第11話 俺たちは呪術を学ぶ


「本当ですね?。


その時は王宮にケイネスティ殿下の存在を認めさせてくださいますね」


顔を思いっきり近づけて返答を迫って来る。


いやああ、いくらイケメンでも暑苦しい男の顔なんてこんな近くで見たくない。


 俺は顔を逸らしそうになったが、王子は違った。


しっかりとハシイスの目を見て頷いた。


「分かった。 努力する」


ええええ、王子、本当にいいのか?。


俺はその王子の言葉に、今までで一番驚いた。




 確かにそれは俺たちが北領に残して来てしまった爺さんたちや、パルシーさんの願いでもある。


パルシーさんの話では、王都で彼らは王子のために動いているという。


『いつかは認めさせなければならないだろうとは思っているよ』


俺は王子の本音を初めて聞いた気がして、心臓がドクンとした。


王子はもう立派な大人なんだな。


もう俺の力など必要ないのかも知れない。


『ケンジ、また何かおかしなことを考えてるだろう』


う、感情は言葉にはならないけど伝わるんだよな、俺たちって。


(いやあ、王子も立派になったなあと)


『何を言ってるんだ。 すべてはケンジが私に命をくれたからだぞ』


(は?)


『まあいい。 早く戻ろう』


王子が少し照れたのが分かった。




 ハシイスが満足したように薄っすらと微笑み、再び正式な礼を取る。


王子は彼に背を向け、巫女の女性の傍へと移動した。


「お待たせいたしました」


「もうよいのか?」


「はい」


魔道具の杖を取り出す。


俺は軽くミランに目線を送り、後を頼む。


「ああ、任せとけ」


口元をニヤリと歪ませてミランが頷く。




 エルフの巫女の手を取り、広場から人気のない地主屋敷の脇の小道に入る。


ミランたちの視界には入っているが、もうこの際、移転魔法陣を隠す必要もないだろう。


「行きます」<発動>


足元に魔法陣が浮かび上がる。


俺にはもう一度ハシイスたちを見る勇気がなかった。


目を輝かせて「いってらっしゃい」なんて手を振っていそうだ。


やがて、視界が光に包まれ、俺は目を閉じた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



 ハシイスはミランの側へ歩いて行った。


「ミランさん、ありがとうございました」


「ああ、うまくいったか」


「ええ」


ミランは詳しい事情は知らなくても、ネスがハシイスたちから逃げ隠れしていたことは分かっていた。


今回はいくら恋人のためとはいえ、他国も絡んでいる。


このままでは解決など出来ないと思った。


 ミランは、ハシイスに次にネスに会う機会があったら頼み事を一つだけしろと提案した。


「人ってのは一つくらいなら、って思うもんさ」


しかも相手が時間がなくて焦っているときは、更に願いを聞いてくれる確立が上がる。


「ネス様を騙しているようで心苦しいですが」


ミランは顔を曇らせたハシイスの肩を叩く。


「案外、お前がそう言いだしてくれて感謝してるかもよ」


わははと笑いながら地主屋敷に入って行った。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



 次に俺が目を開いたとき、目の前は高台のエルフの村だった。


「ふむ、無事に帰って来たか」


何故か白髭のエルフが移転の目印の杭がある場所で待っていた。


「ええ、もちろんです」


巫女のエルフはうれしそうに微笑み、黒服たちが待つ広場の中央へと歩いて行った。


「お待たせしてしまいましたか?」


白髭のエルフに、俺たちが消えた後の様子を訊くと、


「ははは、若い者は移転魔法など知らぬからな」


と笑っていた。


多少は混乱する者もいたらしいが、お爺さんが説明してくれたようだ。


 白髭のエルフは長老であり、魔術にも詳しいようだったので、彼が騒ぎを収めてくれたのだろう。


「ありがとうございます」


と、お礼を言うと彼は首を横に振った。


「移転魔法はそれだけで相当な魔力を使う。


それがあの魔法布で発動するならば魔法陣を見直すことになるかも知れないな」


エルフの魔法でも移転魔法は大掛かりな魔術になる。


それを気軽に発動する俺に驚いていたのだ。




 おかげで魔法陣の有用性も理解してもらえたらしい。


俺は魔法紙と魔法液を出し、付けペンも貸し出す。


「普通の紙ならばエルフの村でも作っているところがある。


いずれ、そこから手に入れることも出来るであろう」


魔法液のほうは鉱物が必要なので入手が難しい。 それはこちらで用意することにした。


いずれサーヴとの交易で用意出来るようになるかも知れないしね。


「移転魔法が使えるようになれば買い出しも楽になるでしょう」


俺の言葉に若い黒服たちも喜びを隠せない。


「危険な森の中を通らずに移動出来るんだ。 すごいな」


安易な若者の言葉に俺は首を振る。


「いえいえ、一度はご自分の足で目的地へ到達していないと、移転魔法は発動しませんよ」


しっかりとした目標が必要なのだ。


ただ想像しただけでは発動しない。


彼らが「えー」と抗議の声を上げるが、これは本当なので俺に文句を言われてもね。


その代わり、一度でもその場に到達して目印を決めてしまえば、あとは魔力次第で自由に飛べる。


「エルフの皆さんにとってはそんなに難しいことではないと思いますよ」


「そうじゃな」


巫女の女性も頷いている。


「よし、皆、がんばってやってみようじゃないか」


若い黒服のエルフが声を上げると、「おー」っと次々と声が上がった。


いつか村を、森を出る。


彼らのその目標が、また一つ明確になった瞬間だった。


俺はエルフの巫女と顔を見合わせ頷いた。




 軽く昼食をとった後、すぐに魔術講習を始める。


だが、いきなり魔法陣を教えるわけにはいかなかった。


王子が森の村で見た呪術の魔法陣を描いて見せている。


「エルフ語だと思うんですよね」


呪術師の発動した魔法陣には、意味が分からない部分があったのだ。


「今では我らでも使わない文字だな」


白髭のエルフも巫女の女性も頷いていた。


術者である巫女でも、言葉による呪文でも意味不明なところがあると言う。


『砂族の魔法陣と同じだ。 エルフ特有の言い回しや文字があるんだろう』


古い種族にはありがちなんだと。




 この世界では言葉自体は魔力のお陰で意味が通じるようになっている。


だが、文字に関してはやはり長い歴史がある種族ほど今では使われていないものがあるのだ。

 

「まずは古いエルフ語の勉強からですね」


いくら若者であってもエルフ族ならばエルフの言葉を使ったほうがいいだろう。


 魔法陣と並行してエルフ語の勉強を始める。


勉強してるのは俺じゃなくて王子だけどね。


巫女の女性が簡単な呪術を教え、王子がその魔法陣を見たまま描きだす。


そしてそれを皆で解読するのだ。


結構楽しいな。


『小さな魔術師に怒られないからかい?』


魔力の部屋から楽しんで見ている俺に気付いて、王子がクスクスと笑う。


(あ、いや、だってさ。 何だか皆でワイワイ勉強するのって久しぶりだからさ)


同じ年ごろの仲間に囲まれること自体が、元の世界の学校以来だからね。


(王子だって、こんな体験は初めてだろ?)


『う、うん』


王子も頬を染めて頷いた。


なんだ、王子も結構、楽しんでるじゃないか。


この分なら呪術の解読も早く終わりそうな気がする。


まあ、俺たちの呪術修行はまだまだ始まったばかりだけどさ。


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