第43話 その頃、某国では 3
デリークトの北の森。
ひっそりと魔術で隠された館に、駆け付けた一組の夫婦がいた。
「ルーシア!、フェリア姉様は無事ですか」
夫である若い男性を連れた妹が、館の主である姉の侍女の制止も聞かず、部屋に入る。
「ひっ」
白い布が巻き付いた姉の姿に、驚き、足が止まる。
「お静かにお願いいたします」
怒気を含んだ声が後ろから二人にかかる。
駆け付けた、この館の護衛騎士アキレーが二人の前に回り、視界を遮った。
「アキレー様、フェリア姫様のこのお姿は」
妹姫の夫は、白い布から顔の一部だけが覗いている女性を見ようとするが、騎士は頑なに二人を止めた。
「何故ですの?、
涙声の妹姫の言葉に、侍女はゆっくりと言葉を返す。
「フェリア様に解呪の儀式を行った魔術師からの指示でございます」
この国の中心である公宮に、フェリア姫の館に賊が入ったとの知らせがあった。
それは不法に侵入した者がいた、という連絡だったのだが、どこかで盗賊という名に置き換えられたようだ。
妹夫婦は自分の身分も顧みず、精鋭の護衛だけを連れて馬車を走らせる。
丸一日かけて、ようやく着いた館で見たものは、思ってもみなかった姉の姿。
「解呪ですって?!」
叫ぶような妹姫の声に、侍女と騎士は二人を別の部屋へと連れて行く。
公宮から来た要人の護衛たちは、姉姫を守る者たちに一言も口を出せないでいる。
国の高名な騎士と魔術師にすでに迫力で負けていた。
「フェリア様には、今、安静が必要なのです」
不用意に妹の声に反応し、目覚められてしまっては、今までの苦労が無駄になる。
「し、しかし、あのお姿は」
文官である妹姫の夫は、痛ましいものを見るように顔を歪た。
ただの憐みなら必要ない。
侍女はそう言いかけて、ただ俯き唇を噛んだ。
別室で何とか二人を座らせて落ち着かせ、侍女はお茶を出している。
この館には最低限の使用人しかいない。
姫の身の回りの侍女は一人であり、館の警護の護衛騎士も一人。
他は皆、それぞれ自分の仕事で忙しいのだ。
「そうですか。 では、あれは怪我とかではないのですね」
公宮の主である父からもきちんと様子を見てくるように頼まれている。
妹夫婦は、色々と侍女と騎士に質問を浴びせた。
「はい。 あの布には魔術師様の『癒し』が込められております。
そして、すべてが終われば、あの布は消え去りますとのことでございます」
「いや、しかし、もう三日も経っているのに」
あれから姉姫は眠ったままだという。
「きちんと最低限の命の保証はされております」
解呪を行った魔術師は、
「何せ初めてのことなので、自分でもどうなるかは分からない」
と、ルーシアたちに言った。
それでも「命の保証はする」と断言した。
だから、「絶対に布が消えるまでは起こしてはならない」と。
「あなた方のことは信頼しています。 しかし、その魔術師は本当に信用できるのですか?」
さすがに国の文官としての最高位である男性の心配はもっともだ。
しかし騎士と侍女にとっては、野蛮な国へ嫁がせようとする公宮こそが信用ならない相手だった。
「はい。 身元は確かでございます」
何せ他国の第一王子である。
そして、誰よりもフェリア姫の幸せを望んでいた。
他国へ嫁ぐ姫に、最後の贈り物をと申し出てくれた者。
何よりも姫の憂いのない笑顔が見たいとおっしゃってくれた者。
どんな努力も報われない『呪われた姫』様に、長年寄り添って来た侍女は今にもこぼれそうになる涙を堪える。
「私は、魔術師様の言葉に従うまでです」
その侍女の言葉には、たとえ国と争うことになっても守るという気概が感じられた。
この国の次期当主に決まっている妹姫は、その侍女の姿にため息を吐いた。
「分かりました。 ルーシア様がそこまでおっしゃるなら」
言い足りなさそうな夫を抑え、彼女は騎士と侍女、そして周りにいるすべての者に告げた。
「では、姉様が目覚めるまで、
若い夫はしぶしぶそれに賛同した。
その夜、姫の容態は急変する。
寝台の傍らに眠っていた侍女が、魔力でその動きを捉えた。
「姫様。 フェリア様!」
決して起こしてはいけない、そう言われていたが、思わず声をかけてしまった。
あの、全身を覆っていたはずの布が消えていたのだ。
侍女の声を聞いたのか、隣室にいた騎士アキレーも静かに入って来た。
「お、おお。 姫様が」
しっかりとした鼓動。
痩せてはいたが、その顔には淡い血の色が戻っていた。
騎士と侍女はそっとその時を待つ。
やがて、黒く長いまつ毛が動く。
薄明かりを点された部屋で、フェリア姫はゆっくりと目を覚ました。
「あの、
彼女にしてみれば、いつも通りの夜だったはずだ。
その前日まで、何故か幼馴染で侍女のルーシアが、毎日のように、ある方からの貢ぎ物だと果物のお菓子を出してくれた。
美味しくて、うれしくて、つい食べ過ぎてしまう。
そしていつの間にか、自分が他国へ嫁ぐ身なのだということも忘れて笑っていた。
どうして今は夜中なのかも分からず、侍女と騎士が涙を流して喜んでいる理由も知らず。
ただ、頭がぼんやりとしているが、ゆっくりと身体を起こす。
「ルーシア、どうしたの?。
アキレーも、何があったの?」
そこへ、バタバタと足音をさせて、いるはずのない妹夫婦が駆け込んできた。
「姉様!」
二人も泣いている。
館の使用人たちや、妹夫婦の護衛騎士たちも部屋へとなだれ込む。
そして皆、盛大に泣き始める。
「あ、あの?」
フェリアは訳が分からず首を傾げる。
少し落ち着いた侍女ルーシアが、隣室から大切そうに姿見を持って来た。
「え?、あの、ルーシア??」
フェリアは自分の醜い痣など見たくないと、好んで鏡を見ることはなかった。
「どうぞ、フェリア様」
手を差し出した騎士に、有無を言わさず寝台から降ろされた。
大勢の者たちの前で、戸惑いながら、フェリアは鏡を見る。
「あ……」
薄い夜着を着た若い女性が映っている。
その顔には、その全身には、あの青黒い痣は一つも見当たらなかった。
その日のうちに公宮へと伝令が走り、フェリア姫の痣の消失との知らせが公爵夫妻に届く。
しかし、本人のたっての願いで、国民には公表されることはなかった。
数日後、体調が回復した姉姫は両親の元を訪れた。
晴れやかな笑顔で迎える妹夫婦とは対照的に、両親の顔は懐疑的だった。
しかし、長い間苦しんでいた娘の笑顔を見て、母親は涙を流し、父親には困惑が強く出る。
その両親に向かってフェリア姫は優雅に腰を落として挨拶をした。
「陛下。
痣が消えたことを公表しないのは、決定している妹姫の公女としての立場を覆そうとする者が出ることを懸念してのこと。
今までと同じように、自分は『呪われた姫』のまま、静かにこの国を去る。
今更、姿が変わったことを知らされても、国民は混乱するだろう。
「ただ一つ、
姉姫は、長年の憂いを断ち切ってくれた魔術師への礼がしたいと申し出たのである。
公爵としても感謝を伝えなければならないと、すぐに承諾された。
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