第5話 狸滅ノ誓ヒヲココニ

「──あんた、頭おかしいんじゃないのか?」


 村正は呆然と言葉を紡ぐ。


「あんたは陰八相を既に屠ってる、殺したんだ。これから俺にやらせることもつまりはそういうことなんじゃないのか」

「そういう察しは早いんだな」

「それが救うってなんだよ、ただの欺瞞じゃないか!?

 それにあんな連中を救ってやる価値なんてあるものかっ、巫山戯るな、狸はこの世から一片残らず狩り尽くさなきゃ駄目なんだ!

 狩って、狩って、狩って、カントーを人の手に取り戻さなくてどうするんだよ、それで誰が報われるって言うんだ!!?」

「少年、踏み躙られたものは踏み躙られたままでいいと思うか?」

「なにを……」

「狸たちも人の都合で踏み躙られている経緯がある」

「実は人間が悪かったなんてショーワの特撮な理屈をこっちは聞きたいんじゃない!」

「ま、悪性因子をばらまいた易者はもはや少なくとも人間ではないよねぇ」

「――は?」

「タマモダンタウン開発時に、造成地への狸の侵入を問題視した業者らはそれを追い出そうと画策した、そこに易者が招かれた、ここまでは?」

「……だったか、野犬とともに後に米国の学者がラクーンドッグキャンセラーと呼ぶようになった未知の悪性因子が易者によって散布、そういう経過は聞いてるよ。だけど、とうの易者は雲隠れしたって話だったな。

 いなくなった無責任なエセ霊媒詐欺師野郎が今さらどう関わってくるんだ」

「奴の目的を追えば、狸らの巨大化や裏八相の現れた理由を知ることに繋がるかもしれないよ」

「全ての元凶、か。

 あんたがそれを知ろうとするのは、そうすれば人間も狸も救われるから」

「──はっ?

 私は単に知りたいだけだよ、獣害で人気の少なくなった旧首都圏、おかげで遷都のち荒廃も進んだがそれでニホン人が滅びるではないんだから、人類を救うことにはならない」


 村正は鋳造を無言でグーで殴りつけた。鋳造は苦虫を噛み潰したような顔である。


「別に私は善人ではないが?

 やりたいようにやっているだけだ……待て待て二発目をやる前に勘弁しろ、私の動機はともかくとして、これは人類にも、虐げられたカントー民にも間違いなく有益なことなんだ」

「その不謹慎な喉をどう潰すかはもう20秒だけ待ってやる、ここに錐が一本ある」


 村正は懐から抜いた錐のキャップを外す。


「なぜそんな物騒なものをきみは携行して」

「20、19……」

「わかった!

 わかってるから、いやだからな?

 上手くやれば現存する巨大狸を殲滅することだって可能だと言ってる!」

「──本当か?」


 鋳造の襟から胸倉を掴みあげていた手が緩む。


(単純な男だ)


 鋳造はほくそ笑んだ。

 狸が殺せればそれでいい、なら徹底してそういう方面で使い倒してやろうではないか。

 それは鋳造の真の目的とも利害がかけ離れることは無いからだ。


「お前はなんなんだよ」

「?」


 村正は鋳造に問うた。


「狸を救うと言って、狸を殺す。

 それが信念からの狂信ならまだ理解もできた、けどお前のは、あまりにも躊躇いがない」

「言うほど不思議かね?

 いやそれだけの言葉にすると矛盾を孕んで感じられるのは仕方が無いのか、まぁ私が護りたいのはラクーンドックキャンセラーによって汚染され、肥大化した野性狸らの命ではないからな」

「お前は狸の何を守りたい?」

「カントー圏のホンドタヌキは偏西風に乗ったそれによって汚辱を受けた、今や暴食により外来種以上に生態系を乱して君臨している、これはもはや滅せられなければならない、でなければカントーに人が住まうことはもはや叶わないだろう」

「ほう……」

「きみは奴らを“屠りたい”だろう?

 そして私は奴らを“葬りたい”、どうだい、利害は一致してるんじゃないかね?」

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