第十一話「剣の悪女、セクサーヴィラン」
轟音をたてて、オウル号の機体が舞い上がる。
「オウルが!」
「一体誰が乗って………」
二人が言うより早く、オウル号がズオ!と加速し、セクサー向けて突っ込んでくる。
『聞こえるか涼子!』
「博士!」
『今すぐ合体を解除して、Cコマンダーをオウル号と合体させろ!』
「はぁ?!」
通信での博士の命令は、涼子にとってとても聞き入れられるものではなかった。
今この瞬間も、セクサーギャルはウゾーマの波状攻撃を受けている。
今分離するなんて、自殺行為でしかない。
「何言ってんだ博士!?今分離したら鬼性獣のいい的だぞ?!」
『奴等は空を舞う!陸戦用のセクサーギャルでは勝ち目はない!幸いオウル号は空中戦用の機体だ!』
「でもオウル号だって誰が乗ってるか………!」
合体解除と同時にCコマンダーがウゾーマにやられるのでは。
そして何より、顔も知らぬ素人が乗っているであろうオウル号に光を任せられない。
二つの不安から、涼子は博士の命令に従えなかった。
だが。
「涼子さん、やりましょう!」
「光?!」
「Cコマンダーからも機体操作はできます、心配はいりません、操縦は僕がやります!」
涼子の心配に対し、光はやる気でいた。
これでは、涼子も反論はできない。
『ラッキースター小隊のフラッシュ弾で鬼性獣の視角を奪い、その隙に分離する!カウント5秒前!』
フラッシュ弾の光で視角を失わないよう、自機の遮光フィルターを下ろす涼子と光。
『5、4、3………』
そして、オウル号の中で静かに時を待つ準。
コックピットの遮光フィルターが下ろされた向こうで、その口元がわずかに持ち上がった。
何か企んでいるかのように。
そして。
『2、1!』
カウント、0。
「よいしゃあ!行くよ!」
瞬間、ウゾーマ達を囲むように展開していたラッキースター小隊の四機が、手にしたミサイルランチャーを放つ。
四方から飛来したミサイルはウゾーマ達の丁度上空に向かい、空中で爆発。
目映い光を放った。
………KII?!
瞬間、閃光がウゾーマの視界を焼く。
目を潰され悶えるウゾーマ。
「よし!今だ光!」
「ユナイテッド・オフッ!」
ウゾーマの波状攻撃から解放されたセクサーギャルが、分離してCコマンダーとサーバル号の状態となり、空に飛び立つ。
遮光フィルターを解除し、あとは自動操縦でオウル号と合体する。
………はずだった。
「………え?」
光が異変に気付いた。
オウル号の自動操縦がいつまでたってもONにならないのだ。
「オウル号がオートになってない………うわあっ!?」
Cコマンダーが、突然弾き飛ばされたかのように空に舞い上がった。
光が何も操作していないのに、だ。
「光?!どうしたんだ!」
『Cコマンダーが勝手に………!』
「勝手にって、どういう………」
涼子はハッとなった。
この状況で自動操縦システムを掌握し、研究所の五月雨博士以外にCコマンダーをコントロール下に置ける者がいるとしたら………。
「まさか………オウル号ッ!!」
そのまさかである。
信じられない話ではあるが、準は上空で待機している間にCコマンダーのシステムにハッキングをかけ、操縦システムを支配下に置いたのだ。
IQ200の脳が、ゼリンツ線により活性化し、フル機能で稼働している為にできた芸当だ。
「………ユナイテッド・フォーメーション」
準がボソリと呟くと、Cコマンダーのジョイントが展開し、合体形態となる。
「が、合体する?!」
驚く光の目に飛び込んでくるのは、同じく合体形態で飛び込んでくるオウル号。
「チェンジ、セクサー………」
準の不気味な声と共に、二体のマシンがぶつかり合い、その姿を変える。
「………ヴィランッッ!!」
目を見開き、準が吠えた。
ガシャン。
オウル号とCコマンダーが重なりあい、接続される。
「ひぎっ!?」
瞬間、まるで電流のように準の身体に快感が走る。
膨れ上がったゼリンツ線により与えられた感覚は、その育ち故に準が知る事のなかった、女の喜び。
「ああ………これっ………この感覚は………」
じわりと、衝撃の次に気持ちよさが広がる。
それは、草原を駆けるように爽やかで、また朝のココアのように暖かかった。
「………クセになりそう♡」
頬を赤らめ、運動を終えたかのような準から、甘い吐息が漏れた。
………………
ズンッ!
ビルの上に、合体を終えたセクサーロボが降り立つ。
足元のウゾーマ達を見下すように。
KIKIKIKI?!
