第38話 俺たちは打ち合わせを行う


 深夜、俺は以前目印を付けておいた場所に移転魔法で飛んだ。


森の中の屋敷の側、大きな木の陰。


『今夜は様子見だけだぞ』


「うん、分かってる」


ドキドキするのは仕方ないだろう。


あの部屋のどこかにフェリア姫がいるんだ。


 その部屋を特定し、出来れば、直接移転出来るようにしたい。


少しでも余計な時間を減らし、人目を避けるためである。


「王子、解呪にはどれくらいの時間がかかりそう?」


出来るだけフェリア姫に負担がかからないよう、眠っている間に終わらせたいと考えている。


つまり時間制限があるのだ。


『そうだな。


この場所なら、エルフの魔力が感じられるし、思ったより早く終わるかも知れない』


それでも一晩はかかるらしい。


「問題は、この館に何人がいるかだな」


闇に紛れて静かに館に近づき、屋根に上るために魔法陣を発動する。




「お待ちください」


ふいに声がかかり、王子の魔力が霧散した。


「どうか、お静かに」


後ろを取られ、館の壁に押し付けられる。


祭りでフェリア姫に同行していた騎士だろう。


うわっ、チャラ男並みに気配が感じられなかったよ。 


一応、身体強化はかけていたし、気配もちゃんと消していたはずだ。


「ケイネスティ様、ですよね」


耳元で囁かないで。 男にされてもうれしくないから!。


「申し訳ありません、こちらに」


半ば強引に誘導されて、館の扉から中に入る。


 そこは厨房だった。


使用人用なのか、小さな食卓がある。


そこに座っていた女性が立ち上がり、優雅に礼を取った。


「お待ちしておりました」


姫の侍女であるルーシアさんだ。 俺は、ちょっとうるっとした目で見つめられている。


「いえ、あの」


これは誤解を解かないとまずい。




 でもここではいつフェリア姫や他の人が入って来るか、分からない。


「失礼します」


俺は、杖を片手に持ち、彼女の腕を掴んだ。


「おい」


驚いた騎士が俺に手をかけるとすぐに移転魔法を発動した。


 暗転して俺の家の部屋に出る。


「こ、これはどういうことですの?。 姫様をお迎えにいらしたのでは」


ルーシアさんの声が若干大きいが、この部屋にはあらかじめ遮音がかけられているので問題はない。


俺はハアっと大きく息をした。


『もう台無しじゃないか』


王子がお怒りだ。


「いや、もうこれは、この二人を巻き込んだほうがいいな」


俺がそう呟くと二人は訳も分からずキョトンとしている。


「申し訳ありませんが、ちょっとご相談があります」


一旦二人を落ち着かせ、お茶を用意する。


置いて行かれたユキが、不機嫌そうに尻尾でヒタヒタと俺を叩いているのがかわいらしくて二人が少し和んだ。





「解呪ですと?」


騎士であるアキレーさんが俺の話を聞いて大声をあげそうになった。


魔術師でもある侍女のルーシアさんは納得したように頷いてくれる。


「以前も申し上げたように、私にはフェリア姫を横からさらうようなマネは出来ません。


だけど、彼女の幸せを願っていることに変わりはないのです」


「だから、せめて呪詛を解かれると」


俺はルーシアさんに微笑んで頷いた。


「出来るのか、そんなことが」


騎士の言葉に俺はつい、


「出来るかどうかではなく、やるのです。 もう解呪の方法は手に入れました」


「な、なんですって!」


アキレーさんとルーシアさんが驚いて、俺に詰め寄る。

 

「はい。 今夜はその下準備だったんです」


少し予定が狂ったけどね。





 突然ルーシアさんが立ち上がり、深く礼を取る。


それに倣うようにアキレーさんも同じように礼を取った。


「ケイネスティ様。 数々のご無礼、お許しください」


「あーいや、それは」


彼女たちにすれば当たり前の行動なので、俺はそれをどうこう言う気はない。


「ですが、どうせならお手伝いしていただこうかと」


「はい!、何なりと」


希望に満ちたうれしそうな顔の二人を見て、俺はちょっと不安になる。


成功しなかったらどうしよう。


『ケンジ、今更不安がるな。 もう始まってるんだぞ』


(うん、そうだね)


この二人が手伝ってくれれば、間違いなく成功率は上がる。


「では、説明しますね」


俺は一晩かけて二人に説明した。





 黙って聞いていたルーシアさんがため息を漏らす。


「これは今すぐというわけにはいきませんね」


「え?、どうしてでしょう」


俺は戸惑う。 もう明日にでも決行するつもりだった。


「これは姫ご本人にも負担がかかるでしょう。 今の姫にはそのような体力がありません」


最近、めっきり食が細くなっているのだという。


「あー」


俺は思い出す。


自分も元の世界で、手術前に体力がなくて治療が延期になったことがあった。


王子がササッと何かを描き始めた。


「この魔法陣を持って行ってください。


そして毎日、姫にしっかりとした食事と運動を。


何とでも言ってくださって結構ですから、この魔法陣が反応するまで続けてください」


王子が描いた魔法陣は、どうやら体力を測定するものらしい。


そういえば、北の領主をしていた時に、住民の魔力測定した魔法陣に似ているな。


「そして、もし反応が出たら、知らせてください。


私はすぐ、その夜にでも姫の元に向かいます」


ルーシアさんは「はい」と頷いた。


 そして俺はアキレーさんに魔法鞄を渡す。


「この中に睡眠を誘う香が入っています。


決行する夜、出来れば夕食後すぐに、これを館中に設置してください」


「分かりました」




 そして大切なことを二人に告げる。


「私は誰にも、姫にもこのことを伝えるつもりはありません。


ですから、お二人もこの香を使ったら、他の使用人同様におやすみになってください。


目が覚める頃にはすべて終わっています」


「いえ、私たちも何かお手伝いを」


そう言って迫ってくる二人に、俺は首を横に振る。


「解呪はとても難しい術なので、出来れば誰もいないほうがいいのです。


お二人には、是非、目覚めた後の姫の介助をお願いします」


おそらく身体が変化するはずだ。


それに姫が驚いて精神的に不安定になってしまう恐れがあった。


「詳しいことは当日、もう一度ご説明します」


「はい」


二人は力強く頷いてくれた。




 二人が立ち上がり、ルーシアさんが移転魔法陣を展開し始める。


俺はもう一度荷物から箱を取り出して、二人の足元に置いた。


ノースターから届いた今年のリンゴだ。


その上に、俺がおやつ用に作ったアップルパイもいくつか乗せておく。


「これを姫に。 きっと食欲が出るはずです」


ニコリと笑って手を振る。


「ありがとうございます」


深く礼を取る二人の姿と魔法陣が消えた。


ただ闇を見つめて佇む俺の脚を、ユキがまたヒタヒタと尻尾で叩いていた。



 結局、フェリア姫の解呪は日程が延びることになった。


意気込んでいた俺たちは少し拍子抜けである。


「でも、それならそれで、もう一度準備を見直そう」


『ああ、だけど』


「ん?」


『サーヴへ帰って来たのは、アリセイラのためじゃなかったか?』


あーーーーーー。


そうでした。


 俺は慌てて教会裏の通信魔法陣を見に行った。


実はパルシーさんにアリセイラの儀式の日取りを問い合わせている。


「返事が来てるはずだ」


届いていた通信文書には儀式の日取りと、チャラ男との待ち合わせの時間と場所が示されている。


大きな文字で「勝手に動くな」と書かれていた。


てへっ。



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