第42話 俺たちはぼんやりと過ごす


 そういえば、路地で土産物を売ってた女性は確かに獣人だった。


全身を布ですっぽり覆っていたので何の獣人なのかは不明だけど。


「尻尾は灰色だったなあ」


ぐっと手を握り込んだエランが、次に何を言い出すのか、俺は想像出来てげんなりした。


「あ、あの!」


「エランさん」


俺はエランを黙らせる。


「機会は必ず来る。 もう少し待ってくれませんか」


「でも!」


エランが今、南方諸島で騒ぎを起こすのはまずい。


「エランさん一人では、彼女を見つけても連れて帰れません」


「うっ」


エランは獣人にしては頭の回転が速く、物分かりが良い。


「その時が来たら、必ず手を貸します。 だからもう少し待ってください」


生きていることと、居場所もわかったのだ。


他の女性の問題もあるし、焦るより慎重にやりたい。


 俺はエランの腕をポンッと叩く。


「あとはミラン様が手はずを整えてくれるはずです」


俺たちの会話をぼけっと聞いていたミランが、今度は盛大にお茶を吹き出した。


慌ててハンナさんが拭くための布を用意に走る。


「分かった。 何か方法を考えよう」


苦虫を嚙み潰したような顔のミランが約束をしてくれたので、一応、エランは抑えられた。




 翌日、昼近くに俺はエランを呼び出す。


「ちょっとついて来て」


エランは妻の手掛かりを得られて、落ち着かない様子だった。


カシンには何も言わなかったようで、余計眠れなかったんじゃないかな。


目が赤く充血している。


獣人で赤い眼って魔獣みたいで怖いんだが。


「あの、ここは」


俺はサーヴとウザスの境にある、峠の見張り台に来た。


 暇なのか非番なのか、ニ、三名の兵士が皮球を蹴っていた。


「ハシイス」


その中の見知った顔を呼び出す。


「ネス様、こんなところまでおいでにならなくても」


呼び出せば喜んで来るだろうが、今日はちょっと内緒の話なんでね。




「いい店があるんです。 ミラン様が教えてくださって」


ウザスの農地の真ん中にある小さな店。


「とっても美味しいんです」


へえ、ミランにしては趣味が、何というか素朴というのか。


「野菜が美味しい……」


元の世界での病院食って、とにかく野菜が不味い印象しか残ってなくってさ。


でもこれは、どの野菜も美味しいぞ。


採れたてっていうのもあるのかも知れないけど。


獣人向けじゃない気もするが、横目で見る限りエランは不満ではないらしい。


いやいやいや、食べに来たんじゃないんだが。


まあ、新しい店を知るのは良いことだ。 




「で、俺……私に御用とは何でしょうか」


味わってゆっくり食べていたら、他の二人はもう食後のお茶を頼んでいた。


「あー、うん。 悪いんだけど、ハシイス。


このエランを鍛えて欲しいんだ」


「はい?」


二人が同時に俺を見る。


「ご冗談を。 獣人に何を教えるっていうんですか」


エランも腕に覚えがあるからか、不満そうに口を尖らせた。


俺は苦笑いを浮かべる。


「いや、裏のほうね」


「裏?」


エランが、分からないという顔で俺とハシイスを交互に見た。


「んー」


ハシイスは腕を組んで目を閉じた。


「本気なんですか?。 本気、なんですよねえ」


目を開け、難しい顔のハシイスは俺をじっと見ている。


「上司に相談してみます」


「悪いな。 頼むよ」


俺はさっさと支払いを済ませて店を出た。


まだ色々とやることがあって忙しいんだよ。




 三人で歩いて戻る。


途中で、俺と一緒に旧地区へ帰ろうとしていたエランをハシイスが止める。


「エランさんはちょっとこちらへ」


「え?」


ハシイスにも色々と準備が必要だろう。


まず、一番最初に必要なのはエランの性能スペックを知ることに違いない。


エランはしぶしぶハシイスについて、峠の見張り台の兵舎に入って行った。


俺は彼らに手を振って別れる。


エランには是非がんばってもらいたい。




『ハシイスといい、エランといい。


お前は他の者に頼り過ぎなんじゃないか?』


何言ってんの、王子。


「エランは家族のために、ハシイスはイトーシオのために必要だっだだけだよ」


結局は彼ら自身のため。


『ていう建前か?』


おー、王子も分かってきたじゃん。


「利用できるなら利用したほうが楽だよ」


今回の場合は、エランさんを放っておくと暴走するのは目に見えていた。


考える隙を与えないほうがいいと思う。


『そして、まわりまわって、私たちのために働いてくれるということか』


「まあね」


デリークトや南方諸島では、亜人たちのほうが動き易い。


俺たちのような白い肌の人族はどうしても旅行客のような外部の者にしか見えないのだ。


『そうか、今まで諜報部隊には亜人はいないだろうからな』


そうでしょうとも。


アブシースは亜人を認めていない国だからね。


国で雇うなんてことはしないはずだ。


そして、彼らを雇うのは別に国でなくてもいい。


『ケンジ?』


ニタリと笑ったら王子に胡散臭いと怒られた。




 家に戻る前に公衆浴場の建築現場に立ち寄る。


手伝っていたカシンに「エランはしばらく忙しいから」と、新しい仕事をしていることを伝えた。


「はい、分かりました」


素直に笑って頷いてくれる。


すっかり町の子供たちに慣れて、大人たちにも可愛がられていた。


エランはもう大丈夫と判断したんだ。


俺たち、周りの大人が彼を見守っていこう。


 ぼうっと立っていたら、ユキが走って来て飛びついてくる。


内緒の話だから、今朝は連れて行かなかった。


【ねすううぅ~~】


はいはい。 そんなに舐め回さないで。


身体は大きくなったけど、まだまだ甘えん坊さんだな。




 俺はソグの姿を探していた。


【探してるの?。 砂トカゲさんはこっちー】

 

ユキが案内してくれる。


俺がついていくとユキはうれしそうに何度も振り返る。


尻尾がうれしそうに高く上がって、止まる度にふわりと揺れた。


かわいいなあ、ほんとに。


 ソグはちびっこ凸凹コンビのナーキとテートと共に、畑にいた。


「ネス様、何か御用でしたか?」


相変わらず硬いなあ、ソグは。


「うん、まあ。 でも急がないから」


ただ、俺がじっとしていられなかっただけなんだ。


 畑は、今はもう新地区と旧地区の区別なく、森の近くにまで広がっていた。


新地区にはもうフラフラしている浮浪児たちはいない。


皆、仕事があり、町中には働いている彼らの姿が見られる。




「デリークトで何かありましたか?」


俺がぼんやりしているので、フェリア姫がらみだとおもったらしい。


まあ、当たってるけどさ。


「悪いけど、またウザスで情報を集めてもらっていいかな。


たぶん、何か変化があるはずだから」


解呪が成功したのか、どうか。


それ以前に、あの姫の姿を見れば、侵入者がいるのはすぐに分かる。


騒ぎになっているだろう。


「承知いたしましました。 近日中にでも」


子供たちが側にいるので、ソグは小さな声で、軽く礼を取った。


俺も軽く手を振って、その場を離れる。


噂が流れて来るにはもう少し時間がかかるだろうか。


それを拾うしか、俺には出来ない。


デリークトからの知らせなんて俺には入って来ない。


姫の侍女も騎士も、めちゃ忙しいだろうしな。


俺は家にも戻らず、またぼんやりとしたまま、ユキといっしょに砂漠を眺めていた。


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