幽霊と修業/8

 価値観が一緒。そんな人はそうそう世の中にはいない。これを運命と言わずして、何と言うのだろうか。戸惑いなどもう必要ない。


 颯茄は正座したまま、くるっと右へ四十五度向き直って、三つ指をそろえるではないが、深々と頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「よろしく頼む」


 お見合いでもしたように、お互いが頭を下げると、独健のはつらつとした声が響き、


「それじゃあ、ふたりの門出を祝して、乾杯!」


 掲げられた四つグラスがテーブルの中央で、カツンと心地よい音を響かせた。


 いつ幽体離脱するのかはわからない。だが、眠り病の患者が収容されている病棟へ行けば、そこに霊的な結界が張られていない限り、本当の病魔を倒して浄化して、次にくる悪霊と邪気から守ることはできる。


 魂が食われることを防げる以外の何物でもない。この国の闇が明けるのももうすぐだ。決して平坦な道のりではないが――


 今まで話していたのが嘘みたいに、会話もなく、修業なく、それぞれ料理に手を伸ばし始めた。


 さっき食べようとしたが、驚いて盛り皿に落としたサクサクの衣を颯茄は割り箸でつかんだ。


「この唐揚げおいしいよね?」


 タメ口。それに応えたのは、今日会ったばかりの独健だった。


「何で味はつけてるんだろうな?」

「俺は魚がいい」


 夕霧も気にした様子もなく、自分の好みを主張した。それを聞いて、颯茄は彼とは視線を合わせず、


「はい。ホッケ」


 まるで妻が夫に渡すように、慣れた感じで皿が出された。息がぴったりで、夕霧がそれを普通に受け取ると、知礼のどこかで聞いたことがあるような話がまた出てきた。


「今度家で取って、みんなで食べましょうか?」

「そうだね、四人でね」


 颯茄がフライドポテトに添えてあったマヨネーズを唐揚げに塗っていると、知礼が箸を止めた。


「先輩、違いますよ。十四人です」

「えぇっ!?」


 今度は、唐揚げが取り皿の上にポトリと落ちた。おしぼりを落ち着くなく触り、颯茄は個室の壁で誰もないはずの後ろに振り返って、キョロキョロする。


「あれ? あとの十人はどこから出てきたんだろう?」

「知礼はみんなを幸せにする人だよな」


 チョリソーにケチャップをつけたのをかじった独健の真正面で、夕霧が拳を口に当てて、噛みしめるように笑った。


「くくく……」


 知礼の黄色の瞳は少しだけ大きく見開かれた。


「みなさん、今の話はなかったことにしてください。ノンフィクションでした」

「あはははは……っ!」


 颯茄が珍しく声に出して笑うと、夕霧のこげ茶のスーツの腕にもたれかかり、間合いゼロになっても笑い転げていた。


 そして、画面がすっと真っ暗になると、


 =CAST=


 羽柴はしば 夕霧/夕霧命

 成洲なりす 独健/独健

 月雪つきゆき 颯茄/颯茄

 山吹やまぶき 知礼/知礼


 白字も全て消え去った。fin――――

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