第18話 俺たちは池を見張る


「何だ?」


「何故、お二人はソーシアナさんについて行ったんでしょう?」


「私たちは若くて外に興味がー」


「いえ、それは違いますよね」


俺はお爺さんの顔をじっと見る。


「ソーシアナさんは確かに若かった。 けど、お二人はすでにお子さんがいましたよね?」


今現在、このお爺さんも巫女の女性も、お孫さんがいる。


当時すでに結婚していて、子供がいたはずなのだ。


王子が産まれた年齢から逆算すれば、彼らは当時すでに中年以上でなければおかしい。


 お爺さんは唖然とした後、フッと笑みを浮かべる。


「……さすがにあの男の子供だ」


まあ、それは王子であって俺じゃないけどね。




「確かに当時、私たち二人は夫婦で、ソーシアナ様の護衛だった」


諦めたように本当のことを話してくれた。


あー、元夫婦だったのか。


「ソーシアナ様は、当時のエルフの森の巫女だったのだ」


「へっ」


このお爺さんたちは当時、神殿で巫女の世話係りのような仕事をしていたらしい。


最初は、駆け落ちのようなことをした王子の母親である巫女を連れ戻す任務だったんだろう。


しかし、追手であったはずのエルフの夫婦は、王子の母親に説得され一緒に旅をする。


うーん。 戻るようにと説得しながらの旅だったのかも知れないな。


王子と同じ性格なら、その女性もきっと頑固者だっただろうし。


『ケンジ。 私はいいが、母の悪口は許さないよ?』


あー、ごめんごめん。 そういうつもりじゃなかったんだけどね。




「殿下、とお呼びしてもいいかな?」


お爺さんは俺に身体を向けて、やさしい笑顔を浮かべた。


「ソーシアナ様はとても優秀で美しい巫女だった。 森の神は格別に彼女を気に入っていた」


優秀な護衛だったお爺さんと魔術に長け、エルフ族の中でも特に優秀だった魔術師の女性。


夫婦を追手に差し向けたこの神様は、かなり王子の母親に執着していたようだ。


「我々が恐れていたのは、産まれた子供に、神が何らかの危害を加えるのではということだった」


王子がわずかに震えた。


「では、王妃の呪詛は、最初から王子に対するものだったと」


俺の声も震えている。


巫女、というくらいだ。


ソーシアナの子供は女の子なら巫女として生きる道もあったのだろう。


でも産まれたのは王子だった。




「私たちは恨まれてもいい。 だがソーシアナ様を、お母上を恨まないでやって欲しい」


そうか。


ではやはり呪詛を掛けたのは当時の巫女見習いではなく、王子の母親自身だったのか。


俺は呪術とエルフの関係を知ってから、ずっとその可能性は考えていたけれども。


「彼女は出産のため、魔力と体力を使い切った後だった」


母親である王妃が、王子を森の神から守るために行った呪詛。


それが居場所を知られないために言葉を発することを奪う術だった。


それが死因だったのか。


俺は、星空を見上げた。 王子の涙がこぼれ落ちないように。




 夜が明け始め、俺たちは木から降りた。


その日、俺は高台の村の外を調べると言って、一日だけ休みをもらうことにした。


「魔獣がウロウロしてるんだぞ。 危険だ」


止める者もいたが、俺は大丈夫と手を振って村を出る。


巫女の女性や白髭のエルフは俺の魔術の腕前は知っているので特に心配はしていなかった。


だけど「ちゃんと戻って来いよ」と、勉強がまだ中途半端なことは心配していた。


うん。 大丈夫。


王子もまだ勉強したいだろうから、絶対に戻りますって。




 ただ、ひとり、いやふたりになって考えたかった。


<コンパス>の魔法陣を使って、森の村へは近づかない方向を選ぶ。


「どうせなら幻の湖でも見つけに行くか」


『ああ、そうだな』


王子は寝ていたのか起きていたのか分からない。


だけど俺の心を見ているから、きっと何があったかは感じているんだろうな。


 しばらくの間、俺たちは何も考えずに魔獣を倒し、ただ前に進んだ。


ぐちゃぐちゃの足元に服を汚されても気にせず、ただ歩いた。


王子は何も訊かず、俺が動き回るのも止めなかった。


 さすがにお腹が空いて俺が立ち止まると、王子が身体を浮かせて木の上に上がった。


休憩中に洪水や魔獣に襲われないようにね。




「王子、どこから聞いてた?」


太い枝に座り、乾燥した肉を齧りながら声を掛ける。


『……んー。 父と母が出会ったところかな』


なんだ、全部聞いてたんじゃないか。


「どう思った?」


『どうと訊かれても』


俺は疑問がいっぱいあった。


何故、王妃は呪詛を掛けたことを内緒にしていたのか。


呪詛の代償は何だったのか。


あのお爺さんも巫女の女性も、何故、俺たちと出会ったときに何も言わなかったのか。


王子はソーシアナさんの絵姿にとてもよく似ているのにね。


『それはきっと、どこかで神が見てると思ったからじゃないかな』


「神?。 あのダークエルフか」


ソーシアナさんはあの邪神のお気に入りだったらしいね。


『皆、私を森の神から守ろうとしたのかな、と思った』


母親の話だったからだろうか。


王子は少し恥ずかしそうにしている。


 そういえば、俺はずっと王子の両親の話を第三者として聞いていた。


お爺さんにすれば気味悪い子供だったかも知れないな。


何せ自分の親の話を真顔で、まるで他人事のように聞くなんてさ。


 俺は、あの白髭のお爺さんが毎日木の上で何を考えていたのかを想像してみる。


「王子にいつかは話そうと思って、あの物語を作っていたのかもな」


『ん?』


ああ、何でもないよ。




「あ、何か光ってる」


木の上、森の上に出て周りを見回していると、森の中で何かが光っているのが見えた。


「あれは何だろう。 行ってみよう」


<浮遊><飛行>


『え?、飛んでいくのか』


「ああ、それが一番早いじゃん」


『まあそうだけど』


浮遊の魔法陣に方向を指定し、風の力で移動する魔法陣だ。


逃走用にと王子が作ってくれたけれど、あまり長距離は移動出来ないので微妙だったりする。


 今日は日差しが強く、薄い木々の葉を突き刺すように森に差し込んでいる。


その光に反射しているものが森の中に見えた。


「お、湖かな」


洪水の元凶、定期的に溢れるという湖。


『いや……湖というより池?』


そこにあったのは木々の根に隠れ、雑草に覆われた池だった。


「ちっさ」


四畳半もないぞ、これ。


『これが溢れて洪水になるのか?』


俺たちは首を傾げる。


「しばらく様子をみていれば分かるんじゃない?」


百聞は一見に如かずってね。




 池が見える高さの木の枝に座る。


だけど、いつ溢れるのか分からない。


ただじっと見ていても仕方がないので、俺は適当に王子に話を振る。


 王子の母親が息子のために選んだのは魔術ではなく、呪詛だ。


エルフであった彼女は当然魔術を使うことは出来た。


「魔術ではなく、呪術だったのは、いつか解呪するためだったのかな」


魔術で発動してしまえば、おそらくその場限りになるか、一生続くかのどちらかになる。


呪詛なら、代償とするものが無くなるか、解呪が出来れば止めることが出来る。


「おそらく出産のために体力も魔力も使い切っていたってのもあるんだろうな」


王子が少し辛そうな顔をしているのが分かる。


『呪詛はとにかく恨みが強ければ強いほど発動が簡単だからな』


恨みの元なら王宮の中にはたくさんあるしね。


 俺たちは二人で悩みながら、答えを探していた。


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