第57話 俺たちは公爵に会う


 俺はただ公爵閣下の返事を待つ。


まあ、友好的な態度じゃないのは認めるよ。


だけど無理矢理連れて来られたのも同然なんだし、不機嫌でも当たり前だと思うんだ。


帰ろうと思えばいつでも帰れるしね。


 ただ、フェリア姫の視線だけが怖い。


わざとフェリア姫には背を向けている。


「あ、あの、ケイ……魔術師様」


「そうだ、魔術師殿。 娘を救ってもらった礼がしたい。


何なりと言って欲しい。


金でもよし、必要なら国の宮廷魔術師として取り立ててもいい」


そんなことまで言い出す。


どうもフェリア姫とは話をさせたくないようだ。


俺はフッと息を吐く。


父親ってダメだな。 こんな姿を見ると、余計にからかいたくなるわ。




「何でもいいと、約束してくださいますか?」


俺はわざと胡散臭い笑顔を向ける。


うん、王子の金髪緑眼だと似合わないけど、この顔だと決まるんだよ、これが。


公爵閣下夫妻が一気に引いた。


「と、とりあえず聞こうか」


俺はがっくりと肩を落とす。


「とりあえず、ですか。


そうですよねえ。 いえいえ、いいんです。


私が勝手にやったことですし、特に褒美など望んでいません」


俺はフェリア姫の笑顔が見たかっただけだ。


「そんなことを言わずに、お願いです。 お礼をさせてください」


妹姫が俺に腕にすがるように取り付いた。


ギョッとした彼女の夫がすぐに引き剥がす。




「何様のつもりだ。 お前は」


先ほどの要職らしい老人が我慢出来ないと声を荒げた。


「公爵閣下がおっしゃることに難癖をつけるとは」


いやあ、そんな気はないけど。


「下賤の者め!。 不敬で捕えてもいいのだぞ」


壁際に立っていた近衛兵らしい者二人が老人の言葉に反応して出て来た。


俺の腕を掴んで頭を下げさせようとする。


「ちょ」


もみ合いになるが、相手にけがをさせるわけにはいかない。


『ほら、ケンジがいうことを聞かないからだ』


えー、王子、見放さないでよ。


 


