第21話 俺たちは狭間に入る


 借りている小屋に戻ると白髭のエルフが待っていた。


「無事でよかったな」


「はい、ご心配をおかけしました」


俺はぐったりと疲れた様子を見せて、それ以上は話さずに寝台に入る。


 お爺さんの視線に、何となく背中がむず痒い。  


きっと先日話してくれたことに俺がショックを受けたと思ったのだろう。


お爺さんは何か話したそうにしていた。




 俺は何か声をかけなきゃいけないという気持ちになる。


彼に背を向けたまま、


「私の母は、どんな女性でしたか」


と、寝台の隅に泊まっている鳥が、王子の声を出す。


精霊様がいるからバンダナに片付けられなかったんだよ。


王子は両親の馴れ初めより、母親のことが知りたかったみたいだ。


 すると、少し弾んだ声で返事が返ってきた。


「元気な女の子だったよ。 誰よりも明るく、何にでも興味津々で」


そうか。 このお爺さんにすれば王子の母親は今でも幼い少女なのか。


「思い込むと頑固で、無茶をするやつでもあったが」


この辺りは大人になってからかな。 声が小さくなった。


俺は「そうですか」とだけ答えて、しばらく言葉を探していたら、いつの間にか眠ってしまっていた。


ハッと目が覚めたのは夜明け前だった。


あぶねー。




 急いで起き出して、以前と同じように身綺麗にする。


「すまんが、私も同行させてもらう」


白髭のお爺さんも付いてきた。 やっぱり王子のことが心配なんだろう。


急にいなくなったりしたから、責任を感じさせてしまったよね。


ごめん。


 俺は巫女の許可さえもらえるなら別に構わない。


神殿の前に行くと、特に何も言われなかったので、二人とも巫女の後について行った。


今日もお付きの女性たちは階段の下で待機である。


心なしかこの間より人数が多い気がするんだけど。


「ふふ。 お前のお陰で神殿に奉公したいという若い女性が増えたのだ」


巫女がにんまりと笑う。


ほー、王子の天使の微笑みは恐ろしいほど効果があったようだ。




 長い階段を上って行く。


この間と同じようにマリリエンさんとあのダークエルフに会えるとは限らない。


だけど、俺はこれ以外に会える方法を知らないしね。


 階段を上りながら、巫女に声を掛ける。


「少しお話しをさせていただいてもよろしいでしょうか?」


異界の狭間に入る前に、どうしても訊きたいことがあった。


「歩きながらで良ければ」


俺は「ありがとうございます」とお礼を言う。


「この村にはダークエルフはいないのですか?」


と訊いてみた。


 しらばくの間、黙って前を歩いていた巫女が急に立ち止まる。


「さて、ダークエルフという種族はとうに姿を消してしまったと思うが」


俺は巫女よりも下の段で立ち止まって、彼女を見上げる。


絶滅ではなく、姿を隠してしまったということらしい。


「そうだったんですか」


少し残念そうに顔を曇らせる。


「しかし、聞いた話では、呪術は元々ダークエルフ族の魔術だったとか。


だからこの呪術師の村には生き残りがいるのではないかと思っていました」


うん、口から出まかせだけどね。


俺が知りたいのは、あのダークエルフが巫女の知り合いなのかどうか、なんだ。




「何か勘違いをしておるようだが、呪術はダークエルフの魔術ではないぞ。


呪術は森の神が我々エルフ族に与えた魔術なのだ」


俺はわざと首を傾げる。


「えー?。


でも前回、私は神にお会いしましたが、ダークエルフの姿をしておられましたよ」


「なんだと!。 ふ、ふはは、それはあり得ぬわ。


我でもまだ神のお姿を見たことはないのだからな」


声は聞こえるらしい。


それが御神託ということなのだろう。


へえ、と俺は頷く。


やはり巫女はあのダークエルフとは面識がないということだ。




