7.水族館
どこに行こうかな。
ん~
あ!水族…
「ねえ、璃音 」
「ん!?」
びっくりしたぁ。
「水族館に行かない?」
「今、同じ事考えてた!おすすめの所があるんだけど」
「どこ?」
「千葉にある大きいところ、ほら、小学生のとき卒業旅行で行ったところあるでしょ」
冬音は電球を付けたかのように顔を明るくし喜ぶ。
「あ!思い出した!そこにしよ!」
「うん、決まりだね!」
僕は冬音の手を握る。
「よし、行こう」
目を瞑り消えかけている記憶の引き出しを漁る。
体が浮かんだような沈んだような感覚。
やっぱり不思議な感覚だなあ。
遠くで波の音が微かにきこえる。
心が洗われるような爽やかで美しい音。
潮の生臭さと強い風。
照りつける太陽。
目をゆっくり開くと下からの照り返しで思わず目を細める。
「着い…!?」
冬音は早速繋いだ手を引っ張る。
「ほら、はやくいこ!」
「うわぁ凄いね」
久しぶりの水族館、それもなかなか来れない大きな水族館に気分は高揚する。
水族館の門の左に大きなオブジェがある。
「シャチでっかぁ~」
冬音の目はまんまるだ。
まだ、7時くらいだからかお客さんどころか従業員の人もいない。
あぁ、少し罪悪感が…
「なんか、悪いことしてるみたいだ」
「えへへ、それがいいんじゃない?」
彼女の無邪気な笑顔を見る度に死んだ事を思い出す。
門をくぐると早速大きな建物が見える。
こんな所だったっけ。
行ったのは何年も前だから既視感は殆どない。
「璃音はさ、海の生き物で何が好きなの?」
「うーん…イルカかな」
「イルカかぁ~可愛いよね」
建物の中に入ると「外か?」と思うくらい大きな砂浜に優しく柔らかい波が打ち寄せる。
「ねえ璃音!ヒトデがいる!」
「本当だ!」
黒とオレンジ色の毒々しい体色の大きなヒトデが天窓から入る薄明光線のような光に照らされる。
生きているのか死んでいるのか分からない。
それどころか本物かどうかも懐疑的だ。
それでも普段見ることの出来ない生物に感動する。
この砂浜水槽ゾーンは砂浜の水槽を囲うように下り坂になっていて砂浜から海底までの生き物を360度どこからでも観察できるというものだ。
緩やかな下り坂だから実際に海底に向け進んでいるような気分になる。
砂浜を堪能したあと海底に向け足を進める。
「見てあの魚おっきい!」
冬音の指を指す方を見ると想像よりも青黒く大きな魚がゆっくりと移動している。
「本当だ!みてここ イソギンチャク!」
すぐ手前 水槽のガラスにイソギンチャクがくっついている。
「うわ、凄い」
「イソギンチャクってこんなカラフルなんだね」
「あの魚さっきのよりおっきい!」
「あれも大きいよ!なんかおっきい魚が多くなってきたね」
床の傾斜は無く直線に変わる。
水槽から目を離すと青色の照明が増え薄暗くなっていた。
「もう海底だね」
直線の通路には壁に埋め込まれた小さな水槽がいくつもある。
「これ見てみようよ!」
「何がいるんだろう」
「なんもいないじゃん」
こういう水槽ってよく手前の人の目には入らない上の方にくっついてるんだよね。
「璃音、なにやってんの?」
「よくこのへんにいるからさ」
高校生にもなって必死にしゃがんで覗き込むこの姿を見られた恥ずかしさを隠す。
「その水槽の中の生き物の名前見てみ」
「え…」
生き物の説明欄には写真はなく、名前には準備中とだけ書かれている。
「あはっは、だっせ~」
「冬音だってみてただろ!」
「見てないし~、「よくこのへんにいるからさ」だってぇ~あはっはっは」
「も~、そんなに笑わなくてもいいだろ」
「ほら、こっち行こ!」
腕を引っ張られ次へと進む。
甲殻類ゾーンと書かれたパネルが見え大小の水槽がある。
深海をイメージしているのか青と赤の照明で先ほどより暗く足元も見えにくい。
「みて!シャコがいる!」
「おぉ、綺麗だね」
シャコはパンチ力が凄いとかでよくテレビ出演していたのを見たことある。
こんなにカラフルで綺麗なんだ。
「みてこのエビ!」
小指の爪ほどの大きさの小さなエビ。
赤と白の縞模様で存在感は凄い。
その隣の水槽には白黒のごま塩のような体の蟹が数匹白い砂に擬態して黒い目だけを砂から出している。
よく見ないと分からないな。
中央には大きな水槽の中に赤く大きな体のタカアシガニがいた。
「うわ、これ璃音さわれる?」
「触らない」
「挟まれたら指千切れそうだよね」
確かに千切れそうだ。
タカアシガニの水槽の奥に一際目立つ黒い水槽が目に入る。
「冬音、これ見て見よ」
「いいよ」
「おぉ!ダイオウグソクムシだ 初めて見た」
