051 - 060

051 「どうして」

 どうして、生きたい人が生きられないのだろう。

 どうして、夢を追う人が最後まで辿り付けないんだろう。

 どうして、生きたいと願う人が先に消えてしまうんだろう。

 どうしてだろう。

 私のこのちっぽけな心臓は動いているのに。

 私のこの怠けた身体は這いつくばっているのに。

 私のこの心はどこかで諦めているのに。

 どうしてだろう。

 彼等の方が私よりも先に逝くのは、どうして。



052 「最期の咆哮」

 咆哮が上がった。

 雨が降る夜、濁流の中で咆哮は上がった。

 それが最期の声だった。

 咆哮はやがて濁流へと呑まれ、そうして静かに潰えた。

 傍らの者達は、軋む胸を掻き抱きながら慟哭した。

 それが獣の最期の夜だった。



053 「考えなければ」

 考えなければ。

 感情の濁流に流されて溺死する。

 考えなければ。

 愚かさの小波に耐えかねて溺死する。

 考えなければ。

 気力の大波に呑まれて溺死する。

 考えなければ。

 そうして時々、嗚咽しなければ、私は人間になり損なう。



054 「もう、」

 諦めたいと君が言う。

 諦めたいと。諦めたくないと。

 諦めたくないと君が言う。

 諦めたくないと。諦めたいと。

 諦められないのだと君が言う。

 捨てられないのだと君が言う。

 蝕むほどに手放せないのだと君が言う。

 君が言う。疲れてしまった、と。



055 「浮草を食む」

 浮草を食んだ。

 海に落ちれば浮草になると君が言うから、浮草を食んだ。

 身を投げれば浮草になると君が言ったから、浮草を食んだ。

 塩辛いそれを、到底食えぬそれを、食んで食んで、また食んで。

 そうして、そこには君が居ないと知った。

 幾ら食した所で君の考えはここにはない。



056 「思い付かない世界」

 何も思い付かない世界であったなら。

 そうすれば何にもきっと気が付かない。

 そうすれば何も思い出さない。

 そうすれば何も考えない。

 思い付くことなく、気が付くことなく、思い出す事無く、何も考えずに、静を貪れる。

 それはきっと幸せな事だと、呟いて、吐き気を覚えて私は吐瀉した。

 


057 「ごめんね」

 どうしようもない程、助けて欲しかった。

 どうしようもない程、救って欲しかった。

 ただ、それだけの話。

 ただ、臆病な私が乞うだけの話。

 ――私はあなたに殺して欲しかった。



058 「裂けた腹」

 生きている事が辛い。

 言えるわけがない。

 死ぬ事が怖い。

 言えるわけがない。

 言えるわけがない、を繰り返し、繰り返し繰り返し、繰り返して、そうして全てを飲み込んだ。

 ぶつり。

 私の腹は音を立てて裂けた。



059 「言葉を失った」

 言葉が思い浮かばなくなった私に何の価値があるだろう。

 言葉を溢せなくなった私に何の価値があるだろう。

 言葉によって、私は私を作っている。

 私の身体を型どる言葉は、けれども何時しか減っていった。

 私は言葉を思い付けない。私は言葉を溢せない。

 私は私を作れない。

 小さくなった身体で思う。

 言葉を失った私に価値は何れだけ有るのだろう。

 私の言葉しか知らぬ私は、私の価値を考える。

 答える言葉すら私は失った。



060 「だからあなたは生きている」

 あなたの事を何でも知っているはずだった。

 私はあなたで、あなたは私。私達は、私である筈だった。

 それなのにいつの間にか、私達は私達になってしまった。私とあなたになってしまった。

 きっともう、私達は私には戻れない。

 首の柔い肉が爪先に喰い込むのを何となく愛おしいと思う。

 反発の無い首は、唯々細かった。

 呼気の絶えた身体はすでに冷たくなり始めている。

 其処に横たわって居たのは私だった。動かなくなったのは私だった

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