第69話 俺たちは書簡を受け取る


 さて、朝である。


俺の部屋のベッドは、一人用としては少し大きい。


けど、やっぱ二人用ではないんだよな。


二人で横になると、どうしても抱き締めていないと落ちそうになる。


常に引っ付いていないと危ない。


ていうか、引っ付いていたけどね。


 まだちょっと恥ずかしいというか、どんな顔していいか分からないので、俺は先に起きる。


いつも通り、家の前を掃除していると、ユキがやって来た。


「おはよう、ユキ」


【うん、おはよ】 


しばらく無言でワシャワシャ撫でた。 ユキの気の済むまで撫でた。


ついでにリンゴも渡すと、ユキはうれしそうにシャリシャリと食べ始める。




「何してるんだ、お前は」


「そっちこそ、早いですね、今朝は」


俺は屋敷から出て来たミランに声をかけられた。


雑談は適当に切り上げて、話を振る。


「で、何かありましたか?」


ミランは一通の書簡を手渡して来た。


正式なものだけど、蝋印に見覚えがない。


今朝早くにチャラ男が持って来たそうだ。


いつの間にかミランは、ハシイスに仕事を頼んだりする仲になっていた。


おそらくそこからチャラ男に仕事が渡ったのだろう。


キッドも案外後輩の面倒見は良い。


ハシイスにはまだ情報戦は荷が重いはずだしね。


「お前が心待ちにしていたものだろうと思ってな」


俺は公衆浴場のカギを返しながら、それを受け取る。


公衆浴場の感想は後で書面で提出する約束をしておく。




 丸まっているそれを拡げると、南方諸島連合の書簡のようだ。


そりゃ、その蝋印なんて、王子でも知らないはずだ。


「え?、これって」


ミランはニヤリと胡散臭い笑顔を見せる。


「どうだ、俺に感謝する気になっただろ?」


そこには、代表のツーダリーが新しく妻を迎えることが書かれている。


そのため、今までさらって来た女性たちを解放し、自国に返すか、または正当に雇用することが宣言されていた。


犯罪者の謝罪も含め、今度、サーヴと直接取り引きがしたい。


さらに、デリークトの姫との縁談は、申し訳ないが破談にするという。


不利を被る姫にはそれ相当の金銭による慰謝料が贈られるそうだ。


「国としては、すごい決断ですね」


俺がメミシャさんをツーダリーの元へ返したのは確かだが、それは単に貸し一つ分。


ここには三つも提示されているのだ。


「向こうに貸しがあるのは、お前だけじゃないってことさ」


そういえば、彼はツーダリーの親戚筋に当たるんだっけ。


俺はその通知書をじっと見ながら考え込む。




「でも、これ、本当にいいんですか?」


俺はミランに、もう一度確認するようにと差し出す。


「ん、何かおかしいか?」


地主屋敷のほうからロシェが出て来た。


ミランを朝食のために呼びに来たのだろう。


「これに、犯罪者を引き渡す項目がありますけど」


「なんだって?」


俺はロシェに朝の挨拶をする。


子供たちも徐々に集まって来て、朝の運動を始めていた。


「南方諸島連合で女性をさらっていた首謀者を捕らえたと書いてありますよね」


「あ、ああ」


「その首謀者の男性を引き渡すそうですよ、ミランに」


「はあ?」


ミランは整った顔の片眉を上げて、紙を見ている。


「どうして俺んとこに……あー」


「ミランが最初に持ち込んだんでしょ、書簡を。


これ、返信の書簡ですから」


むぅとミランが唸ったところを見ると間違いないらしい。




「おはようございます、ネス様」


旧地区の町中を走っている子供たちに混ざっていたエランが駆けて来た。


黒い狼獣人がニコニコと笑いながら駆けてくる様子はまるで犬のようだ。 


「あの、ネス様にご報告とお礼にー」


そのエランの頭を、ミランがゴツンと殴った。


「お前のせいか!」


エランは、イタタッと言いながら、訳が分からなくてミランを見る。


