切れ端
九十九
001 - 010
001 「ぽこぽこぽこ」
ぽこぽこぽこ。
水泡が帰す様な音が頭に響いた。あぁ頭が痛い、と少女は己の頭を強く抱え込む。
ぽこぽこぽこ。
まるで水泡が帰す様に頭の中身が外へと溶け出してしまいそうだった。少女は爪を立てて頭から中身が溶け出さないよう必死に抱え込む。
ぽこぽこぽこ。
其は何かの胎動だ。何かが頭の中に。
002 「赤錆びた少女」
心の箍が壊れた少女は虚ろな目で虚空を見つめている。
微動だにせずに唯座ったまま空を見上げる少女の眦にふと、どろりと何かが伝い落ちた。それは泥だ。赤錆びた泥。
ぽつりぽつりと少女へと降り注ぐ泥は、やがてその嵩を増していき、白い肌をそして虚ろな目を覆い隠す。
後には赤錆びた少女が一人。
003 「溺死」
少女は死と言う恐怖から顔を覆い嗚咽を溢します。
只ひたすらにか細い声で嗚咽を溢します。
何も見たくはないと指の隙間を固く塞いで、何も聞きたくはないと自らの嗚咽にだけ耳を傾けて、唯唯嗚咽を溢します。
そうして幾日か過ぎた頃、ふと少女の嗚咽が途切れました。
少女の固く塞いだ手のひらの中、溜まった涙が彼女を――。
004 「木こり」
私はしがない木こりである。日がな一日木を切り倒し続ける唯の木こりである。
ある日の事だ。私が何時もの様に木を切り倒しに森へと出掛けると大きな穴がぽっかりと空いていた。
人など数十人呑み込める程の大穴だ。勿論昨日まではそんな物無かった。
突如現れたその大穴が気になった私は覗き込みそして――。
005 「かちり」
かちり。
音がした。何かの嵌まる音だ。
かちり。
音は正面から、真横から、斜め後ろから、様々な場所から聞こえる。しかし何処か遠い
かちり。
また音がした。今度はすぐ近く、耳元で音が聞こえた。
かちり。
かちり。
かちり。
ぶちり。
私の首がぽんと跳ねた。
006 「かちこち、かちこち」
かちこち。かちこち。
音がする。時計の音だ。
音は単調に軽快に、部屋に木霊する。
ふと、その音に聞き入っていた私は思う。
遅くはないだろうか?
何故か聞き慣れたその音が妙に遅く感じた。今まで一度も感じた事の無い不思議な感覚に私は首を捻る。
かちこち。かちこち。
其は時計の音だろうか?
007 「夏と秋の境目に」
どうしようもなく捨て置かれた気持ちになる時がある。
鈴虫が鳴く蒸し暑い夜には特に鮮烈に現れるその気持ちを私は毎度持て余す。
今にも喚き出しそうな其に私は早々見ない振りを決め込んで手元のアルコールを煽った。
あの夏の中で幼いまま取り残されたままの私が隣で蹲っている。
私には其が見えない。
008 「初雪のようなまあろい其」
とても優しくて柔らかいまあろい愛を見ていました。温かくて何者も踏み込んでいない初雪の様なまあろい愛を私は見ていました。
泣きたくなる位綺麗な其に私はどうしようもなく羨ましくなって、そっと伸ばした手で初雪を踏み荒しました。
己とは違う色をしている思っていた其は同じ赤色を吐き出して――。
009 「ことこと、ことこと」
ことこと、ことこと。何かを煮込む音が部屋の奥で聞こえている。
ことこと。換気扇を回していないのだろう。部屋の中には湯気がゆったりと立ち込め、目の前がぼんやりと白む。
ことこと。規則的に鳴る音は部屋の中に立ち込めて棚や窓へと落ちた。
ことこと。私は丸い淵から崩れる私を覗いている。
010 「君を忘れた僕を」
君の名前すら忘れた僕を、君は愛してくれるのだろうか。
君の顔すら忘れた僕を、君は許してくれるのだろうか。
嗚呼、どうか憎んではくれないだろうか。どうか恨んではくれないだろうか。
それでもきっと優しい君は、憎む事も恨む事もせずに笑うのだ。
何て酷い話だろう。僕は君の特別になりたいのに。
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