合は小さな国の集まりだ。


その島によって法律も違うし、風習も違う。


しかも被害者は島以外の国なのだ。


「誰でもが納得できる処分は難しいでしょうね」


「ええ」


おそらく代表の位置に近い場所にいた者だと思う。


でなければ、他国の女性をさらうなんて出来ないはずだ。


「ワケありのようで、デリークトやエルフの森には渡せないみたいなんです」


女性をさらうなんてことは、エルフ族の昔話を思い出させる。


それはデリークトでも森でも、とっても神経質にならざるを得ない問題だった。


やっと公爵家の姫の呪詛が解呪されて、一つの区切りがついたばかりだしね。


それで第三国としてサーヴに託したということだ。




「鉱山送りにしてもいいですけど、誰が責任を取るのでしょう」


正しい裁判をしているわけでもなく、罪を償うにも何年とかの区切りがない。


少年も戸惑っている。


「ええ、そこでウザス領主に引き渡すのはどうかなと思いまして」


「ウザスに?」


俺は声を潜め、少年領主に顔を寄せてゴニョゴニョと話す。


「えっ、父と兄を?」


「南方諸島出身の罪人と交換して欲しいと申し出て欲しいのです」


現在、鉱山で働いている領主の父親と兄は、ロシェ姉妹の家に放火し、両親を死なせた疑いがかかっている。


「あんな使えない犯罪者二人より、若くて力のある犯罪者一人のほうがいいと思いますよ」


少年は難しい顔になる。


「モノではないのですから、そんな簡単には」


「ええ、まあそうでしょうね」


だけど、餌はまだあったりする。




「実は、その犯罪者は他の国から女性たちをさらった首謀者なんですよね」


実行犯は訳も分からず、頼まれただけの脳筋さんたちなので、無罪放免になった。


まあ、おそらく一人や二人ではないんだろうけど。


「そのさらわれた女性の中にはウザス領の女性もいるらしくてですね」


獣人のエランの奥さんから女性たちの身元を色々聞いている。


「彼女たちは一旦デリークトに集められ、今はまだ身元調査中らしいです」


だけどそのうち、ウザス領出身者は帰ってくるのではないだろうか。


「ウザス領主としては、ほっとけませんよね」


「あー」


その女性たちのためにも、罪人に罰を与える必要がある。


「ウザス領主の代わりに我々が連れて来た、ということで」


恩を売り、犯罪者の交換という交渉をするのだ。


「わ、私に出来るでしょうか」


少年は顔を引きつらせている。


ウザス領主の、あのハゲ頭を思い出しているんだろうね。




「ネスさんは交渉に行かないの?」


窓からロシェが顔を覗かせた。


中庭で、子狐を調教中だが、開いた窓から声が聞こえたんだろう。 


もちろん、俺は聞かせてたんだけど。


「んー、実は、うちの奥さんが南方諸島連合がらみなんですよ」


こっちも当事者なので、あまり表に出られないのである。


ミランも秘密の交易の当事者なので、使えない。


ウザス領主に「犯罪者を引き受けたのは、お前たちの利益のためだろう」と言われてしまうから。


 何の利益もないか、もしくは直接の利益がある者が必要だ。


「そうですか。 私なら、家族のために引き受けたと言えますね」


俺は、まあ付き添いぐらいならやりますよ、と微笑んでおく。


 少年領主は、窓の外に見えるロシェ姉妹を見る。


「ロシェは、それでいいですか?」


少年領主の父と兄が捕まった犯罪の、ロシェは被害者だ。


まだ幼かった彼女が失ったものは大きい。


「わ、わたしは」


ロシェは若い領主にじっと見つめられて、少し顔を逸らした。




 数日後、ウザス領主館に、サーヴの少年領主とコセルート他私兵数名が訪れる。


俺と、そしてロシェも同行していた。


交渉は事前に仕事斡旋所のウザスの所長を通して話をしてあったので、無事に終わる。


何しろ、被害者である前々領主の娘のクローシア、ことロシェがいるのだ。


「私が直接、あの方々を罰したいのです」


といえば、ウザス領主は引き渡ざるを得なくなる。


引きつったハゲ頭は、ロシェの強い要望を受け、何とか書類に署名してくれた。


「ありがとうございます」


サーヴに戻る船の中で、少年領主がロシェに深々と礼を取るが、彼女はプイッと横を向く。


「問題はこれからです」


犯罪者として鉱山送りになっていた元領主とその長男。


彼らは解放されたわけじゃない。


「ロシェさんはどうしたいですか?」


ロシェが何故か俺を見た。


「ネスさんはどうしたらいいと思う?」


「そうですね。 ミランと相談してからにしましょう」


 サーヴに戻ったら、コセルートにはウザスの役人たちと引き渡しのため峠の兵舎に向かってもらう。


ご領主様にはミランの所へ同行をお願いする。


罪人交換の話もあれだけど、元領主の親子の受け入れ先も決めないといけない。


まだ確認したいこともあるしね。




「ん、あれは?」


サーヴの港に着くと、いつもよりたくさんの人がいる。


「何かあったのでしょうか」


少年領主も不思議そうに周りを見回す。


「ご領主様」


人混みから峠の兵士ハシイスが出て来た。


「何の騒ぎですか?」


ハシイスは何故か俺の顔を見る。


「王都から砂漠開拓のために集まった方々ですよ」


おおぅ、こっちの案件だったか。




「すまないけど、彼らを旧地区の広場へ誘導してくれ」


受け入れ作業はガーファンさんに任せているからね。


すぐに駆け付けてくれるだろう。


「はい、それは構いませんけど」


ん、まだ何かあるのか?。


ハシイスが俺の後ろを見ている。


「お待たせしました」


後ろから声を掛けられ、振り返る。


そこには、眼鏡をかけ、灰色に近い銀の髪をオールバックにした神官服の男性がいた。




「パ、パルシーさん」


「こんにちは、ネスさん」


文官のはずだが、今回は何故か真新しい神官服を着ている。


俺がポカンとその姿を見ていると、パルシーさんは口の端だけを歪めて笑う。


「王都から正式に赴任して参りました。 よろしくお願いいたします」


砂族の団体といっしょの船で来たようだ。


眼鏡の奥の目が、何故か怖いんだけど。


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