短編集『空火照りの錯覚』

檀ゆま

ep1 天女は山田なのか


 下から眺めれば、その坂はまるで直角に天へと向かっていた。

 細長い雲が幾つもシマウマの様に空にぷかぷかと浮いている。

 そのシマウマの間を縫って、まるで映画のワンシーンの様に光が坂へと斜めに差し込む。

 斜陽は没落を意味するのだそうだ。

 だけれども空火照りを仰いだ私にとってそれは地上に降り注ぐ希望だった。

 天女があの光の下にいるのではないだろうか。

 坂を駆け上がった。

 目的地は坂の途中の筈だった。

 なのに私はテッペンまで走り抜けてしまった。

 天女は何処にもいなかったのだ。

 奇跡が起きる様な気がしていた。

 物語が始まる様なワクワクとした胸の高鳴りは一気に収まってしまった。

 私に特別はやってこない。

 なんだかがっくりとしてしまった。

 坂をトボトボと降りて行く。

 誰かに背を押される様にして足はどんどんと前に進む。

 私の気持ちなんて置き去りにして、誰かは私を急がすのだ。

 坂を下りきった時、左側から声を掛けられた。

「吉本?」

 坂の下のマンションには誰が住んでいたかしら。

 振り返るとクラスメイトの山田がいた。

「今日塾の日やろ。さぼったんか」

 そうです。サボりました。

 家に帰れば怒髪天を衝く母と遭遇するに違いない。

 ああ、憂鬱だ。

 どうして学校を出て真っ直ぐに塾へと行かなかったのだろう。

「どうしよう」

 今更どうしようと悩んだところで意味はない。

 素直に母に叱られるしかないのだ。

「塾今から行けばいいやん。大した遅刻にならんやろ」

 山田はさも当たり前の様に宣った。

 彼の言う事は正しい。

 適当な言い訳をすれば先生は授業に受けれ入れてくれるだろう。

 だけれども、どの面下げて意味のないサボタージュをしたこの私が真面目に授業を受けている同胞達の許へと行けばいいのだ。

 うじうじしている私の手を山田は乱暴にとった。

「一緒に行ったるから」

 つんのめりそうになる私に気付かず、山田は足早に進む。

「トイレットペーパーおかんが買い忘れてな。塾の隣スーパーやろ。ついでや」

 こちらを振り返った山田はニカッと笑った。

 まだ陽は落ちない。

 紅と金の混じった空から、真っ直ぐに陽はこちらへと差す。

 山田はただのクラスメイトだ。

 だけど、私が期待した物語が始まる様な錯覚がした。

 

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