第56話 俺たちは公宮へ出向く


 デリークトにある北の館は静まり返っていた。


ラスドさん情報では、主であったフェリア姫はもう公宮に移っているらしい。


この館に侵入したあの日が、何年も前のように感じる。


魔術師ルーシアさんによって隠されていた結界を抜け、敷地の中に入る。


「そういえば、魔法柵みたいのは前より弱い感じ?」


『そうだな。 フェリア姫がいた頃とは違って隠すだけで守るものはいないからな』


今は俺の姿は黒髪黒目になっている。


ローブのフードを深く被って、口元はバンダナだから誰も気づかないと思うけど。


『というより、ちゃんと結界に気付いていたとはな』


えー、王子、それは酷くない?。


俺は魔法関係は王子を信頼して任せてるんだよ。


ぶつぶつ。




 入り口は開けてあった。


正面から入るのは初めてだなあ。


移転で中に入ってもよかったんだけど、ちょっと事情があってね。


「こんばんは、アキレーさん」


「あ、ああ。 魔術師殿、すまない」


イケメン騎士は苦い顔をして俺を出迎えてくれた。


「いえいえ、 気にしませんよ。 どうせ、そんなことだろうと思ってましたから」


俺が中に入ると、途端に扉が閉まり、兵士たちがぞろぞろ出て来た。


そして、昼間の将軍と呼ばれていた壮年の男性がゆっくりと現れる。


「ふふ、これもすべて公爵閣下のご命令でね」


あー、はいはい。


そんなのはどうでもいいよ。


 俺はアキレーさんに近づく。


「ルーシアさんはどこです?」


静かに声をかけると、アキレーさんは小声で「公宮です」と答えてくれた。


俺は一つ頷く。


「では」


俺は将軍に向き直り、長い杖を取り出す。


兵士たちに緊張が走る。


「公宮でお待ちしています。 お先に行ってますよ」


黄色い魔法陣が浮かび上がった。





 俺はアキレーさんと共に公宮の庭に出現していた。


偵察の時に目印の杭は打ちこんであったからな。


二人で何気なく話ながら、公宮の中へと入った。


兵士たちは、何を慌てふためいているのやら。


昼間、移転魔法は見てたはずなのに。


「魔術師様は本当に普通ではないな」


「えー?」


どうやら普通の魔術師というのは、日に何度も移転魔法という超強力な魔術は使えないそうで。


「なるほどね」


また使うとは思ってもみなかったーと。


ほんとにこの国のお偉いさんたちは甘い。




 どうやら国を解雇されてもアキレーさんは人気者らしく、止めようとする者は誰もいない。


「まずはルーシアさんを探そう」


『そうだな。 おそらくこっちだ』


王子が歩き出し、アキレーさんは慌てて追ってくる。


「あれえ?」


魔力を探ると、どうやらフェリア姫といっしょのようだ。


「なんだ捕まってたわけじゃないんだ」


それを聞いたアキレーさんが、何故かムスッとしていた。


「私には牢で酷い目に遭わされていると」


彼ら二人は国から解雇を言い渡された後、町に隠れ住んでいたそうだ。


だけど昼間の騒動の後からルーシアさんの姿が見えなくなっていた。


はあ、なるほど、アキレーさんはあの将軍さんに脅されてたんだね。


でもルーシアさんの様子を伺う限り、捕まったって感じじゃないな。


「魔術でも使って、自分で押しかけたのだろう。


フェリア姫が何より大事な人だからな」


ダジャレでも何でもなく、アキレーさんが呆れてた。




 誰かが知らせに走ったのだろう。


侍女風の女性が現れ、「こちらへどうぞ」と案内してくれる。


まあ、フェリア姫もルーシアさんも無事らしいから、おとなしくついて行くけど。


 アキレーさんと共に大きな扉の前に立つ。


王子と俺の記憶にあるアブシースの王宮を思い出して憂鬱になる。


扉が開くと、中には深夜なのに結構、多くの人がいた。


偉そうに俺を見下している視線がビンビンくるよ。