KUKKKK………!
ようやく、視力が回復したウゾーマ達がざわめき出す。
ビルの上にスッと降り立ったその姿を前に、困惑しているようだ。
当然だ。
自分達が今まで攻撃していたセクサーギャルが消え、代わりにこの機体が現れたのだから。
太く逞しいセクサーギャルと比べ、細く、より女性的なシルエットが目を引く。
力強い黒とうって変わっての、紫を基調とした各部に刺を持ったボディ。
そして額にツノのようにフェイスガードをつけた頭には、銀色の長い髪と、人間のような鼻と唇を持ったマスク。
見たこともないセクサーロボがそこにいた。
余裕そうにウゾーマを見下ろしているが、ウゾーマの中にいるスティンクホー達は事前に知らされて知っていた。
こいつが、「初合体時のワイズマン現象で動けない」という事に。
KIAAAAA!!
好機械とばかりに、六体のウゾーマが飛翔する。
ターゲットは、あの紫のセクサーただ一つ。
「やべっ!」
咄嗟に、涼子がサーバル号で援護に向かわんとする。
が、それよりも早くウゾーマが紫のセクサーを取り囲み、その爪を殺到させた。
「………セクサーシャドウ」
KIIIII?!
KIKAA!?
しかし、紫のセクサーに飛びかかったウゾーマ達は、次の瞬間互いにぶつかり合った。
先程までここにいたはずの紫のセクサーが、姿を消していたからだ。
KIKIKI?!
KIKAA!!
どこに行った?どこに消えた?と周りを見渡すウゾーマ達。
『………それだけのスピード、避けるなんて造作もないわ』
突如、頭上から響く声。
そこに居たのは、消えたはずの紫のセクサー。
ウゾーマの攻撃を超スピードで回避し、後頭部から延びた髪………「キューティクルバーニア」によって空中を舞う姿。
「………揃いも揃って、お間抜けさんねぇ?」
コックピットに座る準が、眼鏡を外し、髪をほどく。
その表情は加虐に興奮を感じる悪女のそれがごとく、歪んだ笑みに染まっていた。
「………お姉さん?」
「ふふふ、ふ………!」
戸惑う光を他所に、若干演技がかった口調で、準は言い放った。
「相手をしてあげるわ、この“ノース”と、その新たなる下僕………“セクサーヴィラン”がね!!」
両手から金に輝く刃「ヴィランソード」を展開し、鳥のように大空をゆく紫のセクサー、「セクサーヴィラン」がウゾーマ向けて飛びかかった!
………………
「五月雨ちゃん、これは………」
「ウム………」
五月雨研究所のモニターに映るのは、六体のウゾーマ相手に壮絶な空中戦を展開するセクサーヴィラン。
元々空中戦のために設計された本機だが、それを差し置いても鬼性獣六体を相手にかなり有利に戦闘を運んでいる。
教育コンピューターがあるとはいえ、とても初めてセクサーに乗る者の動きではない。
「………恐らく、プラシーボ効果だろう」
「プラシーボ効果ぁ?」
「彼女は自分に“自分はその「ノース」というキャラクターそのものである”という強い自己暗示をかける事で、あそこまでの力を発揮しているのだろう」
五月雨の言う通り、準はもぎたて!ラブピュアのノースの口調を真似ている。
まるでごっこ遊びをする女児のように。
「………だが、これは危険だぞ」
一見すると戦況を有利に進めてはいる。
が、五月雨の表情は、何かを危惧しているように不安げであった。
………………
KIAAAAA!!
ウゾーマ達が、胴体の機械部からビームを放った。
対するセクサーヴィランは、それを紙一重で避けてゆく。
「遅い、まったく遅いわぁ………!」
次の瞬間、ヴィランソードに亀裂が走る。
否、ヴィランソードは分離・展開し、ワイヤーに刃のついた剣の鞭となったのだ。
「バイパーウィップ!」
セクサーヴィランが剣の鞭「バイパーウィップ」を、まるで新体操のリボンのように振り回した。
刃の乱舞が、ウゾーマの目を、鼻を、耳を切り裂く。
KIIIII!?
KIAAAAA!!
二体のウゾーマが落下するも、残りの四体は牙を剥いて再びセクサーヴィランに四方から迫る。
「そう来るか………それなら!」
セクサーヴィランの額のフェイスガードが下にスライドし、セクサーヴィランの両面を覆う。
同時に、両胸、両肩、両ももに生えたトゲが伸び、放電のようにゼリンツ線エネルギーを放出し始めた。
そして。
「セクサープラズマァァァァッ!!」
トゲを基部に放出される、稲妻状のゼリンツ線エネルギーの目映い光。
広範囲の敵をまとめて攻撃するセクサーヴィランの必殺兵器「セクサープラズマ」だ。
四方に放たれたそれは六体のウゾーマに降り注ぎ、その身体を、機械部分を焼き尽くす。
KIAAAAAAAA?!?!
