『勇者』たる
―進が次に目覚めると、緑黄色のダマスク柄の天井が彼の視界に広がっていた。
「…ここ、は」
自宅ではない。
彼の家は和風のテイストを主観としたモダンハウスだ。
寝る時もベッドで寝ることはないし、天井も木板を使った板張り天井なので柄が入っていることもない。
家族が彼の知らぬ間にリフォームを行ったというなら話は別だが。
進の家族は、彼に黙って何かをやるような人物たちではなかった。
とりあえずと、進はベッドから起き上がり部屋の窓に顔を寄せる。
「な、何だここ…!?」
進の目には、見たこともないような風景が広がっていた。
辺り一面に広がるのは、粘土瓦で造られた無数の洋風の建築物。地平線の果てまでの大半がその建築物で埋め尽くされていた。
目下に目を移すと、街ゆく人たちの姿が伺える。
服装は現代とあまり変わらないか、一昔前の洋風の衣装に身を包む人々が右へ左へと街を行き交っている。
さらに進が目を疑ったのは、その街ゆく人たちの特徴だった。
普通の人間ももちろんいるが、中には頭部から犬の耳を生やした人物や尾てい骨辺りから毛深い尻尾を生やした人物。それだけでなく、人間の耳の先をツンと尖らせたような人物や、丸々動物を模したような肌をした人物までもが、普通に街を闊歩していた。
普通では有り得ないような光景を目撃した進は、独り言を吐く。
「…もしかして、異世界」
―――――
「おはようございます、ご気分はいかがでしょうか?」
窓から離れて部屋のドアを開けた進は、そのまま階段を下って1階へと降りる。
そこにいたのは、受付に立っていた壮年の女性だった。
ここは宿屋なんだなと直感的に察した進は、同時に1つの疑問が頭を過る。
「…あ、あの。
俺をここに連れてきた人は…」
「はい?もう少し大きな声でお願いします」
進が女性に尋ねようとすると、女性は進の方に体を寄せて耳を傾けてくる。
家族以外の人とまともに話そうとするのは、進にとっては何年ぶりだろうか。
あまりにも強ばって、声が自然と小さくなってしまっているようだ。
お世辞にも大きいとは言えない声を振り絞り、進は女性に再度尋ねる。
「あ、の。
俺をここに連れてきた人は一体どこに…?」
「お連れの方?
…昨晩はお客様1人でチェックインされたようですけど」
まさか、と進は目を見開き「え?」と素っ頓狂な声をあげる。
「…大分体調が優れないようでしたからね。おそらく、記憶が混濁しているのでしょう。
朝食を食べていかれてはどうでしょう。宿泊されたお客様には朝食を無償で提供しています」
自分1人だけ。そんなことは有り得ないはず。
ここに進がいるということは、誰かがここまで連れてきてくれたことになるはずだ。
彼は意識を失う直前、路地の一角で倒れ込んだ。それがひとりでに宿屋に、それも見知らぬ土地の宿屋のベッドに寝込んでいたなどということは無い。
(異世界特有のご都合設定か?それならそれで有難いか)
進は自分を運んできてくれた人物にお礼を言おうと思っていたが、自分の姿を見ていた目の前の女性が「いない」というのならいないのだろうな、と1人で納得した。
そもそも、進に人とのコミュニケーションは困難な難題だ。
「…あ、じゃあいただきます…」
脳内で色々思考を張り巡らせた後、進は女性の申し出を有難く受けることにして朝食を摂ることにした。
―――――
「またのお越しをお待ちしております」
朝食を食べ終え、宿屋をチェックアウトした進は扉を開く。
そこには先程窓から見た景色と同じような光景が広がっていた。
「…異世界って、本当にあるんだな」
現実離れした街並み、流れ行く人の姿を眺め、進は呟く。
進は今、人生で経験したことがないくらいに高揚していた。
物語の中だけの話だと思っていた異世界転移を、まさか自分が体験することになろうとは誰が思うだろうか。
しかも、進は人一倍物語に対する思い入れが強かった。それこそ、自分の生きる意義が物語そのものだと言うぐらいには、彼にとって物語の中の世界は魅力的なものだったのだ。
それが今、こうして実現している。
進は今、物語の中の登場人物のように異世界転移を体験している最中だ。
「〜〜〜〜っ!!」
言葉に出来ない嬉しさが込み上げてくると共に、早く街を探索したいという好奇心に駆られた進は、飛び跳ねながら街を探索することにした。
―――――
「安いよ安いよぉ!うちのガロットは天下一品だ!!」
「さぁさぁ!今ならこのテア葉が100グラムで150リバンだよ!買った買った!!」
「卸売市場から直接仕入れてきたマグラの切り身だぁ!!今朝捌きたての新鮮ものだ!!」
よく分からないうちに、進は声を張り上げる商人たちとその買い手たちが集う商店街を訪れていた。
活気に溢れるその場は、人間不信でコミュニケーションに難がある進でも心躍るものとなっていた。
(こういうのを見ると異世界って感じがするよな)
