第9話 俺たちは魔術を教える


 そこへ白髪のお爺さんエルフが話に入って来た。


「呪術を学ぶのは構わんが、巫女であるそなたが魔法陣を学ぶのは不味いのではないかな」


「何故でしょう?」


「そなたが巫女であるからだ」


ああ、邪神か。


「神がそれをお許しにならないということですね」


俺の言葉にお爺さんエルフは「そうだ」と頷いた。


 少し考えて、俺は一つの提案をする。


「では、私が村の若者に教えます。


それをあなたが監視を兼ねて、傍で見ているというのはどうでしょうか?」


お得意の本音と建て前というやつだ。


この村の黒服たちは強くなるために様々な訓練をしている。


その一環として王子の魔術を教えるのは悪くないと思う。


「そうだな。 そのように皆に話してみよう」


そう言うと女性は出て行った。


「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


お爺さんに挨拶をして、俺は客用のベッドの一つに潜り込んだ。




 夜明け前だろうか。


ふと目が覚めて、近くの窓を見る。


ここはガラスは無く、壁にある窓は木枠に木の板で開閉されている。


その木枠から漏れる光が無いということは、外が暗いということだ。


 身体を起こし、外に出てみる。


満天の星だ。


森の中の村では星どころか、空さえ見ることが出来なかった。


木々の葉が生い茂り、その隙間から光がわずかに漏れていただけである。


『お前は夜が好きだな』


「そう?」


『よく夜中に起きてるじゃないか』


「あれ?、いつも夜に起きているのは王子のほうじゃない?」


俺たちは王宮に居た頃から、夜は魔術の勉強の時間だった。


俺が寝ている間、王子は魔法陣を描いていることが多い。


『私が起きているのとケンジが起きているのは違うと思うが』


「えー、そうかなあ」


そういえば元の世界でも、よく真夜中に起き出して看護師さんたちを驚かせた。


廊下を歩きまわったり、百物語などの分厚い怪談本を読んでたりして気味悪がられたなあ。


「なんでこんなことを思い出すんだろうな」


俺は苦笑を浮かべながら夜空を見上げた。




 翌朝、俺はいつものように早朝から掃除を始める。


「早いな」


村の住民が声を掛けてくる。


「日課なので」


狭い村だ。 すぐに終わってしまった。


「次は何をするんだ?」


若いエルフたちは興味津々で俺の様子を見ている。


「えっと。 少し走って、身体を温めます」


狭い村だ、すぐに……終わるよな。


「次は私が師匠から習った体術の型をやります」


そう言って、ゆっくりと身体を動かす。


森の中の村では動き回れなかったので身体がなまっていた。


十分に身体をほぐす。


エルフの若者たちは笑いながら、それでも俺の動きを目で追いかけている。


その後、俺は彼らの朝食の用意を手伝った。




 朝食の時間になって、巫女の女性が神殿から出てくるのが見えた。


「朝の祈りをしておった」


にこりと微笑んで席に着く。


「巫女殿は夜明けと共に祈りを捧げるのだ」


白髭のエルフが教えてくれた。


 俺は神殿を見上げる。


『本当にここに邪神がいるのか?』


(王子、まだ邪神とは決まってないよ)


祈祷室で直接、女神から祝福を受けた俺たちにすれば、どうしても胡散臭く感じる。


まあ、この世界の神事情なんて俺には分かんないけど。




 朝食の後、巫女の女性が集まった住民に、


「この者は魔術師だ。 魔法陣を教えることが出来ると言っている」


習いたい者がいればだけどね。


「魔法は詠唱だろ?。 魔法陣って習うものなのかな」


若い黒服のエルフの質問に、俺はいつも持っている魔法陣帳を取り出す。


「私は生まれつき声を出すことが出来ません。


ですから、こうやって魔法紙に描いた魔法陣を持ち歩いています」


肩に乗った鳥がしゃべる。


「声で詠唱する場合との違いは、これは魔法紙に描いた時点ですでに魔法陣に魔力が込められています。


ですからー」


魔法陣帳から小さな一枚を取り出して、手を乗せる。


一瞬ピカリと光って、小さな光の玉が現れた。


「このように照明の玉を出す場合も、ほとんど魔力を必要としません」


皆、微妙な顔をしている。


魔力が多いエルフにとってはあまり興味を引くものではなかったようだ。





「そういえば、魔力布はエルフの皆さんが作られているとか」


「ああ、そうだが」


住民の年長者らしい男性が誇らしげに答える。


俺は森に入ってから外していたピアス型の<変身>の魔法陣が描き込まれた魔道具を出す。


「これは特殊魔法布に魔法陣を描き、魔道具にしたものです」


一度変形すると元の布状態には戻せないが、たとえ小さなものにでも変形出来るので重宝している。


 旅の間に王子も色々と改良してくれて、パチリと耳に付けるだけで、詠唱しなくても自動的に<変身>が発動する。


王子の姿から俺の、黒髪黒目の人族の男性の姿に変わった。


おお、と声が上がった。


「ご覧の通り、本人には魔力の負担も少なく、予め自動的に発動することを描き込んでおけば詠唱の必要もありません」


嘘は言っていない。


起動には詠唱もいらず、必要な魔力も少ない。


ただ、この姿を維持するためには本人にかなりの魔力が必要だけどね。


夜間眠っている時は魔力の温存のために外さなくてもスイッチが自動で切れるようになっている。


でも、これもあまり人気がないようだ。


容姿に関してはエルフ族はわざわざ変える必要を感じていないからかな。


 ニヤニヤしながら見ている巫女の女性が目に入った。


俺は彼女にニコッと微笑むと、こちらに来て欲しいと手を差し伸べる。


巫女の女性が首を傾げながら、俺の側へやって来た。




「ん、なんだ?」


巫女の女性の目の前で、


「こういう魔法陣はどうでしょうか」


と、俺は自分の身長より少し高めの杖、特殊魔法布をコンパスに変形するようにしてある棒状の物を取り出す。


「魔法収納持ちか。 エルフ族では珍しくはないぞ」


ふむ、と巫女は俺の杖を見る。


魔法布の産地であるためか、魔法鞄は少し安めで出回っているそうだ。


さすが高い魔法力を誇る種族だ。


 俺は巫女の女性の手を取り、


「少しお出かけしましょう」


と肩の鳥がやさしい声で誘う。


「む、何をする気だ。 まあ、少しぐらいなら構わぬ」


俺は笑みを深くして、村の住民たちに目を向ける。


「すぐに戻りますので、ご心配なく」


そう言って一礼した後、移転魔法陣を発動する。


移転魔法陣の目印の杭は、昨夜のうちにこの広場の隅に打ち込んである。


俺はここからどこへ行こうと移転魔法で戻って来られるのだ。


「なっ!」


彼らも移転魔法は知っていた。


大量の魔力を消費することも。


エルフたちの驚く顔が見れて、俺は少しニヤッとした。


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