第19話 俺たちは精霊様と話す


 あ、陽が落ちてきた。


「一度下に降りてテントを張ろう」


『そうだな』


話し込んでいる間に陽が落ち、夜が近くなっていた。


森の中に降りて寝る場所を探す。


「あまり池から離れないようにしないと」


『うむ。 これが溢れるとは思えないけどな』


「あはは、そうだね」


俺たちはなるべく乾いた土地を探し、一人がやっと眠れる程度の場所を見つけた。


 木の根が重なっていて、地面から少し高い場所。


根と根の間にくぼみがあり、そこにすっぽりと入り込む。


竈を作る場所もないので適当に乾パンとリンゴで食事を済ませた。


途中で雨が降るかも知れないので、テントを根と根を結び、天井のようにして張っておいた。


「どうせ森の中は昼も夜も暗いしね」


俺は身体が安定する場所を探してモゾモゾと寝返りを繰り返し、やがてそのまま寝てしまった。




ズシンズシン


「ん?、何だ」


地面が揺れている。


『魔獣じゃないか?』


王子が結界を張っているので下手に動かないほうがいい。


俺はじっとその足音が遠ざかるのを待つ。


ギャアアオオオ


「え?」


魔獣がもがき苦しんでいるような声が聞こえる。


俺はテントの天井をそっと捲り上げて顔を出す。


すでに陽は高く昇り、森の木々の隙間から日光が差し込んでいた。




「あ、池が」


何故か、元の世界の象よりも大きな身体の魔獣が池に嵌っている。


「はあ?、おかしくね」


あの池はどう見てもあんな大きな魔獣が落ちるような池じゃない。


『ケンジ、あれは池じゃないかも知れない』


「え?」


良く見ると、池の中から何かが出ていて、魔獣を引きずり込んでいた。


 水が盛大に溢れる。


そりゃ、あんな大きな魔獣が池に入ったら、その分の水は溢れるよなあ。


「水を操る魔獣かな?」


『何かが水の底にいるのかも』


ああ、なるほど。 池を隠れ蓑にしている魔物か。


「見かけより底が深いのかもね」


俺は縦に細長い筒状の器を想像する。


そしてその底にはアリジゴクのような魔獣がいるんだ。


『お腹が空いたときにだけ通りかかった魔獣を捕食するのだろう』


だから定期的に水が溢れると。




 バシャバシャと暴れていた魔獣がやがておとなしく沈んでいく。


池の水は流れ終わり、元の静かな水面に落ち着いた。


流れに沿って倒れた木や草が、森が復活していくのが見える。


そこまでがこの池の主の仕業なんだろうな。


「恐ろしいな」


いったいどんな魔物が隠れているのだろう。


【ワシに用か?】


「へっ?」


明らかに池のほうから声がする。


【ほお、エルフかと思えば、面白い気配をしておるな】


「えっ、えっ」


俺はキョロキョロする。




【目の前におるぞ】


池からザバッと透明な何かが出て来た。


形がはっきりしなくて気味が悪い。


「に、にげ」


【ほっほっほ、恐れずともお前たちには何もせぬ】


そんなこと言われてもー。


 俺たちは警戒体制のまま、そのナニカと向かい合った。


いつでも魔法陣を発動出来るように、こっそり魔法陣の一枚の紙を握りしめる。


これで相手を倒せるとは思えないけど隙は出来るだろう。


その間に何とか逃げよう。


……逃げられればいいなー。




 これはいったい何なんだろう。


森の主?、魔物?、古代生物?。


『えっと。 もしかして精霊様だろうか?』


俺には知識はないが、王子が教えてくれる。


「精霊様?」


【いかにも】


えええええええ、マジっすか。


『確かに、王都で読んだ本には書かれていたが』


王子は疑っているわけじゃない。


ただ信じられないだけだ。


俺も同じさ。


「こ、こんな小さな池に、なんで精霊様が??」


【ほーっほっほ、ワシの勝手じゃ】


まあ、そう言われたらそうですが。




 自ら精霊だというモノが、小さな池の上に立っている。


透き通る身体、全体的にぼんやりしていて姿はハッキリとはしない。


「めっちゃ怪しい……」


小さな声で俺が呟くと、王子が肯定しているのが分かる。


【む、信用せんか。 まあ仕方ないが】


だよねー。


自分でも分かっているらしく、だけど特にこちらに押し付けようとする気もないようだ。


【そのようなもの、と思え】


大雑把だな、おい。


 俺たちは、精霊様と言われても信じることも出来ず、それでも雑に扱うことも出来ない。


「えっと、とりあえず座ってもいいですか?」


立ち話もなんですし。


ユラユラと動く影は笑っているようにも見えた。


湿っていない木の根を探して座る。


【それで、ワシに何か用かな?】




 俺たちが探していたのは精霊様じゃないんだけど。


「出来れば、お姿を見せていただけますか?。 仮の姿で結構ですので」


どこを見ていいのか分からなくて、話しづらいんだよ。


【ふむ。 よかろう】


お、話の分かる精霊様だ。


 精霊の身体が色を纏い、エルフの姿になる。


俺が微妙な顔をしていたせいか、


【すまんな。 これが一番お前たちに近いだろうと思うてな】


と謝ってきた。


「いえいえ、決して嫌がってる訳じゃないので。 お気遣い、ありがとうございます」


いやしかし、本当にエルフっぽいというか、人間臭いな。


(精霊って何?)


『自然の気が集まって出来たもの、だと言われているが』


まあ、これだけ魔力の濃い森なら、これくらい強い気の精霊が居ても不思議じゃないのかもね。


それでもここまで感情が豊かというか、意思の疎通が出来るのはすごいな。


 実を言うとエルフの血のお陰か、俺たちには魔獣の声が聞こえたりする。


【魔獣とは違うぞ】


あー、何だか声に出さなくても筒抜けぽいな。


王子の言葉もしっかり届いているようだ。


では遠慮なく。




「精霊様はこの森を守っていらっしゃるんですか?」


【そうだ】


「危険な魔獣を倒し、洪水を起こして、土地に水を与え、木を茂らせ、エルフの敵を退ける、と」


それがこの精霊の仕事ということだろうか。


【それがどうかしたのか】


「それは森の神様のご指示ですか?」


無表情に見えるエルフの姿が少しぶれたように見える。


【ワシは、この森の神に全て任されている】


「あのダークエルフにですか?」


【面白い小僧だ。 ダークエルフがどうしたというのか】


王子は精霊の態度が変わったと気づいて慎重になる。


『ケンジ、言葉に気を付けろ』


分かってるよ。 でも俺は、この精霊はあの邪神とは関係がないような気がしたんだ。




「この先にある高台のエルフの村では、森の神が祀られています。


そこでダークエルフに会いました」


俺は神殿で遭ったことを正直に話す。


【確かに、ダークエルフ族はこの森の奥深くに住んでおったな】


精霊は俺たちと違って寿命というものがないせいか、時間の概念が違う。


【しばらく見かけてはおらぬが、そんなところにいたのか】


「いえ、かなり前にダークエルフ族は絶滅したと聞いています」


【なんと。 そうであったか】


「ではあのダークエルフは神様ではないのですね?」


これが重要なのだ。


【種族が違うのでな】


なんと、神になるという種族は決まっているそうだ。 おー、ファンタジーっぽい。


「……邪神、にもならないのですね?」


【そのような存在は聞いたこともないぞ】


俺はその言葉に頷く。


「やっぱりか」


『何がだ?』


王子はまだ警戒している。


「つまりは、あの異空間にいたダークエルフは神でも邪神でも何でもないのさ」


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