翡翠の姫

明智 颯茄

月の魔法/1

 銀杏いちょう並木の黄色がトンネルのように奥へとまっすぐ吸い込みそうに、遠近法を描いて並んでいる。


 ハラハラと乾いたアスファルトの上に枯葉が落ちる中を、大きめのバックを持った若い女の子たちが何人かで固まって敷地へと入ってゆく。


 赤茶の門柱の前で、紫のニットコートを着た女が、すすけたワインレッドの革ジャンの男のたくましい腕に必死にしがみついていた。


「ねぇ、あき連れてってよ!」

「てめえはここで待ってろや」


 十月のいくぶん色あせた青空の下で、ガサツな声が突っ返した。門へと入ってゆく数名のグループが、男女のやり取りをチラチラとうかがう。


 誰がどう見ても、痴話ちわ喧嘩か何かでもめているようだった。


 そんなことはどうでもよく、男のジーパンの長い足は門の中へ入っていこうとする。女は全体重をかけて、両腕で引っ張り戻そうと踏ん張った。


「約束だったでしょ?」

「またにしろや。手え離せよ」


 男と女の押し問答は続いていきそうだったが、ごつい手が強制終了した。女の手を無理やり自分の腕から離して、振り返りもせず、言葉もかけず、


「~~♪ ~~♪」


 陽気に鼻歌を歌いながら、長い足を駆使して、女を置き去りにして、あっという間に門の中へと遠ざかっていった。


「む~~っ!」


 女の悔しそうなうなりがして、黒いロングブーツのかかとが石畳に強く叩きつけられると、ブラウンの長い髪がゆらゆらと背中で揺れた――――



 先の尖った革靴が石臼でもいたような、砂埃のジャリジャリという音を出しながら、破れが入った長いジーパンを男の革靴は連れてゆく。男の厚みのある唇からは口笛が陽気にもれる。


「~~♪ ~~♪」


 両手を後ろポケットに突っ込み、肩を右に左に揺らしながら歩いてゆく。追い越しをかけ始めた、両脇を歩いていた若い女の子たちが、男が通り過ぎるたび、振り返り出した。


「かっこいいっ!」


 ビクともせず、男の鋭いアッシュグレーの眼光は、決戦の火蓋ひぶたでも降ろされたように、遠くに見えるグレーの山脈のような建物を見据える。


「~~♪ ~~♪」


 ふたつのペンダントヘッドとウォレットチェーンが金属音を歪ませ、藤色の長めの短髪が秋風になびく。


「背高いっ!」

「足長いっ!」 


 慣れた感じで植え込みを右へ曲がると、三つしか止めていないシャツの裾から、日に焼けた筋肉質な素肌が顔をのぞかせた。


「~~♪ ~~♪」


 チャイムの音があたりにのんびりと広がってゆく。ベンチに座っていた女の子たちが誰一人もれず、両手を夢見がちに胸の前で組んで、立ち上がっては目を輝かせた。


「どこの人?」

「学生……?」


 そうこうしているうちに、男の革靴は建物に近づき、右から五番目の窓の前に立った。外の明るい光が入らないように、両手で覆い隠し、鋭い眼光は中をうかがう。


 だが、レースのカーテンが邪魔していてよくわからなかった。窓から一度離れて、骨格のはっきりした拳でガラスを強く叩く。


 しばらく待ってみたが、窓は開くこともなく、中の人が寄ってくることもなかった。


 藤色の剛毛はあきれたように手のひらでガシガシとかき上げられて、先の尖った革靴は再び歩き出す。


「~~♪ ~~♪」


 長いアーチを通り抜け、渡り廊下から建物へと、男は入り込む。壁にぶつかって返ってくるかかとの靴音が大きくこだまし始めた。


「~~♪ ~~♪」


 外の比ではなく、中は女の子たちの視線が一気に増えて、黄色い声があちこちで上がった。


「きゃああっ!」


 こんな現象はいつものことだ。ここでなくても、どこでもいつでもそうだ。今はそれどころではない。男が気にせず先へ進もうとすると、中年のスーツを着た男が立ちはだかろうとした。


「関係者以外の校内の出入りは――」

「関係はあんだよ」


 百九十七センチの長い足で、簡単に追い越しをかける。中年の男は慌てて振り返り、すすけたワインレッドの革ジャンの腕を捕まえた。


「職員証を拝見――」

「細けえこと言うなよ」


 男は一旦立ち止まり、アクセサリー類の貴金属をチャラチャラと歪ませながら、長ザイフから札束を取り出し、


「ほらよ」


 いきなり十万を渡された職員は引き止めるのをやめて、遠ざかってゆく男の後ろ姿を黙って見送った。


「…………」 

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