第30話 俺たちは宴会を覗く
「どうです。 見えますか?」
「ああ」
その日の夜、俺はチャラ男に連れられてある場所へ来た。
低い建物が多いこの国において、唯一高い建物がここだった。
毎度お馴染み高い建物といえば教会である。
黒い服を着たキッドと共に、俺は高い窓からその屋敷を覗いている。
開放的な建物が多いこの国では庭と部屋が繋がっているような造りもある。
今、眼下に見えている場所ではガーデンパーティーというのか、宴会が開かれていた。
立派なお屋敷の庭に、何が楽しいのか若い女性たちの笑い声。
音楽が流れていて、なまめかしく踊る女性の姿も見える。
「あの、人がいっぱいいる辺りっすよ」
<暗視>に<視力強化>を重ねて、宴会場を見下ろす。
確かに女性を連れた大柄な男性に、商人なのか、腰の低い男性が何人か付きまとっている。
まだ夏にはなっていないが今夜は蒸し暑い。
会場の男女は誰も薄い服装で、何だか怪しい雰囲気が漂っていた。
庭には小さな池のようなプールみたいなものがあり、若い女性が薄い布のまま入っている。
俺はチラリと隣のチャラ男を見る。
「おい、ヨダレが出てるぞ」
「うおっ」
揶揄われたと分かって、酷いなあとチャラ男が小声で抗議してくる。
俺は笑いながら庭の男性たちを見ていた。
庭に設置されたテーブルや椅子にそれぞれが座り、酒や料理が並んでいる。
俺たちがいる教会はかなり離れているので、魔術が使えなければ覗きも出来ない。
「あれが南方諸島連合代表か」
「ええ、この島の長の息子でツーダリーっていうんす。
隣の褐色の肌に白い髪の女が今、一番の彼のお気に入りだそうで」
他にも女性はたくさんいるが、その女性ひとりだけが彼に寄り添っている。
「お気に入り、ねえ」
彼の正妻は現地の者だと聞いているので、彼女でないことは確かだった。
この国の者は、黒に赤みがかった赤銅色や浅黒い褐色の肌が多いが、白い髪は珍しい。
「白髪か。 なんか最近見たなあ」
「あのエルフの爺さんっすか?」
「いや」
エルフ……。
そういえばあの顔にエルフの耳を付けたら。
「そうか。 ダークエルフだ」
ぼそりと呟くと、何故か強烈な視線を感じた。
すぐに俺もチャラ男も窓から離れて姿勢を低くした。
「うへっ、見つかったっすか」
分からない。 ただ強烈な憎悪が俺たちに向けられた。
ここまで視線が届くとなると、よほど魔力が高いと思われる。
俺はすぐにチャラ男を引っ張って部屋を出る。
「逃げるぞ」
「へ?」
「すぐに船の手配をしろ」
俺の背筋を冷たいものが流れた。
『恐ろしいほどの気配だった』
俺たちに向けられていたのかは分からない。
だけど、彼女が本当にダークエルフだとすればあの魔力は本物だ。
「呪術も使えるかも知れない」
身体がブルっと震えた。
チャラ男はよく分からないらしいが、それでも殺気じみた気配は感じたようだ。
夜の港で無理を言って、近くの他の島まで運んでもらう。
「魔獣が出ても俺たちは魔術が使えるから大丈夫」
そう言うとしぶしぶ船を出してくれた。
明日の朝、一旦大きな島に戻り、定期船でデリークトに戻ることにする。
しかし、あの女性は何だったのだろう。
小さな島の安宿に落ち着くと、俺たちはもう一度情報を整理する。
明らかに他の女性たちとは違っていた。
「まあ、妖艶でしたよねえ」
チャラ男は思い出しながら口元がにやけている。
「魔術で姿を変えているかも知れないぞ」
可能性が無い訳じゃない。
「ええええええ」
チャラ男は聞きたくなかったと項垂れた。
代表の男の顔は覚えた。
魔力はなさそうだったが、腕力はありそうだ。
国の代表なのだから国王並みの権力はあるだろう。