「うわ、ダンゴムシじゃん」
「でっかいダンゴムシだね、目が宇宙人みたい」
「サングラスしたダンゴムシ」
冬音の表現は少し変で面白い。
次のゾーンは…
次からは見ずに行ってみようかな。
「タコだ!!」
「へぇ、脱走の達人なんだって」
瓶に入れられ蓋を閉められたタコが自力で脱出する映像が流れるモニターの横には透明のパイプを通り2つの水槽を行き来できるタコには快適そうな大きめの水槽がある。
それにしても瓶から脱出って舌を巻くね。
その隣にはオウムガイがプカプカと浮かぶ水槽がある。
「うわ、初めて見た!」
ダイオウグソクムシには冷たかった冬音はオウムガイには興味があるようだ。
「オウムガイ好きなの?」
「私ね、アンモナイトの方が好き」
「オウムガイみたいなやつ?」
「そうそう、見た目殆ど一緒…あ!上の海獣ゾーンいこ!」
「うん!」
階段の壁の色は上がるにつれ深海の濃い色から明るい水色に徐々に変化していく。
オシャレだなぁ。
外へ出ると皮膚が焼けそうな程強い光線に打たれる。
目を細めながらこちらを見る。
「眩しいねぇ」
「うん、良い天気で良かった」
オゥオゥと何かの鳴き声が聞こえる。
「なんだろうこの声」
「行ってみよ!」
手を引っ張られ声の主のところへ走る。
そこには巨大な二本の牙を持つセイウチがいた。
動物園の熊と展示方法が同じだ!
水槽を覗くよりは生き物との距離はあるがこの展示方法は生き物との間にガラスなんてない。
つまり、視界も邪魔されない、生き物と同じ音、空間を体験出来る。
図鑑やテレビで見るセイウチも凄いが実際、自分の目で見て全身で感じる方が数百倍は価値がある。
「凄いなぁ」
「うん、凄い」
しばらくセイウチの迫力を堪能したあとはイルカとシャチのいる水槽に向かう。
「私ね、海の生き物でシャチが一番好きなんだ」
「じゃあ楽しみだねシャチ」
「うん!いこ!」
実はイルカも好きだがシャチも好きだから一番楽しみな場所でもある。
次の場所に向かうため道順に従い階段を上がる。
横幅は数十メートルもあり、段も低く上がりやすい。
時折強く吹く海風を感じながら目的地を目指す。
階段を上がりきると左手に海が見えた。
「冬音!海だ!」
「本当だ!綺麗だね」
快晴の空に爽やかな風だなんて最高のお出かけ日和だ。
そのまま進むとウミガメが泳ぐプールがある。
生き物の進化の凄さが身に染みる。
その奥にはドームがあり蓋のない大きな水槽を大量の椅子が囲む。
きっとここにイルカやシャチがいるんだろう。
そうに違いない。
「璃音!ご飯あげてる!」
水槽と繋がる水位10センチ程の所に白黒の巨体を乗り上がらせるシャチが大きく口を開け何かを食べている。
その間にウェットスーツを着た別の飼育員がシャチの身体を念入りに触る。
食事シーンはショーの最中、技を決めた後に何度も見られるが触診や猫のように懐いているシャチはなかなか見ることは出来ない。
「可愛いね」
「うん、小さかったら家で飼ってみたい」
「どんくらい小さいの?」
「メダカくらい…」
「え…」
メダカくらいのシャチか…
数秒の沈黙のあと2人で笑い合う。
水槽から離れた高い位置にある椅子に座りシャチを眺める。
飼育員の他に人がいないからほとんど音がしない。
僕は口を開く。
「こんな静かな水族館もなんか、いいね」
「うん、雰囲気が全然違う」
夜の遊園地に似た寂しいような切ないような、悪いような良いような不思議な雰囲気だ。
「冬音はどこか行きたいところある?」
「ん~璃音のおすすめかな」
「じゃあさ」
「うん」
「江ノ島と鎌倉に行かない?」
「行きたい!」
「美味しいものは食べられないかもしれないけど、色んなところがあるからさ」
「うん!」
飼育員の1人がシャチに合図を出す。
「じゃあ次イルカね」
「クゥちゃんまた後でね」
シャチのクゥちゃんは水に潜る。
水槽の端に2つの門のようなものがある。
その右側が開きシャチが入っていく。
ウェットスーツを着た飼育員は水中に入りイルカとシャチが一緒にならないように残っていないかを確認しているようだ。
右側の門が閉じ左側が開く。
ピー!!!
甲高い笛の音が響いたすぐにイルカが勢いよく出てくる。
「来たね」
「シャチの後にイルカ見ると小さく見えるね」
「うん、イルカも可愛い」
「もうちょっとボーッとしたら行こっか」
「うん、あと2時間くらいボーッと」
冬音は僕の手を握りイルカを眺める。
僕は彼女の手を握る手を少し強めた。
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