 俺は、肩の上に乗っている鳥から何やら気配が漏れているのを感じた。


『だめですよ。 まだダークエルフは出て来ていません』


王子が精霊様を宥めている。


もう少し待ってね、精霊様。


異界の狭間はもう少し先だ。


 俺は立ち止まった巫女の隣を抜けて、先に階段を上る。


「ではご一緒に行きませんか?。


うまくいくかは分かりませんが、私は階段のこの辺りで神様に呼ばれたので」


前回、頭を打った場所は覚えている。


真っすぐな階段のかなり上のほうだが、まだ頂点ではない場所。


一段だけが少し広くなっていて、少々のことでは下には転げ落ちないようになっている。


まあ、ここから落ちたら怪我どころか死んでもおかしくないだろうし、安全策だと思う。


 王子は、屋外から見たよりもこの神殿の階段が長いことに気が付いていた。


『おそらく階段の途中から異界に繋がっているのだと思う』


何故こんな構造なのかは不明だが、造った者がいるのだ。


それこそ、神の御神託だったのかも知れない。


 ごくりと息を呑んだ巫女と白髭の老人が俺に恐る恐る手を伸ばす。


俺は、すぐに二人の手を取った。


そして、視界が暗転する。




 俺と王子の姿が分かれる。


ここは魂の世界だ。


黒髪黒目の俺と、金髪緑目の王子が同時に姿を現す。


「やはり、居ましたね」


王子がマリリエンさんの気配を感じていたから、狭間へ入れることは分かっていた。


そして、魔術師のお婆さんの隣にはあのダークエルフが居た。


 巫女と白髭のエルフの二人は俺の姿にも驚いていたが、お婆さんの姿にも驚いていた。


「あなたは!」


おそらく王妃のつながりで顔は知っていたのだろう。


「どうしてここに」

 

二人のエルフに、マリリエンさんは微笑む。


「あなた方こそ、どうしてここに?」


三人が戸惑っていると、ダークエルフがフンッと鼻を鳴らした。




「あのエルフの女の魔力を感じたから迎え入れてやったのに、今回は余計な者まで連れて来たのか」


俺はダークエルフが部外者である彼らを放り出さないように話しかける。


「まあまあ、いいじゃないですか。


彼らはあなたの御神託を大切に実行している者たちなのですから」


信者は大切にしなきゃね。


【御神託だと?。 それはどういうことかの】


王子の鳥はあっちの世界に置いてきたはずだけど、精霊様はちゃんとついて来たようだ。


俺と王子の間に姿を現す。


透明なユラユラした姿ではなく、無表情なエルフの姿で。




「な、何者だ!」


その膨大な自然の気の強さにダークエルフが怯えて叫ぶ。


【それはこちらの台詞である】


尊大な態度で問いかける精霊様。


ヒタヒタとダークエルフに近寄り、顔を寄せる。


【ふむ。 本当にダークエルフだ】


ダークエルフの腕が精霊様を振り払う。


 王子はすでにマリリエン婆さんの側にいた。


「チッ」


ダークエルフはお婆さんの腕を掴んで、逃げようとする。


よほどこのお婆さんがお気に入りみたいだね。


まあ、こんな何もない空間に二人っきりじゃ、話し相手は大事だよな。


王子がその手を掴み、俺はダークエルフの前に立つ。


俺と王子と精霊様に囲まれ、ダークエルフは怒りの表情を見せた。


「邪魔だ、どけ!。 さもなくば」


【ほお、どうしようというのだ】


精霊様の声は何故か静かだった。




【すでに実体を失い、その魂も狭間に囚われ。 それでもまだ世俗に干渉するか】


俺にはよく分からないけど、精霊様って強いの?。


あの、偉そうだったダークエルフが怯えてるぞ。


『そうだな。 精霊様は森の総意だからな。


一個体の魂であるダークエルフや私たちでは太刀打ちできないだろう』


王子、冷静な分析ありがとう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る