第65話 その頃、某国では 5
南方諸島連合の中心にある大きな島国で、その日、盛大な祝いが行われていた。
「何よ、この騒ぎは。 まるで見世物じゃないの」
プリプリとしながらも、褐色の肌のダークエルフの女性であるメミシャの顔は少し赤くなっている。
「いや、だけどな。 お前をちゃんと俺のものだと知らしめたいのだ」
普通の男性の倍くらいの体格の、南方諸島連合の代表ツーダリ―が、その女性の前で小さくなっている。
お前を誰にも渡したくない。
もう二度と、どこへもやらないぞと本気で言ってる。
「も、もうっ、仕方ないわね」
華やかな白い衣装を着た女性に、太い腕を差し出した男性の顔が崩れた。
ツーダリーはこっそりと部屋の隅の一族の席に向かって視線を向けた。
そこには様々な年代の女性たちが座っている。
彼女たちは、さらわれたり、誰かに無理矢理説得されて連れて来られた者たちだ。
出身も雑多で、亜人の姿もある。
これからの自分の運命に困惑する者、うれしそうに微笑んでいる者。
彼女たちの多くは解放されることになっていた。
しかし、その中にひとり、高齢の女性がいた。
「ふう、やれやれ。 これで私の仕事も終わりかね」
浅黒く焼けた肌に黒い髪はクルクルと細かく巻き、女性としては大柄である。
彼女はこの代表の妻であった。
まだ若かった代表に箔をつけるため、第二の規模であった島から嫁いできた。
島国をまとめ上げる南方諸島連合で先代の代表が引退し、新しい代表が選ばれたのは数年前。
一番腕っぷしが強い若者ツーダリーを代表として選んだのは連合の年寄連中だった。
「しかしあの男だけでは政は無理だろう」
そのため第二の島の
「諸島連合のため、あの若者を助けてもらえないだろうか」
彼女は当時、すでに代表よりもかなり年上ではあった。
亡くなった夫が長患いだったため、代わって島を治めていた手腕は広く認められている。
その腕を南方諸島連合の年寄りたちに請われたのである。
当然、夫婦とはいっても単なるお飾りであった。
ただ、彼女は決してツーダリーの前に出ることなく、南方諸島の島々を裏から賢くまとめ上げていた。
「今は国としてはもう安定している。 もうわたしゃ引退だ」
未熟だった青年も、今では立派な海賊あがりになった。
「あとはあの娘にお任せするよ」
妻の証である様々な石を繋いだ首飾りを傍にいた男性に渡す。
「奥様、本当に良いのですか?」
南方諸島では珍しくすらりとした体形の男性だ。
どこか違う国の血が入っているらしく、褐色の肌の色も淡く、髪の色も黒よりも茶色に近い。
「ああ、構わないさ。 あの子の好きなようにさせておやり」
しかしその男性は不満そうに口を尖らせた。
「そんなことをしたら、この国の女性たちがー」
大柄な代表夫人はすらりとした男性を睨んだ。
「お前がやってることは聞いているよ。
もしあの子の邪魔をする気なら、私が相手になるよ」
女性にしては太い拳を見せる。
「へっ、いやいや、とんでもない」
急にオロオロし始めると、首飾りを押し頂いて下がって行った。
「まったく、あの子の勉強のためと思ってあの男を付けたのは間違いだったかね」
ため息を吐き、女性たちにも下がるように告げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼は、現地の者と他の国から来た女性との間に産まれた。
島の生活は、他国から来た女性には過酷だった。
母親は彼が子供のころに亡くなってしまう。
父親は寡黙な海の男で、彼には早くから仕事を覚えさせようとした。
しかし同年代の男性たちに比べ、身体が小さいことが彼を卑屈にさせてしまう。
成人して間もなくのことだった。
他の船員たちに足手まといになると、彼は港に置き去りにされていた。
「もう嫌だ」
自暴自棄になって酒場で騒いでいた時、たまたま訪れた南方諸島連合の代表に声をかけられた。
まだ若い代表の男性と、その妻は、彼の容姿に目を付けたのである。
「この島の男共は皆、威圧的でね、他の国の商人とうまく会話が出来ないんだよ」
代表の妻は、見るからに優男の彼に、交易の立会いを頼んで来たのである。
「その場に立っているだけでいいんだよ。 交渉は私がやるからね。
睨みを効かせるのはこの子の仕事だ」
そう言って大柄な女性は、笑って代表の背中を叩いていた。
「よ、よろこんで」
最初は代表といっしょに交渉の場にいるだけだった。
そのうち、彼は代表の妻に商人との交渉を叩き込まれ、代表の男性と一緒に様々な者と会った。
屈強な男たちに囲まれた他国の使者や商人たちは、自分たちに近い容姿の彼の存在に安心する。
少なくとも、島の厳つい男たちよりは彼に好感を持ってくれたのである。
今までは痩せた貧弱な身体だと思っていたが、この身体付きは他国の者とそう変わらない。
彼は島の男たちのほうが異常に身体が大きいだけなのだと知った。
やがて、他国の者たちと顔見知りになると、彼は徐々に自信を付けていった。
代表は顔に似合わず優しいところがある。
そんな代表に代わって国の交易を仕切って来た第一夫人は、滅多に表には出ないようになった。
そして、南方諸島では珍しいスラリとした男性が、代表の補佐を務め始める。
それは、彼の復讐だったのかも知れない。
「どうせ海賊なんだ。 多少乱暴なことをしても許される」
彼は、自分のように他国の女性との間の子供が増えることを望んだ。
島の大きな男ばかりではなく、自分のような他国ではごく普通の体形の仲間を増やしたい。
それには、まず島以外からの女性たちが必要だ。
小さな島国の者たちは、他国の常識だの、法だのを知らない。
彼は代表の側近として、元海賊たちに指示を出す立場だった。
島の男たちは良く分からないまま彼の指示に従う。
海のことしか知らない男たちは、本来は同郷の者には優しく、疑うことも知らない。
彼はただ、代表の陰に隠れ、後ろから囁くだけでいいのだ。
「彼女たちはあの国では虐げられているのだ。 かわいそうだろう?」
「そうなのか。 分かった。 やさしく受け入れてやろう」
そんな言葉に騙されているとも知らず、荒くれ共は女性たちをさらって来る。
元々の産業である香辛料を求める客に加え、女性たちを見るために観光客が集まるようになった。
「これでこの国は安泰だ」
自分の手柄に、日頃、筋肉の付かない身体を貶されてきた男性はほくそ笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
賑やかな屋敷の中を抜け、男性は外へ出る。
彼は南方諸島の男性にしては線が細い。
「なんてこった。 このままでは計画が台無しだ」
今の代表に何かあれば、後を継ぐのは自分になるはずだった。
「くそう、あの女さえいなければ」
そう呟いたとたん、目の前が一瞬暗くなった。
「あら、それは私のこと?」
いつの間にか、目の前にいるはずのない女性が立ち塞がっている。
「め、滅相もありません。 奥様」
ダークエルフの褐色の肌に、白い髪。
そして代表であるツーダリーの愛した赤い瞳。
本日、正式に代表の妻となったメミシャである。
「あなたが代表の陰に隠れてやってたことはバレてるのよ」
実は自分がそれに便乗していたことは言わないが。
「悪いけど、あなたにはもう用はないの」
その男性は、他国での女性狩りの首謀者として捕らえられた。
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