第29話 俺たちは南国を調べる


 俺はそこで夕食を取り、部屋へ戻った。


窓を閉め、周りの気配を確認する。


ベッドに横になり、魔力の部屋へと入り込む。


「王子、どう思う?」


『何がだ?』


「王子が言っただろ、娼館のようだって」


『あ、ああ』


俺はおかしいと思った。


人口の少ない土地のはずだ。


それなのに、若い女性ばかりだった。


『南方諸島連合の入り口だから、そういう女性を集めたのではないのか』


そうかも知れない。


「どこからだろうね」


王子はハッとする。




 そういえば、獣人や亜人など、様々な女性たちがいた。


「亜人たちならデリークトにたくさんいる。


そこから働きに来ていても不思議はない。


だけど、普通に肌の白い人族の女性もいたよな」


この南国では褐色の肌に黒い髪が多い。


婚姻などで産まれたとしても、こんなに金髪に青い瞳の女性が多くなるんだろうか。


「俺の世界じゃあり得ないんだが」


この世界ではどうなんだろう。


『エルフ族の女性もいたよな……』


彼女たちが自主的にここまで働きに来るだろうか。


まさか、ね。


 だけど、一旦この島国に連れて来られたら、彼女たちに海を渡る術はない。


港の警備があれだけ厳しかったのも、もしかしたら彼女たちを逃がさないためだったのではないだろうか。


「この国は男性のための国なのか」


『ケンジ』


そんな馬鹿なと思いながら、王子も否定できずに黙り込む。





「腹減ったー」


そう言いながらチャラ男が部屋に入って来た。


「あ、お帰り」


すぐに念話鳥を出して迎える。


扉にカギはかかってたはずだけど、そこはまあ、忘れよう。


「ネス様も食べるっすか?」


二人用の部屋は結構広く、ベッド二つの他に応接セットもある。


チャラ男は屋台で買って来たと何種類かの総菜を机の上に置いた。


 彼も魔法収納鞄を持っている。


次々と出て来る料理に少し呆れた。


そういえばこいつは結構美食家の上によく食べる。


「この国の料理はうまいっすね。 香辛料のお陰ですかねえ」


「料理人もさらってきたとかかな」


俺がボソッと呟くと、チャラ男はチラリと俺を見た。


「気づいたっすか」


鞄から酒とカップを二つ取り出し、注いだ。




 俺はキッドの向かいに座り、そのカップを手に取る。


「今、屋台を色々回ったっすけど、様々な国の料理がありました」


しかもどれも美味しく、売っているのは若い女性ばかり。


「何ででしょうね」


その真剣な目が俺をじっと見る。


「さあ」


俺は思わず目を逸らした。


 草で編まれた壁は風通しがいいので、窓を閉めていても暑くはない。


「あー、大丈夫っすよ。 俺、盗聴避け使ってますんで」


こいつは、ほんとに、まあ、なんていうか。


一つため息を吐いてカップの酒を飲む。


「本人に確かめなきゃ分からないけど」


気に入った女性をさらう、とは国に連れ帰って働かせるためだったのかも知れない。


外見だけでなく、料理の腕や、何か特徴があれば目を付けたのではないか。


「この国の香辛料や調味料は結構高値で売買されてますしね」


それを手に入れるために女性を差し出す商人もいそうだ。


「仕事がなくて、ここで働けるなら幸せなのかな」


それ相応の対価が払われるのならね。


俺はふいにサーヴの町で遭遇した浮浪児狩りを思い出す。


ここで働いている女性たちは幸せなんだろうか。


明日は早朝に次の島へ渡るため、その日は早めに横になった。




 次の島も同じような状態だった。


女性たちはとにかくどこまでも美しく、男性たちの目を楽しませている。


だけどほとんど会話がない。


俺が店の女性たちと会話をしようとしても、彼女たちは目も合わせず逃げてしまう。


せめてもう少し彼女たちの事情が分かればいいんだが。