「どうしたんです?」


俺が笑っていると、エランの後ろに灰色の毛並みの犬の女性獣人がいた。


「あら、あなたは先日の。 あの時は、ありがとうございました」


俺は立ち話もあれなので、一旦家に入ってもらうことにした。




 家に入ると、いい匂いがしていた。


「あ、きゃあ、ユキだめよ」


【リーア、いい匂いー】


どうもユキはリーアを、家族の中の地位が自分より下か、同じだと思っているようだ。


じゃれついて邪魔をしている。


「ユキ、お客様だよ。 おとなしくしなさい」


俺がそういうと、【はあい】と側に来て座る。


「リーア、お茶をお願いします」


「はい」


微笑んで迎えてくれる。


エランが驚いて目を瞬く。


「あ、あの、師匠、いつの間に」


「お前が任務に就いている間にさ」


てか、師匠ってなんだ、エラン。




 ミランは仕事が溜まっているようで、ロシェに引きずられて行った。


俺は一階の部屋の長い机に座り、向かいにはエラン夫婦。


リーアがお茶を入れてくれるが、多少手間取っているようで、まあ、そこは遅くても仕方ない。


初対面だと思っていたが、俺はエランの奥さんとはどうやら島を巡っていた時に出会っていたらしい。


匂いで分かったそうだ。


 とりあえず、話は進めよう。


「ミランが見せてくれた書簡。 あれを配達したのはエランか?」


「あ、いえ、私だけでなく、先輩二人と同行です」


ああ、ハシイスとチャラ男か。


俺はただ頷いて、先に進む。


「で、そこで取り引きに応じたのは誰だった?」


署名はツーダリーだが、彼にはそこまでの頭はないと思う。


メミシャにゾッコンな脳筋さんだったからね。


おそらく優秀な側近がいたはずだ。


「はい。 第一夫人でした」


南方諸島連合の代表であるツーダリーには現地人の妻がいることは知っている。


「なるほどね」


このカラクリは彼女の仕業か。




「何故か、犯罪者の処罰を任された」


俺の貸しは一つ、ミランの貸しが一つ。


フェリア姫の件と、交易の許可でチャラのはずだ。


おそらく島の住民たちに詳しく説明出来ない質の犯罪なんだろうね。


もしくは、その罪人が身内だったりするのかな。


 本来ならこんな処理はこっちに振られる義理は無かった。


さらわれた女性たちの大半がデリークト公国の者たちだからね。


犯罪者はデリークトに送られるのが筋だろう。


「どういうことですの?」


お茶を出し終えてリーアが隣に座る。


「つまり、女性たちを解放するから、犯罪者をサーヴで秘密裏に処分してくれということさ」


これで女性たちの解放という一つの借りに、罪人という貸しでチャラになる。


ミランがエランのせいだと喚いていたのは、目の前にエランがいたからだ。


デリークトに送るより、目の前にいるサーヴの者に引き渡せばいい。


ちょうどさらわれた女性も引き渡すのだから、ついでに頼んでも断られない。


「わ、私が交渉の場で妻を探したいと申し出たせいで」


エランは冷や汗をタラリと流している気がする。


体毛が邪魔で分からないけどね。



「まあ、いいだろう。 使い道もある」


俺は違う犯罪者の顔を思い浮かべていた。


「そいつは鉱山送りにすればいい。 代わりに引き取りたい犯罪者がいる」


隣のウザス領主から送られている、使えない犯罪者。


彼らを引き取り、代わりに南方諸島の丈夫な犯罪者を引き渡す。


うん、完璧じゃね?。


「あ、あの、南方諸島の男性を一人連れて来ましたけど。


彼は、その、島出身とは思えないほど、華奢ですが」


えー、マジか。


でも若そうだし、何とかなるだろう。


後でウザス領主につなぎを取るか。


そっちのほうが面倒臭さそうだけどな。


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