「ケイネスティ様」


ふいに背後から声がした。


ピクリと俺の動きが止まる。


それには兵士たちも戸惑う。


騒がしかった部屋の中が静まり返った。


 フェリア姫が動く気配はするが、俺は動けない。


彼女は兵士を下げさせた。


俺の目の前に立ち、優雅に最も深い礼を取った。


「お約束通り、わたくしの呪いを解いてくださいまして、ありがとうございます」


顔を上げたフェリア姫は微笑んでいるのに、瞳に涙が浮かんでいる。


「誰よりも、感謝しております」


誰だ、彼女を泣かせた奴は、出て来い、あ、俺か。


『ケンジ、落ち着け』


はい。




 俺は膝を折り、騎士の礼を取る。


あの日、フェリア姫に解呪を誓った姿勢だ。


「お約束を果たせたこと、心よりうれしく思います。


姫様には末永くご健康と、お幸せをお祈りいたしております」


「あ、ありがとうございます」


向かい合っている二人は目を合わすことなく、深い礼を取っている。


 やがて、ぎこちなく姿勢を直した俺の視線がフェリア姫の目と合った。


まるで時間が止まったように、見つめ合う。


周りが息を呑んで見守っている気配がした。


だけど、今は目の前の姫しか、俺の目には映っていない。


 彼女の瞳から涙がこぼれた。


「泣かないで」と彼女の頬に手を伸ばしそうになるのを必死に堪える。


目を逸らしたい。 顔を背けたいのに、出来ない。




「公爵閣下。 私の望みは姫様が幸せになられること」


彼女を見つめたまま、俺はようやく声を出す。


静かだった部屋の中に、重く響く。


「フェリア姫様は他国に嫁がれると伺っております」


もし、本当に彼女が解呪まで待っていてくれたなら。


もし、本当にこんな俺でもいいのなら。


彼女をさらう未来もあったかも知れない。


「心より、お祝い申し上げます」


俺はキリッと痛む自分の胸に手を当て、ぐっと服の上から握り、公爵に対して礼を取る。


「ケイネスティ様」


彼女に笑顔を向け、そして俺は目を閉じる。


美しい彼女の顔を心に焼き付けるために。




「ケイネスティ?、聞いたことがある名前だ」


ぼそりと老人が呟いた。


「あ、アブシース王国の!」


妹姫の婿殿が声を上げた。


「えっ、まさか。 あの第一王子のケイネスティ様?」


妹姫がそれを聞いて俺の顔をじっと見ている。


彼女は先日、アリセイラ姫の成人と婚礼の儀に出席したばかりだ。


 俺は心の中で舌打ちした。


大きく肩で息をして、再びフードを被る。


「ばかな!、あの王子はエルフの血が入った亜人もどき。


このような姿ではないはずだ。


きっとフェリア姫は騙されておいでなのだ!」


老人が怒鳴り声をあげた。


それに呼応するように部屋の内部で怒号が起きる。


「そうだ、そいつは我々を騙す、悪い魔術師だ」


「きっと自分で呪っておいて、解呪したことにして恩を売るつもりだったのだ」


次々と非難する声が大きくなり、兵士が動き出した。




「無礼です。 この方はわたくしの恩人なのですよ」


フェリア姫が俺をかばうように兵士の前に立ちふさがった。


俺は彼女にこんなことをさせて、申し訳なくなる。


 しかし、そんなやり取りを見ていても、彼女の両親は動かなかった。


俺はそのことにイラつく。


俺が暴走しないように、王子が出て来て交代する。


フェリア姫の背中にそっと触れ、公爵夫妻を見上げた。


「昼間の騒動をご覧になりましたか」


南方諸島連合の代表のことだ。


「おそらく、あの方は今後、他の女性を望むことはないと思います」


べたぼれなのが見えた。


ダークエルフのメミシャさんはもうフェリア姫を必要としない。


彼女はもう一人じゃない。




「どういうことだ」


公爵閣下が俺の言葉にハッとして、やっとこっちを見る。


「フェリア姫は南方諸島に嫁ぐ必要がなくなったかも知れないということです」


つまりは破談だ。


ちょっ、王子。 まだそれは確定じゃないよ。


これからあの代表に根回しして、撤回してもらう予定だけど。


「まあ、それなら姉様は誰か他の方に嫁いでもいいのですね」


妹姫がうれしそうに大きな声を出した。


 その言葉に部屋の中が混乱した。


「いけません、公爵閣下。 この者の言葉など聞いては」


老人の側近が公爵に近寄り、何かを囁き始める。


「南方諸島連合がダメなら他の国に輿入れという手もあります」


あくまでも国の道具として、ということか。


「こんな偽物の王子となど」




 その時、王子がいきなりフードを取り、魔術を解除した。


金髪緑眼のエルフに似た容姿が現れる。


「今はただの魔術師なので、名乗るつもりはありませんでしたが」


偽物などと言われて王子のプライドが傷ついちゃったようだ。


「デリークト公爵閣下、並びに公爵妃様。 お初にお目にかかります。


アブシース王国の第一王子として生まれました、ケイネスティと申します」


ヒッと情けない声を出したのは、先ほどから公爵の横にいた老人だ。


王子が王族の威厳を最大限に発揮してるからなあ。


「さて、私に褒美をくださるということで、この場に呼んでいただいたはずでしたね」


王子はキッと睨むように公爵を見ていた。


ちょっと王子が怖い。


王子はエルフの森に入り、必死に修行をして技術を学び、自分の命をかけて彼女の解呪に臨んだ話をする。


「それでは、その努力と苦労に相応しいものをいただいて行きます」


王子はフェリア姫を抱き寄せた。


「ま、まさか」


公爵の声にニヤリと笑うと、魔法陣を発動する。


あー、もう、その顔じゃ嫌味にならないんだってば。


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