第46話 俺たちは出産に立ち会う
夜が明けた。
俺はリタリに頼んで、子供たちを集め、俺の家の物置に連れて行った。
中は薄暗いが蹲っている灰色の砂狐が見える。
「皆、あの砂狐はケガをしているんだ。 おまけにお腹に赤ちゃんがいる」
「おお」
子供たちの目が輝く。
「だから、皆にお願いがある。
無事に赤ちゃんを産ませてあげたいから、周りで騒がないように頼む」
「はあい!」
「シーッ!」
口を押えた子供たちに俺は微笑む。
でも王子は不満そうだった。
『普通なら野生の獣は子供たちに秘密にするものじゃないのか』
いやいや、完全に野性なら俺のところになんて来ていないと思うんだよね。
「でも元々は家畜だしねえ」
長老からわざわざ俺のところに来てくれた。
それに何かの意味はあると思う。
「子供たちのやさしさに期待、かな」
俺はこの母親狐用の<砂狐・餌用>の魔法陣帳を、砂狐に慣れているサイモンに渡しておいた。
「アラシ、ユキ、交代で側についててやって欲しい」
そう話しているとクロがやって来た。
【私も混ぜて欲しい。 その母狐は身内なのだ】
だよね。 崖の上の一族は皆身内だろう。
「分かった。 なるべく一匹にしないようにしてくれ。
何かあればすぐに連絡を」
三匹の砂狐が首を縦に振る。
おお、念話に頼らずに意思表示が出来るようになってるじゃないか。
偉い偉い、俺は三匹をわしゃわしゃとモフった。
ガーファンさんたちは砂漠の遺跡へと出掛けて行った。
砂狐たちは動かせないので、ソグと海トカゲの青年に護衛を頼んだ。
「砂漠ですが、大丈夫ですか?」
俺の心配に、海トカゲの青年は笑って答えてくれる。
「はい、私は魔力が多いので、普通の海トカゲより乾燥には強いんです」
やはり亜人の彼らは優秀だな、と思う。
そして、つくづく惜しいと感じた。
『惜しい?』
「彼らの能力を最大限に使えたら、きっともっと皆、楽に生きられるのに」
それはを
俺は相変わらず夜は眠れずにぼんやりと過ごしている。
昼間は何となく忙しくて、何をしているわけでもないのにウロウロしている。
浴場の現場を見に行くと、デザに邪魔扱いされるので、その日は鉱山に行ってみた。
新地区の領主の父親と兄が働いているらしい。
「使えるんですか」
一応、見回りをしているというコセルートに出会ったので聞いてみた。
「使えるわけないじゃないですか」
はあ、そうでっか。
それでも何とか動いてはいるそうだ。
「元々性格は真面目な方々ですからね」
真面目だからこそ、信用している人から唆されて乗ってしまったんだろう。
そういう人こそ、遊びにまで真剣にのめり込むから怖いってことか。
しばらくぶりに見た二人の様子はまるで以前と違っていたらしい。
これからあの家族はどうなるのかな。
そんなことは誰にも分からないけど。
夕方、教会まで戻って来ると、新領主の少年がウロウロしているのが見える。
うん、まるでアイドルの出待ちのようだ。
俺が声をかけようか迷っていたら、どうやら俺を追って来たらしいコセルートも彼を見つけた。
「坊ちゃん、あ、ご領主様。 こんなところで何を?」
おおい、使用人がそんなこと言っていいのか。
「え、あ、いえ」
あーあ、目が泳いでる。 かわいそうに。
「ちょうど良かった。 砂狐を見ていきますか?」
ロシェはまだ出てきそうもないし、少し恩を売っておこうかな。
少年はいつもクロたちを見ているせいか、今さらなぜ?、と首を傾げながら、ついて来る。
俺の家の正面の入り口は噴水広場に面し、真裏に物置の扉があった。
中二階になっている寝室の下にあたる。
天井が少し低めで、床は砂地。
片隅に砂狐が二匹、うずくまっていた。
「ユキ、ありがとう。 大丈夫かな?」
白い砂狐は、俺に気付いて立ち上がると、うんうんと首を上下に振る。
そのユキより一回り大きな灰色の砂狐は荒い息をしていた。
「ケガをしているのですか?」
少年領主はまるで自分のことのように辛そうな顔をした。
「ええ、そして、もうすぐ子供が産まれます」
「子供?!」
砂狐好きのコセルートが、少年の後ろでうれしそうに声を上げた。
シーッと彼を睨み、
「これは預りものですから、群れに返しますよ」
と、彼の野望を挫いておく。
無事に産まれるまで、預かっているだけだ。
「危ないのですか?」
やさしい少年だ。 心配そうに見ている。
外見上の傷は治したが、体内に子供がいるため、詳しく調べられていない。
「このまま、安静にしていれば大丈夫でしょう」
「でも、こんなに苦しそう」
ユキが身体を起こして、側にしゃがみ込んでいる少年の顔を舐める。
彼が心配してくれるのがうれしいらしい。
「これは出産が近いせいですよ。もう間もなくでしょう」
それでも、少年の顔色は悪いままだ。
この世界でも出産は死亡率が高い。
少年の母親については、俺は詳しい事は知らない。
ただ、父親がちゃんと対処しなかったせいで亡くなったと聞いている。
「大丈夫ですよ。 私がついてますから」
少年は俺の顔を見上げる。
少し安心したように、恐る恐るユキの背を撫でていた。
そして、間もなく出産が始まった。
俺は少年とコセルートを母狐から少し離し、ユキにクロを呼んで来るように頼む。
準備はしてあった。
清潔な布や、水、魔法陣。
なるべく手を出さずに、見守る。
まあ、王子はこっそり回復をかけて、体力を維持させていたけど。
クロとアラシがやって来て、いっしょに見守る。
出入り口の扉の向こう、隙間からたくさんの顔が覗いていた。
大人も子供もいる。
その光景に俺は吹き出しそうになった。
王子は神経質そうに、
『あれは排除しないのか』
と聞いてきたが、俺はこの物置には気配遮断がかかってるから、別に構わないと思う。
そして、夜遅くまでかかったが、無事に三匹の子狐が産まれた。
領主の少年は、ずっと他の子供たちといっしょに見守っていた。
安心した住民たちが帰って行き、静かになった物置小屋の中。
俺とユキ、アラシ、クロの三匹と、母子の砂狐たちだけが残っていた。
【長老には産まれたら連れて来るように言われている】
クロは長老から頼まれたらしい。
「そうか。 分かった。 動けるようになったら崖の上へ届けよう」
子狐は母親に縋り付いて乳を飲んでいる。
その乳からは魔力の流れを感じた。
『魔獣というのはやはり魔力が必要なのだな』
俺は王子の言葉に頷き、その様子を眺めていた。
気が付くと眠っていたようだ。
ぺろりと顔を舐められて、目が覚める。
【ありがとうございました】
灰色の砂狐の声のようだ。
俺はただ微笑んで頭を横に振る。
「当り前のことをしたまでです。 無事に生まれて良かった」
【失礼ですが、あなた様の魔力をいただけますか?】
「あ、ああ。 いいよ」
俺は母親に回復の魔力を与える。
【いえ、子供たちにお願いします】
「え、いいのか?。 親を誤認してしまうのでは」
ユキとアラシは俺が最初に魔力を与えた時、親だと思ったのだ。
【大丈夫です。 わたしがここにいますから】
ああ、そうか。 ちゃんと親がいるんだもんね。
俺は子供たちに過剰にならないように気を付けながら、ほんの少し与えてみる。
母狐はうれしそうにそれを見ていた。
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