第5話 女は狡い
「あらぁ、智の彼女が来るなんてねぇ?久しぶりよね、あの、前に来たなんとかちゃん。ちょっと地味な感じの」
おいおい、今カノに元カノの話、するか? うちの母親はデリカシーに欠けている。
「弓乃ちゃんは美人よね? 智大なんかでいいのー? この子こそ地味じゃなぁい?」
「いえ! 西くんしか考えられないので……」
最初がフォルテッシモだった彼女の声は、だんだん先細りになっていった。
「かわいいわねぇ、いいじゃん、弓乃ちゃん! お母さん、大賛成。智に弓乃ちゃん以上の子は見つからないわよ。このプリンも美味しいし」
「わたしもお母さんとなら仲良くできそう! まだお会いしたばかりなのにおかしいかもしれないけど、お母さんとは気が合いそう」
「いいのよぉ、気をつかわなくて。わたしも弓乃ちゃんと仲良くできそう」
二人で勝手に盛り上がっている。なんだって女っていうのはこう、大なり小なりおしゃべりが好きなんだ? 確かに東さんと母さんの息は合っていた。
「もっと智とゆっくり話したいことあるんじゃないのぉ? わたしは下でおとなしくしてるから、二人で部屋に行ったら?」
何をどうしたらそういう気づかいになるんだ?
「お言葉に甘えて。行こっ」
と東さんは僕の手を引いた。
「うちの母さん、強引でしょう? 嫌な思いしなかった?」
「ぜーんぜんっ! 楽しかった。お母さん、おしゃべり上手なんだもん」
と言った東さんは僕のベッドに仰向けに大の字になり、その軽い生地のスカートは膝がまるまる見える高さまでめくれ上がっていた。
「体だけの女」だと、彼女は北澤に思われているんじゃないかと心配していた。しかし、男から見たら彼女はノーガードだ。手を出すな、という方が難しい。それで疑われてた北澤を不憫に思う。
「……妙さん、ここに来た?」
「来たよ」
嘘をついても仕方ないので本当のことを話す。
「このベッドで、やっぱりヤッた? あ、寝た?」
「……」
「怒ってる?」
理由なんかわからないくせにそんなこと聞くなよ、と思う。大体、僕は別のことに怒っていた。鈍感な彼女にはわかるまい。僕の頭の中は、東さんと北澤のことでいっぱいだった。
「第一に、言葉づかいは直そうね。質問の答えはノー。プラトニックだったとも言えるし、当時の僕はそう思ってたけど、ただのヘタレだったのかもしれない」
「二があるの?」
「あるよ。男の部屋に来たら軽々しくベッドに乗ったりしたらいけない。間違いがあっても文句は言えないよ」
「智大ならいつでもいいよ?」
「そういうことじゃなくて。そんなんだから、北澤にもすぐにヤラれちゃうんでしょう?」
「言葉づかい」
「関係ないよ」
沈黙。
僕と東さんの間では珍しい現象だ。いつだって彼女は勝手にしゃべっているし、僕もそれを好んでいる。でも、それとこれとは話が別だ。
「確かに……翔との間でも不注意だったかも、反省してる……。嫌なのに嫌って、いつの間にか言えなくなっちゃったし」
「言えなかったの?」
彼女は縦に首を振った。
「嫌だって言うのも面倒になって。だって理由を聞かれても困るんだもん。西くんが好きかもしれないから、とか言えないじゃない? いくらわたしでも」
「それで流されて抱かれたの?」
「抱く……うん、婉曲的かも。だって仕方なかったし」
「嫌なら嫌だって言えよ。僕がそのことでどれくらい傷ついたか東さんにはわ……」
「わかる、ごめん。でももう大丈夫。西くんとしかしないし」
彼女は僕に手を伸ばして、ベッドにぼふっと倒した。最高に気まずい。どうしろと言うんだ?
「西くんになら、いいよ。全部あげるって決めてる。これは流されたりはしてないから。会えない日にはずっと考えてたから。これから先、西くんだけの女になっちゃってもいいなって。これから先、死ぬまでずーっとよ」
「気持ちはうれしいけど、僕はそんなに早い展開は」
「段階とかつまらないこと気にしないで。思い出して、わたしたち知り合ってまだ間もないのにここまで来たんだから、これがわたしたちのスピードなんだよ、きっと」
妙に説得力のあるセリフだった。東さんには勝てない。ワンピースの胸元には、ほんの少しだけ真っ白い谷間が見えていた。
臆病な僕は髪にそっと手を伸ばした。彼女は起き上がって僕の顔を上から捉えると、口付けをした。
「……やっぱりダメだよ」
「どうして?」
「母さんも下にいるし、それに」
「それに?」
「もっと君を大事にしたい。めちゃくちゃにしちゃいそうで怖い。……焦らされるのもいいものだと思うよ?」
訳がわからない、という顔をして彼女はぺたりと座り込んだ。
「魅力的じゃない? もしかして巨乳好き? わたしの胸が小さいことは自分でもわかってるの」
「そういうんじゃないよ」
「わたしには何かが足りないのね。何だろう? 確かに頭は少しおかしいかもしれないし、おしゃべりすぎるけど、体と見た目はそこそこだと思うんだけど」
「だから、十分魅力的だよ」
「なんで? どうして? 今はチャンスだと思うんだけど」
「ファーストキスしたばっかりなのに?」
東さんは僕の手をがばっと掴むと、両手で無理やりスカートが少しめくれたところまで持っていった。紛うことなき女の子の太ももの感触がそこにはあった。
「こういうのは狡いと思う」
やっとの思いでそう言った。スカートの内側にこのまま手を入れてしまいたくなるのは僕だけじゃないはずだ。
「女は狡いのよ」
僕は彼女にそっと近づき、口付けをたっぷりした。それは彼女の好きなエンゼルクリームの、甘くてやわらかい食感を思い出させた。スカートの内側にある指先に、自然と力が入る。
「西くん……」
「はい、今日はここまで。これからも弓乃はいつでもここに来ていいんだし、こういうのは少しずつ進むからドキドキするんだと思うよ。女の子は自分から男に素足を触らせたりしないんだよ? 安売りしないで」
「はい……。ごめんね、怒ってる? 強引だった?」
「かなりね」
「でも早く、繋がりたかったの」
誰かお願いだから、彼女を止めて欲しい。
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