第2話 少女マンガのキャラ

「西くんて、もしかして『変わってる』って言われる?」

 上目遣いに東さんが遠慮がちに聞いてくる。他人にどう思われてるかなんて、そんなの知らないよ、と思う。

「ねぇ、もしかして怒っちゃった? わたし、ワガママだったよね?」

「東さんは東さんらしくいればいいんじゃない? 周りのみんなが東さんに求めているのは、たぶん、そうだと思うよ」

「……わたしらしく?」

「東さんからは不思議なパワーを感じる」

 東さんの目は文字通り点になっていた。口をぽかんと開けて僕を見た。

「……そんなこと言われたの初めて。本気で言ってるの? でももし本当だとしたら、わたしも言いたい。西くんには不思議なエネルギーを感じる」

 僕は黙ってコーヒーを飲んだ。

 ラウンジにはそこだけが「ラウンジ」らしく、よくわからないけど聞き覚えのあるクラッシックが流れていた。

 東さんも遅れてコーヒーに口をつけた。

 液体の中の透き通った四角いキューブが涼しさを感じさせる。僕たちは、黙っていた。

「ねぇ、何かしゃべらない? わたし、しゃべってないと落ち着かないタイプで」

「何をしゃべるの?」

「えーと、例えば知り合ったばかりなんだからお互いのこととか」

「お互いのこと?」

 グラスの中にはまだ七割は褐色の液体が入っていて、もう一口、口に含む。ガラス窓の向こうに目をやる。なるほど、学生たちがガヤガヤと食堂や売店や教室に向かっていく姿を上から見るのは興味深かった。

「僕の名前は西智大にしともひろ。理学部の二年生で、出身高校は北澤と同じ。北澤とは高校の理系クラスで二年間、一緒だった。どうぞ」

 彼女は自分から話を振ったくせに、キョトンとした顔をしていた。確かに履歴書のような自己紹介だったけど、それでいいと思った。友達の彼女にをしても仕方ないだろう。

 同時に、彼女の話を聞いても仕方がないように思えた。これから話そうとしている彼女に失礼なので、今にも出そうだったため息は控えた。

「わたしは東弓乃。文学部の同じく二年。北澤くんとは自然系サークルで知り合って、話の合う人だなぁと思って、付き合い始めてから半年くらい、かな? 『付き合わない?』って普通の顔して言うから、本当にそんな人がいるんだと思って吹き出しちゃうところだったの!」

 そこ、笑うところじゃない。

「だっておかしいじゃない? なんか北澤くんて時々、少女マンガのキャラみたいなところがあるから、内緒だけどツボるのよねぇ。西くんにはそう思う時ない?」

「ないよ。北澤はいいやつだと思ってる。誠実で、女の子にもやさしい」

 東さんは「ん?」という顔をして僕を見た。何か気に入らないことを僕は言ってしまったようだった。

「誠実かもしれないけど、他の女の子にもやさしいっていうのは不誠実になると思うの」

「気に入らないわけだ。他の女の子にもやさしいっていうのは充分、少女マンガキャラだと思うけど?」

「……わたしはさ」

 彼女の横顔が、光に照らされる。少し拗ねた顔が僕の目に映る。彼女が北澤を想う気持ちがそこからダダ漏れしているように思えた。

「わたしにだけやさしい人がいいな。他の女の子なんて目に入らないみたいな。『好きだ』って告白してくれるなら、どうせなら真剣な顔でしてほしい。ねぇ、それって欲張り? 無い物ねだり?」

「僕は前提条件として、北澤はいい男だと思ってるし、東さんが付き合って後悔するタイプじゃないと思うよ。落ち着いて、大丈夫。そこ、北澤を信じようよ」

「そっか。そうよねぇ。……誰にも言ったことないの、今の話。なんか愚痴っぽくてごめん! 忘れて」

 その後はクラッシックに耳を澄ませてコーヒーを飲んだ。

 はぁっ、とやっぱり心の中で大きくため息をついた。こんなところに来ちゃったせいだ。それでこんな目に遭う。

 東さんは北澤に不満があるのかと受け取っちゃうじゃないか。それこそ大きな勘違いだ。

 ただの愚痴。

 彼女は沈黙が苦手だ。

 要するに会話の材料ってやつだろう? ……僕だけに話したからって、僕だけが特別なわけじゃない。それを忘れたらいけない。

「西くんて不思議。出会ったばかりなのに、相手が西くんだとするする話が出ちゃうんだもん。なんでだろう、話しやすい。話しちゃいけない本当のことも、口から出ちゃう。……あ、いけない、そろそろ翔を迎えに行かないと。コーヒーくさいかもしれないけど、知らないふりしておくね?  西くんに気まずい思いさせたら悪いし。また今度、できたらおしゃべりさせてね」

 それじゃあね、と快活そうに笑って店を出て行った。僕は二つのグラスと一緒にそこに残された。

 さっきから座っているどこぞの教授は本を取り出して読み始めた。僕も今度は本を――電子書籍ではない、紙の本を持ってこようと思った。

 斜めに入る光を眩しく感じながら、教授と一緒にこのまま老成するんじゃないかと思った。

 それも悪くない。

 友達の彼女の愚痴を延々、聞くくらいなら、このラウンジと共に古びてしまうのも手だ。

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