第39話 俺たちは婚礼を見学する


 明け方前に、俺はミランとの約束通り、公衆浴場の建築現場にいた。


職人たちや子供たちが来る前に、水脈を確認しなきゃいけない。


「やっぱり地主屋敷の下が温水の水脈があるっぽいなあ」


王子が直接地面に魔法陣を描いて確認してくれた。


俺は「んー」と考え込む。


浴場の下に水脈から引き込んだ大きなプール、水槽みたいなものが出来ないかな?。


『そんなものをどうするんだ?』


「一旦そこに温水を貯めておいて、そこから井戸のように汲み上げるんだ」


そうすれば安定してお湯が供給出来るんじゃないだろうか。


『ふむ、なるほど。 汲み上げるときにある程度温度も調整しなきゃならないからな』


そうそう。


王子はそのための魔法陣の研究に入った。




 夜が明けると俺はミランの屋敷に向かう。


王都へ行くため、また留守の間のことも頼まないといけない。


「はあ、お前は忙しいやつだな」


ミランに呆れられたが、王都のほうは長居するつもりはないので、


「用事が終わったらすぐ戻ります」


と詫びを入れる。


 水脈の話をして、公衆浴場の地下部分に水槽を造る話もした。


建物が出来てからでも大丈夫だというと、やはりお前はおかしいと呆れられる。


「どうせ浴場はそんなに大きくないですし、床は防水煉瓦で補強されますから」


うん、建物の大きさは旧地区の民家が二軒分ほどの広さしかない。


その中央で区切り、脱衣場と休憩所、そして浴槽と洗い場に分ける予定だ。


番台とか、靴や桶なんぞを入れるロッカーも作ってみようかな。


うふふん。


『本当にケンジは風呂の話になると機嫌が良いな』


そうかなあ。 ふふん。




 ミランに何か王都でお土産を買って来ると言ったら、高い酒を注文された。


ついでにこっそりと女性用の宝飾品を頼まれたのはちょっとびっくり。


「へー、ついに身を固めますか?」


ちょっと揶揄からかってみる。


 少し前からミランが砂族のサーラを気に入っているのは知っていた。


ただサーラには夫がいる。


この世界ではどうなのかは知らないけど、不倫?、だよね。


『貴族や王族は一夫多妻だが、庶民はどうなのだろうな』


ミランは地主なので妻は何人いようと構わないだろうが、サーラは庶民だしね。


「さっくり金で解決かな?」


「ん?、何か言ったか」


俺のつぶやきにミランが反応する。


いえ、何でもございませんです。




 そんなことを言いつつ、翌日、俺はパルシーさんに指定された場所へと向かった。


何故かアリセイラの儀式にはずいぶん早い待ち合わせ時間。


懐かしい王宮の排水路を通る。


 そして待ち合わせは何故か王宮の庭の、あの小屋だった。


本当に何年振りだろう。


王宮の庭に入り、小屋のほうへ行くと、木や草で埋もれていた。


「あはは、なんだこりゃあ」


笑いながら入り口を探す。


 鍵は無く、建付けが悪くなった扉を無理矢理開けて中に入る。


もっとカビくさいかと思ったら、中は案外綺麗だった。


「うちの母親が時々掃除してるみたいっすよ」


後ろからチャラ男が突然声を掛けてきた。


やめて、毎回驚かせるのは。




 チャラ男は王宮の料理長と下働きのおばちゃん夫婦の次男である。


「外は手入れすると誰かに見られちゃうけど、内側なら大丈夫かなって」


相変わらず王子に対する王宮内の風当たりは強そうだ。


「お礼を言っておいてくれ」


俺は少しうれし泣きの顔になっていたと思う。


へいへいと返事をしたチャラ男が、もう一度外に出る。


 戻って来たチャラ男の手には二種類の服があった。


「ネス様。 近衛と神官、どっちがいいっすか?」


「なんでそんなー」


返事など待たずに、チャラ男はその服を俺に当てている。


「婚礼の警備で欠員がありまして。


