第10話 俺たちは意外なことを知る
サーヴの町の俺の家の裏に出る。
あまり人目に付く場所だと騒がれるからね。
「こ、ここは?」
「ふふ、こちらへどうぞ」
見慣れない町の様子に、キョロキョロと周りを見回しながら付いて来る。
俺は巫女の女性を連れて広場を横切り、畑の側の老婦人の家へ向かった。
この時間ならこのエルフの巫女の孫娘さんもいるはずだ。
トントンと扉を叩く。
「はあい」
その声にエルフの巫女が目を丸くする。
キィと開いた木の扉の向こう、俺の顔を見て微笑んだエルフの少女のような女性が次の瞬間、驚いた顔に変わる。
「お、お祖母ちゃん」
「ああ」
それ以上は言葉にならず、二人の女性エルフは抱き合った。
俺は、家主である足の悪い老婦人にそっと髪飾りを渡し、孫娘のエルフさんに返してもらうよう頼んだ。
もう俺には必要ないからね。
老婦人の家の外で感激のご対面を眺めていたら、後ろからいきなりポカリと殴られた。
「いたっ」
振り向くとミランをはじめ、サイモンやトニー、ソグたちまでいる。
「やあ?」
肩の鳥と一緒に片手を上げてみた。
そういえば俺は今、森に入った時の金髪緑眼じゃなくて、サーブの町の黒髪黒目のネスだった。
もろバレか。
「全くお前は!」
ミランとトニーに両側から腕を掴まれ、引きずられるように地主屋敷へ連行された。
その姿を巫女の女性が唖然として見送っている。
いや、見てないで助けてくださいよー。
地主屋敷で椅子に座らされているが、何故か両脇にはユキとサイモンが座っていて、俺の服を掴んでいる。
ユキ、そんな目で服を齧らないで。 置いてって悪かったよ。
「心配させやがって」
ミランの言葉にウンウンと頷くサイモンは涙目だ。
トニーや教会の子供たちはプンスカ怒っているし、ロイドさん夫婦は呆れている。
ソグだけは「案外早かったですね」という顔をしているような気がしないでもない。
トカゲ族は表情が分かりにくいけどね。
はあ、と俺はため息を吐く。
「えっとですね。 俺はやっと呪術師の村を見つけて、その巫女の女性を孫娘に会わせるために連れて来たところです」
その女性に恩を売って、これから呪術を教えてもらう予定なのだ。
邪魔しないでもらいたい。
俺がちょっと怒った顔になる。
「何を言ってる。 お前がここを出て行った時のことを覚えているか?」
ガタイのいいイケメンがすごむと迫力がある。
「えーっとぉ」
かなり切羽詰まった顔をしていた、かも?。
こりゃあ心配させても仕方ないな。
「申し訳ない」
素直に謝る。
「ねえ、ネス」
サイモンが俺の服を引っ張る。
「ネスはどこに行ってたの?」
俺はサイモンの視線に合わせて座り直す。
「砂漠の向こうにあるエルフの森だ」
「エルフに会えたんだね」
涙を拭って俺を見る。
「ああ、これから俺は呪術師に弟子入りして呪いを解く勉強をするんだよ」
なるべく安心させるように微笑む。
納得してくれた子供たちが日常の仕事に帰って行く。
俺はソグにエルフの女性たちの様子を見て来て欲しいと頼んだ。
なるべく早く呪術師の村に戻らなければならないだろうし。
屋敷の中の人数が減ると、ミランが訳アリげに微笑んだ。
「解呪はお前の、じゃなくて想い人の、だろ?」
え……。 ミランさん、何を言ってー。
「どうして、それを」
顔が真っ赤になったかも知れない。
「ある意味お前らしいよ」
ミランがため息を吐く。
「自分自身のためではなく、恋する女性のため。
だけど上手くいったとしても、相手が南方諸島連合じゃあなあ」
ミランが眉間にシワを寄せる。
ああ、やっぱり皆、あの代表の悪い噂は知っているんだ。
「いや。 実は、あれは俺には血縁に当たるんだ」
そう言いながらミランは思いっきり嫌そうな顔をした。
