第66話 その頃、某国では 6


 南方諸島連合の代表ツーダリーの第一夫人だった女性は、


「その男をどうする気だね」


と、ダークエルフのメミシャに拘束された側近の男性を見る。


「さあ、どうしようかしら」


ダークエルフ族は元々気性が荒く、呪術などという危険な魔術を使う種族だ。


赤い眼を輝かせ、妖艶に微笑む。


「この男を放っておいたら、開放された女性たちの反発を買うでしょう?」


「ああ、そうだねえ」


「た、助けてください。 奥様」


第一夫人は、哀れに命乞いをする男性にため息を吐く。


これは自分が拾ったも同然の男だった。


「仕方ないねえ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 南方諸島連合では、集められた女性たちは全て代表の妻が管理していた。


「あの優男にゃ無理だからね」


名目は代表の何番目かの夫人。


だが、それは単なる目くらましで、さらってきた女性たちに、他の男性たちが手を出さないようにするためだった。


 男どもに管理を任せるとすぐに手を出そうとする。


彼女は、女性に手を出そうとする奴らを、


「代表の女に手を出す気かい?、良い度胸だねえ」


そう言って、蹴散らし、抑え付けてきたのである。


「ここは娼館じゃないんだ。


女であることを売りにするのは構わないが、身体を売る必要などないよ」


女性たちにもそう言って、島での仕事を割り振り、働いてもらうようにした。


 元は海賊たちの島であり、女性が足りなかったのは事実である。


最初は貧しく、雇われ先で苦しんでいる女性を救って連れて来ていた。


それがいつの間にか、あの痩せ男が自分の好みの女性を無理矢理さらって来るようになったのだ。


「これもすべてあの子の勉強のためだと思ってきたが」


夫人も、どうやらこれ以上は不味いと気づいた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 決定的になったのは、サーヴという町からの手紙だった。


やって来た使者だという三人組は、若いがなかなかに隙がない。


へらりとした男は、代表とそう変わらない年齢だろうが、細い身体に似合わぬ貫禄があった。


その配下だという若い兵士は、剣と魔法の両方を使いこなすようだ。


そして、一人だけ落ち着きのない獣人が付いていたが、狼獣人は腕力以外にその頭の良さでも知られている。


「何か用かい」


代表や他の男たちには内密にと言われ、警戒はしていたが、差し出された手紙の名前を見て代表夫人は納得した。


「そうか、あんたたちを雇ったのはミラン坊かい」




 代表の身内の女性の中に、サーヴで亡くなった女性がいた。


彼女は南方諸島から逃げた者たちの世話をしていたことが発覚し、以前の代表の手の者に暗殺されたと言われている。


ツーダリーの妻は、その女性の子供がサーヴにいることを知っていた。


「あの人はやさしい方だった」


あの人に救われた島民は多い。


ミランというのは、その女性の息子の名前だ。


「ツーダリーとではなく、私と直接の取り引きがしたいということかい」


チャラそうな明るい茶色の髪の男性が、代表の妻に対して顔を伏せたまま答える。


「申し訳ないっすけど、俺らは何も知らされておりませんよ」


自分たちに交渉権はないので、聞かれても困るという。


「ただ、一つ」


顔を上げると明るい茶色の瞳が、笑みを消していた。


「先日、あのダークエルフの女性を説得したのは、ミラン様のご友人でっす」


代表夫人は目を見開く。


「ほお?」


愚かにも戦争になりかけた場を、無事に回避させた魔術師の話は聞いていた。


エルフ族の戦士を率いていたはずだ。


「エルフではなかったのかい」


「ええ、うちの師匠っす」


ニッカリと笑う男性に、大柄な女性が真剣な顔で訊ねた。


「あの子が、ツーダリーがあの魔術師のいうことなら聞いてやると言っていた。


その願いを持って来たということかい」


秘密の交易が願いなのか、さらってきた女性たちの解放か。


「いえ、まずは、デリークトのフェリア姫との縁談の解消でっす」


「はあ?」


ツーダリーの妻はポカンと口を開け、「そんなことでいいのか」と訊く。


三人の使者は深く頷いた。




 今の代表は、新しい妻とは相思相愛である。


他の女性たちの解放を決めたのも、妻となる女性に嫌われたくないからだ。


しかも、デリークトの姫を希望したあのダークエルフも、もう興味は無いようだった。


「いいよ。 私が保証しよう。


すぐにデリークトに知らせを送ろう。 手紙が必要ならば書かせよう」


「感謝いたします」


 帰ろうとする使者の一人、獣人の男性がなかなか部屋を出ようとしない。


「どうされたのだ」


厳つい南方諸島連合の男たちに促されても、その獣人は何か言いたそうに立っていた。


連れの使者たちも困った顔をしている。


「エラン、また後日にしましょう」


「いや、でも」


獣人は小さな声で抵抗を続けている。


「何か言いたいことがあるのかえ」


護衛の男を抑え、代表夫人が彼らの側へやって来た。


エランと呼ばれた狼獣人がとっさに礼を取る。




「申し訳ありません。 わ、私の妻が四年ほど前にさらわれまして。


先日、この島に観光に赴いた者から、ここで見かけたと。


あ、いえ、本当はいただいた土産物に妻の匂いが残っておりました」


獣人の嗅覚は鋭い。


それならば間違いはないのだろう。


「なるほど。 しかし、今はデリークトの姫のほうが先決かと思う」


獣人ひとりの願いより、国と国との関係が大事である。


「はい、それは確かに。


ただ、私に妻を探すことをお許しいただけたらと」


「エラン、何を言い出すんだ」


若い兵士が自分より大きな身体の獣人を押し留めようとする。


しかしチャラそうな男性はニヤニヤした顔でそれをただ眺めていた。


 その態度に代表の妻が違和感を覚えた。


「そうかい」


自分は試されているのだ。


代表の妻という立場がどこまで出来るのかを。


そう感じた女性は、ニヤリと口元を歪めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 南方諸島からデリークトへと戻る船の中。


「ほんとに見つけるとはな」


明るい茶色の髪を揺らして笑っている背の高い男は、見るからに軽そうな雰囲気を持つ。


「全く!、冷や冷やしましたよ」


若い兵士は隣で小さくなっている獣人を見ながら少し厳しい顔をする。


黒い毛並みをした狼獣人の男性が、身体を縮めながら謝罪した。


「申し訳ありません。


でも、お陰様で妻を見つけることが出来ました」


この船には解放された女性たちが乗っている。


その中の灰色の犬獣人の女性が、ニコリと微笑んだ。


「ありがとうございます。 皆様のお陰です」


「いや、俺たちじゃなく。


女性たちを解放したのはツーダリーと、その新しい妻でしょう?」


兵士の言葉に、狼獣人は首を横に振る。


「いえ、すべてはあの方のお陰です」




 先日、デリークトの港でのこと。


所在不明になっていた要人を連れて、突然、港に姿を現した。


エルフの戦士を率い、南方諸島連合とデリークト公国の間に入った魔術師。


それだけ聞いても、彼ら三人には誰のことか分かる。


「ふふっ、さすが師匠」


「ええ、うちの師匠はやっぱりすごい」


二人の先輩の言葉に、狼獣人は大きく頷いた。


「サーヴに戻ったら、私も弟子にしていただきます」


「ほお?」


アブシース王国の諜報兵である二人の目が光る。


「では、俺たちに勝ってもらわなくては」


「それは楽しそうですね」


妻と手を取り合っていた狼獣人は、背中の毛をざわりと逆立てた。


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