 入り口にある島からでも、デリークトの港までの距離は遠く、船で丸一日かかった。


潮の流れが速いため、ある程度の大きさの船でないと渡れないらしい。


「魔獣も出ますしねえ」


船員はニタリと笑う。


ああ、そうか。


この世界は森でも海でも魔獣がいる。


「女性でも強い者はいるんだろう?」


俺は小声でチャラ男に訊いてみた。


「いるっすねえ。 でも相手が多すぎたり、武器も何もない状態じゃ難しいっしょ」


そうかあ、そうだなあ。


魔術が使えても魔力が尽きれば海を渡り切ることも出来ない。


『もし攫われて来たとしても、証拠がなければ助けられないぞ』


んー、そうだよなあ。




 三日目に渡った島はこの南方諸島連合で一番大きな島だった。


「ここに代表もいるのか?」


「そうっすね。 確か奥さんはここにいるっすね」


奥さんが中心となって、香辛料や野菜などをこの島で栽培しているそうだ。


 ここでは小型の馬が荷物の運搬に使われていて、観光客を運ぶ馬車もある。


チャラ男がどこかに消えた後、俺はその遊覧馬車に乗って島を一周することにした。


楕円形の島に四つの村があり、それぞれに違う作物を作っているそうだ。


どこまでも続く緑の畑。


塩や砂糖などの工場。


従業員の姿も見えるが、こちらは現地の者が多いようだった。


浅黒い肌に黒い髪の屈強そうな男たちだ。


観光地や外からの者が出入りするところだけに女性を置いている感じかな。




 見学場所の近くで、俺は土産物を売っている店に近づく。


まるで夫婦でやっているように見えるが、近くにいる男性はどうやら見張りだな。


それに気づいたのは女性が獣人で、どこか怪我をしているようだったからだ。


身体全体をすっぽりと薄い布で覆っているが、だらりと灰色の尾が垂れている。


 今日の俺は、ローブにいつものバンダナを口元に巻いている。


「これと、これを」


並べられた香辛料をいくつか手に取り、彼女に渡す。


女性は顔も上げずに商品を確認し、代金を要求する。


 俺はチャラ男から預かっている革袋から金を取り出して、彼女の手に乗せた。


その時、その手にそっと俺の手を重ね、<治療><回復>を発動する。


「静かに」


小さく呟く。


本来ならしっかり身体を調べた上で治療を使いたいが、ここでは無理そうだしね。


一番軽い治療に留めた。


 驚いた彼女の様子を見張りに見られないように身体を移動し、ローブで視線を遮る。


「あ、ありがとうございます」


やっと顔を上げた獣人の女性は疲れた瞳に涙を浮かべていた。


俺は小さく首を横に振って、ニコリと微笑む。




 宿に戻ると王子が不機嫌だった。


『あの女性にだけ魔術を使うなんて』


プンプンお怒りだモードだ。


「うーん。 だけど全員になんて無理だしね」


気づいてしまうと放っておけないのは俺も王子も同じだ。


ただ、俺は自分の手が届くなら助けたい。 ほんの些細なことだけど。


俺の世界の言葉に、やらない善よりやる偽善っていう言葉があった。


ちょっと違うかもしれないけど。


「何も出来ないって嘆いていても仕方がないだろ。


見せかけだけの施しでもやらないよりマシだってことで」


今日のことが、疲れ果てていた彼女のほんの一瞬でも救いになればいい。


「生きているだけでも希望はあるさ」


今こうしている王子も、あの時、俺を受け入れてくれたから生きている。


『ケンジ』


「俺はもう元の世界にも、元の身体にも戻れないからね」


 そこへチャラ男が戻って来た。


「ただいま戻りましたー、って何か空気おかしくないです?」


「あはは、何でもないよ」


俺はチャラ男が取り出した屋台の料理に手を伸ばした。


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