左右から色んな声が聞こえる商店街を、進は物珍しそうに眺める。
進にとって商店街とは、現実世界では全く無縁のスポットだった。
進が住む地域では都市化が進み、商店街や個人営業の店などはほとんどが閉店していた。
進が知る『商店街』とはこのように活気溢れる場ではなく、閑静としている場所で寂しいものだった。
そのイメージとのギャップもあってか、進はこの商店街の賑わいがお気に入りになっていた。
お気に入り、なんて言っても人に話しかけるなどは到底出来ない話だが。
商店街を練り歩くうちに、1つの看板が進の目に止まる。
=====
新装開店!喫茶「ムーン」
OPEN 13:30
CLOSE 21:00
=====
何故このような看板が目に入ったのかは分からないが、進はそれに書かれている内容を声に出して読んだ。
「新装開店か…。
オープンまではまだ時間があるな」
―瞬間。
進の視界にはゲームのウインドウのようなものが広がった。
「ブィン」という近未来的な音を立て、ウインドウは進に読める文字でこう書き綴った。
「な、何だ…!?」
=====
ようこそ、玖音くおん 進しん。
Name:Quon Shin
L v:1
Job:Brave
=====
進の目に映る情報はそれだけだった。
しばらくするとその画面は自動的に閉じて、再度ゲームのウインドウのような画面が目前に現れる。
「…ゲーム?」
進はそのウインドウに指を触れようとするが、指で触れようとしても透過して空を切るだけだった。
よく観察すると、さらにページが開けそうな項目などは無かった。
読み取れるのは、左上に表示される進の名前表記と職業とレベル。
左下に表示される『EMPTY』という文字。
右上に表示される『NO MEMBERS』という文字。
右下に表示される『NOT RELEASED』という文字。
そして、中央にマインドマップのように無数に広がる謎の表示だけだった。
その中心にも『NOT RELEASED』の文字が施されており、線で結ばれる無数の丸は薄黒く表示されており、何か書いているようではあったが何を書いているかまでは読み取れなかった。
(で、どうやって閉じんだコレ?
てかそもそもどうしてこんなのが表示された?)
手を振ってみたり拳を振り抜いたりしてみたが、ウインドウは進の目の前から一向に消える気配を見せない。
ウインドウは進の行動に合わせて、常に進の眼前に表示されるようになっていた。
何も無い場所で腕を振ったり、拳で殴りつけるなどという行動をする進の姿は、商店街にいる人々の注目を集めていたことに進は気付かない。
「こんの、消え…ろっ!」
目障りなウインドウを消すべく試行錯誤するが、ウインドウは変わらず進の眼前を陣取るように追尾してくる。
進はウインドウを消そうとすることに夢中で、後ろから来る人物の姿に気付かず衝突してしまう。
ガツン、と何か硬いものに当たった感触を覚えた進は、即座に振り返り相手の存在を確認する。
「あっ…。す、すみません…」
進は小さいながらも謝罪の言葉を述べ、おそるおそる相手の顔を覗き込む。
ブロンドヘアーをオールバックにまとめ重厚そうな甲冑を身に纏う青年は、進の謝罪を軽く受け流し彼に問いかける。
「一体何をしていたんだ?そんな風に体を動かして…」
進は戸惑った。
何と返せば、この場を上手く切り抜けられるのだろうか、と。
進にはコミュニケーション能力が大きく欠落しており、人との会話も簡単なものしか出来ない。
理由の説明など、進には到底出来ることでは無かった。
「あ、あの。
なんか、目の前に変なのが。み、見えます?コレ」
説明下手なら下手なりに、進は努力して相手に伝わるように説明した。
それが功を奏したのか、青年は進の質問に簡単に答える。
「…目の前に変なの?ああ。それは『ステータス画面』だな。
『表示オープン』と言えば出てきて、『閉止クローズ』と言えば消えるぞ」
青年は親切に、丁寧にそれが何なのかを進に伝える。
進は青年の教えに従って、「閉止クローズ」と口に出す。
すると青年の言う通り、進の視界を塞ぐぐらいに広がる目障りなウインドウは一瞬にして表示を消した。
(突然開いたのは俺が『オープン』と呟いたからか…)
「あ、ありがとうございます。助かりました…」
「いやいや。これも『勇者』たる俺の役目だからな」
勇者という単語に引っ掛かる進だったが、その疑問はすぐに吹き飛ぶこととなる。
「―そして」
勇者の青年は背中に掲げた変わった形の剣を抜刀し、進の首に押し付ける。
「『14番目』。お前を逆賊として逮捕するのも『勇者』たる俺の務めだ」
彼の理解が追いつく前に、気付けば進は青年に組み倒されていた。
進は、『世界反逆罪』の罪で逮捕されることとなった。
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