こっちが近衛兵の正式行事用礼装、こっちは神殿内で神官に混ざって待機する者用礼装っす」


ぐう、お前、それ無理矢理欠員を作っただろ。




 俺は装飾の少ない下級神官の服を選んだ。


ストンとしたデザインで体形がほとんど分からないタイプだしね。


近衛礼装は以前ガストスさんのを見たけど、ものすごく装飾過多だったから遠慮した。


 俺は黒髪黒目のまま、バンダナは手首に巻いて隠す。


話す必要がある時は軽く腰を折って、口元を見られないようにする。


 チャラ男は近衛兵の礼服を着た。


まったく、この男は何を着てもサマになるというか、どんな格好してても馴染んでる。


「あ、なんです?。 その目は。 これ、自分のっすよ。


諜報は元々、近衛の一部隊っすから」


へー、へー、へー。


ま、そんなに都合よく欠員なんて出ないと思ったけど。


 じゃ、これは?、と声は出さないが俺は自分が着ている神官服を指でつまむ。


「あー、そっちはパルシーっす。


警備用に少し動き易く直してありますけど」


……、なんかすんません。


余計な推測をしたことを心の中で謝った。




 打ち合わせした後、小屋を出て王宮内に向かう。


王宮の内部はさすがにバタバタしていて、なるべく気配を薄くしていれば紛れ込めた。


警備が悪いわけじゃない。 チャラ男が優秀なだけだ。


 俺は、あの日、十四歳でここを出てから初めて、魔法陣ではなく、足で踏み込む。


誰かとすれ違う度に緊張する。


王子の気配は、ここじゃ、バレる恐れがあるよな。


魔術師とか、いっぱいいるし。 気を付けよう。




 俺は王宮の中の祈祷室に入る。


アリセイラの成人の儀をこの目で見られるのはいいけど、どうしてこうなった。


遠くからパレードを見るだけのつもりだったのにな。


ま、王子がうれしそうだからいいか。


 そしてアリセイラ姫が『王族の祝福』を授かったのを確認する。


女神がこちらを見て微笑んだ気がするけど、俺はバレないようにこっそり礼をとった。


 イトーシオ王国のロイヤークトス王太子も、立派な青年になっていた。


二人の婚姻の誓いを見届け、王宮からお披露目に出て行く馬車や隊列を見送った。


本式はイトーシオで行われるそうだ。


俺は人ごみに紛れて、そのまま王宮の外に出た。


 チャラ男と一緒に、パルシーさんがいる古い神殿に向かう。


「ありがとうございました」


借りた服を返すと、パルシーさんはうれしそうな顔で受け取った。


「ケイネスティ様が王宮に入れることを確認できただけでも喜ばしいことです」


王宮に対して拒否反応が出るかどうかを試したということか。


銀髪の眼鏡さんに苦笑いで手を振り、俺たちは王都を出る。


ああ、ちゃんとお土産は移動中に買いましたよー。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



 そして、いよいよその日は来た。


「姫様はあのお菓子を毎日食べて、お太りになられましたよ」


ルーシアさんも冗談を言うほど元気になったようだ。


フェリア姫がこんなに早く体力を戻せたのは、おそらくルーシアさんも何か魔法を使ったんだろうと思う。


 俺はルーシアさんの移転魔法陣で館の中へ同行する。


そこは侍女専用の着替えなどをする控えの部屋で、滅多に他の人は使わないそうだ。


王子がここを移転魔法の目印になるようしっかりと記憶する。


目印の杭が打ち込めれば一番いいが、証拠を残せないので仕方ない。


「これがこの館の見取り図です。 念のため」


ルーシアさんからもらった地図には、睡眠の香を設置する場所が赤い点で明記してあった。


そして、俺は姫の部屋を確認する。


「フェリア姫、必ず約束は果たします」


中には入らず、扉の前で成功を誓う。


決行は明日の夜だ。


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