「あれだけ女性がいて、何故その上デリークトの姫まで欲しがるのか」
「あー、それっすけど」
チャラ男は自分で出した酒を飲みながら声を潜めた。
「あの代表の弟みたいなやつがいましてね。
その知り合いだっていうやつにちょっと探りを入れたら、あの女性のことも教えてくれたんっす」
数か月前にこの島に流れ着いた漂流者であること。
代表が一目で気に入ったこと。
そして、その女性が他の女性を連れて来いと代表に頼んでいたというのだ。
「何でも女性をいたぶるのが趣味だとか」
女性でも苦労を知らないような令嬢や高貴な家の出の者を探していたという。
チャラ男も顔を顰めている。
「そんでもって、デリークトのお姫様を推薦したのはその弟分らしいんっす」
俺の気配がピリッと張り詰める。
「分かった。 ありがとう」
夜明けが近くなり、俺たちは外へ出た。
無事に定期船に乗ることが出来て、デリークトに帰還したのは二日後だった。
「じゃ、俺はここで」
「ああ、またな」
俺とチャラ男はデリークトの港で別れた。
足早に町を出て、エルフの森へ向かう。
途中でフェリア姫の館の見える場所を通ったのは必然の偶然である。
その館の近くに移転魔法陣の杭も打ち込んだけどね。
「殿下」
その声に振り向くとお爺さんエルフが立っていた。
「あー、ただいま」
ニコッと笑ってみたが、相手はブスッとしたままだった。
「まったく無謀な。 母上様にそっくりだ」
俺は襟首をつかまれて、三日間森を引きずられながら高台の呪術師の村へと連れて行かれる。
「おや、お帰り」
巫女や黒服の皆さんが出迎えてくれた。
「あははは」
傷だらけのボロボロだが、すぐに魔術で戻るので問題ない。
かなりの速度で森の中を移動してきたので疲れた。
小屋に戻って一息ついていると、巫女がやって来た。
「申し訳ないが、明日の朝、神殿に昇れるか?」
俺は背筋を伸ばし、頷いた。
「はい、お供します」
巫女はふんわりと笑うと、
「そんなに気負わなくてもよい」
と言って出て行った。
しかし、その後に入って来た白髭のエルフに、俺はまたこってりと文句を言われた。
「あの後、色々と調べました。
アブシース王国がそんな状態とは知らずに失礼した。
だが、それとこれとは別です。
いくら継承権を放棄しているとはいえ、王族であらせられるのですから」
はあ、お爺さんは森の移動中は黙ってたけど、我慢してたのか。
「とにかく、一刻も早くアブシースへお戻りください」
「え?」
「アリセイラ様の婚姻の儀式が迫っておりますよ」
ニコリと微笑まれた。
「いや、でも俺は儀式に参列できるわけでもないし」
「それでも、一目その晴れ姿をご覧になりたいと思われませんか?」
確かに見たくないといえば嘘になるけど。
「当日は王都の町中で祝賀の行進も行われます。 遠くからでもご覧いただけますよ」
俺はコクンと頷いた。
王子、花嫁姿のアリセイラ、きっと綺麗だろうね。
『ああ、後悔するより、チラッとだけでも見る努力をしてみるか』
うん、そうしよう。
その前に、神殿の狭間へ一度顔を見せに行く。
神殿の階段を上りながら、念話鳥を出して肩に乗せる。
【久しぶりだの】
精霊様が戻って来たようだ。
「はい、お待たせしましたか?」
【いや。 考える時間がたくさんあった】
俺は精霊様の気配がやさしいことに安心した。
【時間というのは流れるのだな】
今更ながらそう感じたそうだ。
「子供は成長しますからね」
【そうであるな】
そして、俺と精霊様と、巫女さんとお爺さんエルフは狭間へと呼ばれた。
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