第22話 俺たちは呪術を暴く


 精霊様はダークエルフを問い詰め、エルフ族に御神託として呪術を囁いたことを吐かせる。


やはり呪術はダークエルフ族の古い魔術だった。

 

【しかし、あれは禁忌の術。 何故、それを巫女に教えたのだ】


この邪神と呼ばれたダークエルフが最初に教えたのは、やはり一族の恨みを晴らしたかったからだった。


 身体を失い、消滅しかけていたダークエルフの魂が迷い込んだ異界の狭間。


彼はそこからでも必死に同族たちを守ろうと試みる。


エルフの神殿から繋がることを知ると、声だけだが神だと偽って呪術を与えた。


「だけど、エルフ族は不甲斐ない奴らばかりだ!」


気の短かそうなダークエルフは苛立っていた。


まあ、俺にとってはダークエルフなんて、どうでもいいんだ。


大切なのは「呪詛を解呪すること」なんだから。





【だからこそ、守る必要があるのだ】


そいうえば、あの洪水はこの精霊が起こしていたんだっけ。


エルフ族を守るために、魔獣や侵入者を弱らせるために。


俺はそれもどうかと思うんだけど。


『何故だ?。 おかげでエルフ族は助かっているんだろう?』


睨みあうダークエルフと精霊様を、王子と俺は、婆さんと一緒に少し離れて見ている。


「いやあ。 どっちもどっちだなあと」


恨みを晴らしてもらおうと禁忌の術を教えたダークエルフも。


おとなしいエルフ族を守るために侵入者から洪水で守る精霊様も。


「ほお、異世界の者よ。お前様ならどうするね?」


魔術師マリリエンが俺を見上げた。




 マリリエンさんの言葉に、精霊様とダークエルフが驚いてこっちを見た。


「異世界だと?」


【ほお。やはり只者ではなかったのか】


巫女も白髭のエルフの爺さんも、改めて俺たち二人を見比べている。


俺と王子は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。


『私たちのことは今はどうでもいいでしょう』


「俺たちが知りたいのは呪詛のことです」


ダークエルフはギリッと唇を噛んで俺を見た。


「お前たちに何の関係がある」


王子が一歩、ダークエルフに近づく。


『あなたが呪術を教えた巫女は私に似ていませんでしたか?』


嫌な顔をして目を逸らした彼に、王子は更に近づいて行く。


『エルフ族は呪術を覚えた。


でもそれはあなたが仕組んだことだったのでしょう?』


「うまくいかなかったがな」


吐き捨てたダークエルフに、王子は冷たく言った。


『そうでしょうね。 しかしそれは、目的を忘れたまま呪いとして残った』




【どういうことかな?】


精霊様はダークエルフから目を離さずに、俺たちの言葉に耳を傾ける。


今度は俺が王子のように一歩、前に出た。


「俺たちは、町でエルフの女性と知り合いました」


呪術者の家系でありながら呪術に違和感を覚えて、家出してしまったエルフの女性。


「俺の知り合いのエルフさんは、自分が教わったのは、とても古い型の呪術だと言ってました」


王子もこの村で、数日、呪術の修行をしたが、それは鉱山の呪詛に似ていたという。


「ここにいるダークエルフさんは、確かに、自分たち一族の恨みを晴らそうと呪術を教えたのでしょう」


だけど、森の民であるエルフ族はあまりそれを好まなかった。


巫女の家系だけがそれを引き継いだが、それを村から追い出してしまうほどに。


「俺は、その女性から呪術には色々な形があることを知りました。


それこそ、術者によって違うんです。


何故そんなことが起きるのか。


呪術を教えた者が一人なら、そんなことは起きないはずです」


巫女のエルフが小さく頷く。


ここにいるダークエルフは一人。


彼だけが『邪神』で、エルフに呪術を与えた者だとは言えない。




 だが、呪いだけは残っている。


「それは何故でしょう?」


俺は精霊様に顔を向けた。


「精霊様、お心当たりはありませんか?」


精霊の仮の姿である、無表情のエルフは黙り込んでいる。


 俺は巫女の女性に微笑みかける。


「エルフ族は元々魔力が高く、魔術に長けた種族です」


そして皆、勉強熱心だ。


この村の若いエルフたちは皆、真剣に強くなろうと修行している。


「その昔、エルフの村は襲われ、他種族に大きな恨みを抱いた」


恨みは深ければ深いほど、呪詛は強くなる。


熱心な者たちが強い恨みを持ち、目的を一つにすれば大きな力になるのではないか、と俺は思う。


 巫女の女性がハッと顔を上げた。


「まさか……エルフ族の誰かが?」


俺は王子の顔を見る。


『私が、呪術は魔術の一種だと思ったのは、エルフ族の魔術と似ていたからだ』


俺たちは魔術師マリリエンの魔導書から魔術を習った。


それは人族用の魔術。


王子は、この森に来て、初めてエルフの魔術を見た。


そして広場に吊るされていた籠に施されていた術も。


『森の村で私は捕らえられた者たちを見た。


彼らは何のために、あのように吊るされていたのか考えた』


あれはー。




 王子が導き出した結論。


『巫女殿の呪術以外は、森のエルフの魔術の変形だと思う』


わざと呪術に見せかけている、と言ってもいい。


吊るされた籠は、呪術の練習台だ。


王子は、籠に施されていた術があまりにも貧弱で、これはおそらく未熟な者の施術だと思った。


『呪術は魔術と違い、己の魔力を使わない。


代わりに何かを代償とする、そうですよね?』


その代償にされているのだ。


精霊様の気配がゾワリと冷たくなる。


「彼らは憎しみのあまり、正常な判断が出来なくなっているんじゃないですかね」


深い森の、あんな小さな村の中で自分たちの殻に閉じこもっている。


視野が狭くなって当然だろう。




 俺は精霊様に身体を向けた。


「エルフ族を村に閉じ込めたのはあなたですよね」


【な、なんだと】


黙っていた精霊様は俺の言葉に驚いて反応する。


「彼らに、何不自由ない生活を与えたでしょう?」


本来なら他の種族と交易していた森の民を、他の種族がいなくても生活できるようにした。


「魔獣を倒せるだけの魔術を持っているはずなのに、彼らは洪水で弱った獣を狩る」


おかしな話じゃないか。


「まるでエルフは強くなる必要がないみたいでしょ」


精霊様はグッと言葉に詰まる。


【打ちひしがれていた彼らを助けるためにー】


「ええ、そうでしょうね。 でも甘やかせ過ぎた」


永遠の時を持つ精霊様や長命の妖精族は、時間の概念が俺たち人間とずいぶん違う。


でも悲しみを忘れるにのは十分すぎる時間が過ぎた。


「そう思いませんか?」


俺と王子以外の全員が黙り込む。




「うふふ」


ああ、一人だけ笑っていた。


『マリーおばさま』


「うふふ、ケイネスティ様。 本当にご立派になられて」


小さなお婆さんはうれしそうに王子を見上げている。


「お婆さん、専門家としての意見も聞かせてよ」


俺は魔術師マリリエンの側にしゃがみ込んで話しかけた。


『そうだな。 魔術師としては呪術のことはどう思ってるの?』


王子も一緒になってしゃがみ込む。


 二人の若い男性に囲まれたお婆さんは、意地悪そうに笑う。


その笑顔が、俺にはあの魔導書の小さな魔術師を思い出させる。


王宮の庭の小さな小屋の地下室で、俺と王子は三角帽子に小さな杖を振り回す魔導書にしごかれた。


あー、あれはこのお婆さんの若い頃の姿なんだっけ。


若い頃から厳しかったんですね、わかります。


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