「へ?」
俺は思わず立ち上がってしまった。
「本当ですか、それ」
「ああ。 俺の肌の色を見れば分かるだろうが、俺の母親はあの国の生まれでな」
若い女性には辛い国だそうで、彼女も乱暴な一族に嫌気がさしてウザスに逃げて来たそうだ。
「ウザスの港に来る出稼ぎは亜人たちだけじゃねえ。
南方諸島連合から逃げてきた褐色の肌の人夫たちも多い」
そこで前の地主である若い頃のミランの父親と出会い、結婚した。
「なかなか豪快な女性だったよ」
ウザスから逃げてきた同郷の者たちの世話をしていたそうだ。
「それが向こうの国に知られて、まあ、殺されたんだと思う」
まだ幼かったミランには詳しい事情は知らされなかった。
ロイドさん夫婦も目を逸らして、話したがらない。
「俺には、あの国に貸しがあるのさ」
普段は酔っ払いの印象しかないミランが凶暴な目つきをしていた。
「ふむ、それは良い話を聞いた」
ロシェに案内されて、エルフの孫娘と共に呪術師の巫女が部屋に入って来た。
ロイドさんは許可を取らずに入って来たロシェを睨んでいたが、彼女は知らん顔をしている。
やはり彼女は元貴族のお嬢様。 俺は、強気だなと余計なことを考えた。
巫女の女性は部屋の中を見回し、ミランを見つけて頷いた。
「エルフ族にとってはあの国も敵の一つなのでな」
エルフの女性たちを攫いに来る連中の中には南方諸島連合のやつらもいるらしい。
ミランが巫女に椅子を勧め、俺はユキを椅子から降ろして隣に座ってもらった。
「ネスよ。 お前の事情はトカゲ族の者から大まかに聞いた。
本当はもっと時間をかけて教えるところだが、時間がないのであろう?」
俺は「はい」と頷いた。
森の中のエルフの村で、彼女は俺が必死に説明しようとしていたのを覚えていてくれた。
「ならば、早いほうが良かろう」
巫女はミランに対し、孫娘の保護のお礼と、改めてこれからも世話になると頼んでいた。
そして俺を促して外に出る。
屋敷の前には一人の青年が膝をついて正式な騎士の礼を取っていた。
俺はつい顔を背けてしまう。
エルフの巫女の女性が「なんだ、こいつは」と思いっきり引いている。
「ネス様、お供いたします」
誰かが峠の兵舎へ知らせたのだろう。
そこにいたのはハシイスだった。
俺はササっと若い兵士に近寄り、引きずってその場から離れる。
「すまない、ハシイス。 今回は連れて行きたくてもいけないんだ」
エルフは排他的で同族以外を受け入れることは稀だ。
「私は彼女から解呪を学ばなければならない。
今は巫女殿の機嫌を損なうわけにはいかないんだ」
真剣に説得を試みる。
「分かりました」
いやにあっさりとハシイスが引き下がる。
「その代わり、俺の望みを一つ聞いてもらえませんか」
「ああ、何でも聞く」
俺は待っている巫女の様子をチラリと見た。
早く戻りたくて少し苛ついている気がする。 やばい。
「ガストス様、クシュト様、ローレンス宰相様、そしてパルシーさんや私。
皆の願いは一つです」
王都で危険な行為をしている彼らの願いは王子の復権だ。
反対派の貴族たちが手を出せなくするにはそれしかない。
「それはー」
「北領に戻って来て欲しいとは申しません。
ですが、このままネス様がまるで罪人のように逃げ隠れすることだけは我慢なりません!」
思いがけず強い言葉が返って来た。
俺は何も言えず、王子に代わる。
「ありがとう、皆の気持ちはうれしい」
王子は静かに語り出した。
「だけど、もう少し待ってもらいたい。 必ず解呪の術を身に着けて帰る。
返答はそれからにしたい」
ハシイスはしばらく黙っていたが、俯いていた顔を上げて王子の顔を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます