第33話 俺たちは風呂に期待する


 高台の村では俺の送別会が行われた。


「うぅ、ネスさん、また来てくれよな」


黒服の最年長のラスドさんが涙ぐんで俺を見る。


「ああ、まだやりたいこともあるしね」


ちゃんと説明したんだが、皆、何故か永遠の別れのような雰囲気だ。


俺は妹のアリセイラの結婚式を一目見ようと一旦アブシースに戻ることにしただけなんだけど。


「ダークエルフのことは任せておけ」


ほんと、巫女さんは頼りになるなあ。


「お願いします。 また必ず来ますので」


他の黒服連中にも、俺が来るまで魔法陣の勉強を自分たちでがんばるように伝える。


「分かった。 がんばる」


好奇心旺盛で真面目な彼らなら出来るはずだ。



 

「どこまでもお供します」


白髭のエルフさんはしらっと俺について来ようとする。


「いえ、イシュラウルさん。 あなたにはこの村のエルフの武装強化をお願いしましたよね」


それに精霊様に頼んだ森の改装計画もちゃんと見届けて欲しい。


お爺さんは森の村の長老なので、あっちにも根回ししてもらわなきゃいけないし。


むぅと考え込んでいるけど、ちゃんと何度も話し合ったじゃないですかー。


ボケたんかい!。


「殿下」


そのお爺さんが俺の近くに来て、小声で話しかけて来た。


「アブシースは危うい国です。 もし見切りを付けられたらいつでもおいでください。


歓迎いたします」


あー、心配してくれるのはうれしいけどそんなつもりはないよ。


『でも逃げるところがなくなったら、それもありかも知れん』


王子ー、そんなことないからーー。


俺が何とかするからーー。


こんな暗い森でずっと生活なんてやだー。




 移転魔法でサーヴに戻って来た。 


【ねすううううううう】


どっかーんと音がしそうな勢いで白い砂狐のユキに飛びつかれた。


ユキは、俺が移転魔法の目印にしている家の裏で待ち構えていた。


「でかっ」


しかも以前よりも一回り大きくなってないか?。


【お前が甘やかし過ぎたからだ】


黒い毛並みの砂狐クロがのっそりと近づいて来た。


「え?、そうだっけ」


どうやら俺が不在の間用に置いていった<砂狐・餌用>の魔法陣を何度もねだってたらしい。


あれはすでに王子の魔力がこもっているので、誰でも発動が可能だ。


「コセルートに頼んだのが間違いだったかな」


毎日様子を見に来てくれるというのでコセルートに頼んだのだが、ユキのかわいさにほだされたようだ。


『案外、手なずけようとしたのかも知れないぞ』


うお、有り得る。


でも手触りは最高だ。


もふもふもふもふ。




「おかえりなさい―」


俺の家の裏には砂族の家族が住んでいる家がある。


ユキの兄妹狐であるアラシと共に、砂族の少年サイモンが飛び出して来た。


「お、サイモン。 元気だったか?」


そんなに時間は経っていないと思うけど、一応お約束みたいなもんだ。


「ネスさん、お帰りなさい」


サイモンの父親であるガーファンさんも家から出て来て挨拶をする。


「あとで家に伺ってもいいですか。 遺跡の魔法陣の件で」


「はい、では夕食後にお願いします」


しばらくはゆっくりしたいけど、そうもいかないみたいだ。




 とりあえず、ミランに挨拶しに行かなきゃいけない。


自分の家に入って窓を開け、風通しをした後、着替えた。


魔術で清潔にしていたとはいえ、長い間同じ服を着ているのは少し気分的に疲れる。


 噴水広場を横切って地主屋敷に向かう。


「こんにちは」


屋敷の前に使用人であるロイドさんが待っていた。


「おかえりなさい」


案内されて仕事用の部屋に入る。


 書類に埋もれるように仕事をしているミランがいた。


横にはまだ未成年の少女ロシェが同じように書類を手に手伝っている。


「来たか。 ロシェ、こっちも頼む」


ミランはロシェに後を任せて、立ち上がる。


「いえ、ミラン様。 そのまま作業は続けてください。 話ながらでも手は動かせます」


おお、ロシェが容赦ない。


ミランは唸りながら座り直した。




「こっちの話はまた後でも結構ですよ。


今はただご挨拶に来ただけですので」


俺の肩の鳥の声にミランは恨みがましい目を向けた。


 俺はミランたちの向かいの客用ソファに座り、ハンナさんが持って来てくれたお茶をいただく。


「それで、そっちのほうは片が付いたのか?」


「いえ、まだです。 今回は用事があって早めに帰ってきましたけど」


ミランは書類に落としていた目を少し上げた。


「でもまあ、一応目処はついたので」


俺は話を続ける。


王子が言うには、狭間でマリリエン様の魔法陣に包まれたとき、解呪の方法が流れ込んできたらしい。


つまり知識をコピーしたってことなのかな。


さすが宮廷魔術師は伊達じゃない。


しっかりとダークエルフから情報を引き出してくれたようだ。


まあ、あの憔悴しきったおとなしいダークエルフを見た時に、何となく察したけどね。


『あとはそれを整理、解読して、実行できるかどうかだな』


よし、がんばれ、王子。


『段取りはケンジに頼むよ?』


おう、王子が解呪してくれるなら、そのための手伝いはするさ、全力でね。




「サーヴのほうは何もありませんでしたか?」


一度巫女を連れて戻って来てはいるが、ミランたちとゆっくり話をする時間はなかった。


「ま、それなりにな」


ミランがニヤリと片方の口の端を上げて笑う。


え、なんか不気味だし。


「ロイド、案内してやれ」


「はい、若様。 ネスさん、こちらへ」


俺は訳も分からず立ち上がった。


 屋敷の裏口から井戸のある中庭に出る。


「へ?」


俺の目に飛び込んできたのは、建築中の建物だった。




 見慣れた顔があった。


「おー、ネスの旦那。 戻ったのか」


「あ、はい」


サーヴの町の総合建設会社ともいうべき木工屋の親父さんだ。


たくさんの職人を抱え、がんばって仕事を回しているサーヴの顔役のひとりである。


旦那呼びはやめて欲しい。 一気に年取った気がする。


「あの、何を造ってるんです?」


「がはは、何を言ってるんだ。 旦那が言い出したことだろうに」


俺?。


「公衆浴場ですよ」


後ろからロイドさんが声を掛けてくれた。


「風呂?、ほんとに??」


二人はコクコクと頷いた。




「うおおおおおお」


俺は一気にテンションが上がった。


「あ、ありがとうございます!」


二人の手を取って感謝の涙を流す。


「いやいや、旦那。 完成まではまだまだかかるからな?」


「ネスさん。 まだ色々と詰めなければならないこともありますので」


俺のテンションの高さに二人はタジタジである。


握りしめた手が意外ときつかったようだ。


「あ、すみません。 はあ、でもついにこの日が来ましたか」


俺はパッと手を放し、まだ骨組みだけの建物を見上げる。


「いや、だからな。 まだまだかかるって……ネスの旦那?」


俺がよほど幸せそうな顔をしていたんだろう。


ふたりはそうっと俺から離れていった。




 夕食は久しぶりに教会横でリタリたちと一緒に食べた。


エルフの森のこともいっぱい聞かれたけど、あんまり子供たちの夢を壊すのもかわいそうなので、適当に誤魔化しておいた。


夕食後は約束通りガーファンさんが来たので、お茶を飲みながら話をする。


まあ、俺は引っ込んで王子に任せたけどね。


「先日いただいたガーファンさんの案ですが」


王子は砂漠を越える前に受け取った紙を取り出した。


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