「す、すみません、魔術師様」


何故か、後ろを歩くアキレーさんが謝ってくる。


いやいや、アキレーさんのせいじゃないでしょ、これは。




 一段上がった場所の玉座みたいな大きな椅子に、公爵らしき男性が座っている。


その隣の椅子にはおとなしそうな女性。


そして夫婦らしい若い男女が立っている。


別に紹介されたわけじゃないけど、フェリア姫の家族なんだろうなと思う。


顔や雰囲気が何となく似てる。


 目の前まで移動し、一段下になった場所で立ち止まる。


アキレーさんは騎士の礼を取っているが、俺はどうしようかな。


『ケンジ、一応フェリア姫の家族だぞ』


おー、王子もデリークトの公爵だから、とは言わないわけね。


だけど、俺はどうも礼を取る気になれなかった。




「し、失礼だぞ!、 ひざまずけ!、顔を出せ!」


なんか、側にいるお年寄りが喚いているけど、俺はただため息を吐く。


「申し訳ないけど、俺はこの国の民ではないし、この人が誰かも知らないんだが」


部屋の中がざわつく。


多くは「失敬だ」とか「無礼だ」だけど。


「これは申し訳ない。 魔術師殿。


あちらにおられるのが、デリークトの公爵閣下と公爵妃様です」


アキレーさんが俺の側に来て教えてくれた。


 名前を言わないのはわざとだ。


向こうの名前を聞いてしまえば、こちらも名乗らなければならなくなる。


俺は「ありがとうございます」とアキレーさんに礼を言い、改めて面前の偉そうな人に正式な礼を取る。


王子の礼儀作法は完璧だ。


思わぬ美しい仕草に、ますます部屋の中がざわめく。




 突然、廊下が騒がしくなり、入り口の扉が魔力でこじ開けられる。


飛ばされた兵士が転がり、女性が二人駆け込んで来た。


「アキレー、無事ですか!」


魔術師ルーシアさんと、フェリア姫だ。


フェリア姫は、ルーシアさんの腕に支えられるように歩いて来た。


大丈夫なのか心配になる。


 ルーシアさんがアキレーさんに駆け寄り、二人が抱き合った。


俺はフードの奥で「このリア充め」と笑う。


ま、無事で何よりだ。




「あ、あの」


フェリア姫が俺を見ている。


はにかんだ笑顔が美しい。


顔には痣は見当たらないな。 良かった。 


 フェリア姫が俺に近づこうとすると、父親である公爵が立ち上がった。


「高名な魔術師殿とお見受けする。


この度は、我が娘フェリアのために力を尽くしていただき、感謝する」


家臣たちが一斉に公爵を真似て、俺に対する礼を取る。


おそらく事前にそうするように話が出来上がっていたんだろう。


不満そうな顔はあるものの、公爵閣下に対しては忠義を見せている。


「魔術師様、わたくしからもお礼を申し上げますわ」


一段高いところにいた若い女性が下りて来た。


「フェリアの妹です」


ニコリと笑う顔にはまだ幼さが残り、王子の妹のアリセイラを思い出す。


「恐縮です」


王子は優雅に一礼した。




「あの、お顔は見せていただけないのでしょうか」


名前を明かす気がないのは分かってくれたようだったが、やはり顔は見せないとダメかな。


『ケンジ』


むぅ。 ほんっとに王子は女性に甘いよね。


 俺はフードを取り、バンダナを黄色の鳥に変形させると、肩に乗せた。


思ったより若い姿に、部屋の中に再びどよめきが起きる。


「申し訳ありません。 偉大な魔術師様ということでもっとお年寄りかと」


妹姫の隣に、文官らしい夫もやって来た。


 俺は少し微笑んで、一段高い場所で立ち尽くす父親を見上げる。


「それで、私に何か御用でしょうか」


肩の鳥がしゃべる。


「ああ、これは魔道具です。 私は病気で声が出ませんので」


そう言うと、女性たちの顔が同情的になる。


そんな同情はいらないんだが。


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