ウゾーマは何が起こったかも理解できぬまま、なす術もなくセクサープラズマにより回路をショートさせられる。
間もなく、耐えられなくなった六体のウゾーマは次々にドワォ!ズワォ!と爆発してゆく。
十秒もしないうちに、そこには六体のウゾーマの亡骸が転がった。
「………やった、のか?」
セクサープラズマの放出が終わり、セクサーヴィランが大地に降り立つ。
「えっと………すごいですね!始めての操縦で、ここまでやれるなんて!」
あまりにも凄まじい戦いぶりに若干引きながらも、間を持たせようと、光がオウル号の準に話しかけた。
しかし、準の方からは何も帰ってこない。
準は、セクサーヴィランの前に転がるウゾーマの生首を、ただじっと見つめている。
モニター越しに、無造作に転がるウゾーマの生首を。
「………あの………」
返答を返さない準に、光が再び通信を入れた、直後である。
ズワーッ!!
突如、セクサーヴィランが展開したままのヴィランソードでウゾーマの生首を突き刺した。
「えっ?!」
驚愕する光の眼前で、ヴィランソードが何度もウゾーマの生首に叩きつけられ、魚の叩きのようにズタズタにしてゆく。
「………キヒ、ヒヒヒ!」
準の口元が、ニィィと歪む。
直後、フェイスガードを下げたままのセクサーヴィランの目が妖しく光ったかと思うと、
キューティクルバーニアから火を吹かせ、走り出した。
「わああ!?」
「あいつ?!」
「きゃはははははは!!」
驚愕する光と涼子を他所に、ケタケタと笑いながらセクサーヴィランを爆走させる準。
その先には、なんと丸山社のビルが。
「うわああ!」
「こっちに来たぞ!」
避難はまだ完了しておらず、あの中にはまだ大勢の社員が残されていた。
「ひいい!?来るな!来るな!」
………そして、件の上司も。
準は、充満したゼリンツ線と自分をノースであると思い込むプラシーボ効果によってあそこまでの力を発揮した。
しかし、それを長く続けたが為に、自分の内に長い間閉じ込めていた少女性と狂暴性が一気に放出される事となり、この通りの暴走状態になってしまったのだ。
「ざっけんじゃねえ!おい止まれ!止まれってんだよ!聞こえねーのか!!」
「きゃはははははは!!!」
涼子がいくら吠えた所で、準の耳には最早届かない。
今準の頭にあるのは、目の前にある自分を苦しめた会社を破壊する事。
「よくもぉ!!よくもよくもよくも私をコケにしてくれたわねぇぇ?!このノース様が今まで苦しめられたぶんキッチリお返ししてやるわアーハハハハ!!」
妄想と憎悪に頭を掻き回され、狂気の咆哮をあげる準。
操縦システムは準の手によりロックされ、外部はおろかCコマンダーからも、その暴走を止める事はできない。
「クソっ!あのイカれババアめ!」
毒づく涼子。
そこに。
「涼子さん!」
「光か!?」
「今から、僕が指定する通りに変形を行ってください!僕に考えがあります!」
「あはははは!………ん?」
準は、ふと眼前に、自分と丸山社ビルを挟むようにサーバル号が割り込んで来たのを見た。
「行くぜ………チェェンジッ!!」
サーバル号が単体でセクサーギャルへの変形を開始する。
しかし、Cコマンダーが無いため上半身だけで浮いているような、歪な姿。
「単体で私を押さえ込むつもりか!そんな物………!」
パワーはこちらが上。
準がサーバル号を蹴散らそうとした、その時。
「………あひぃぃぃっ?!」
突如、準に再び衝撃が走る。
それまでの狂気の笑みとは対照的に、目を見開き、足をガクガクと震えさせ、打ち付けられる快楽に感電したがごとく震えている。
そして、操縦桿を握る手が、緩んだ。
「今だぁぁ!!」
サーバル号のアームが向かってくるセクサーヴィランに取っ組み、バーニアを全力で吹かせた。
「と、ま、れぇぇぇぇぇ!!」
操る者が居なくなったセクサーヴィランは、土煙をあげながら前進しようとしたが、直にその動きを止めた。
丸山社ビルから、僅か10mでの出来事である。
………作戦はこうであった。
セクサーロボの合体時には、パイロット同士の欲求がゼリンツ線により高まり、双方に快感が与えられる。
光はこれを利用し、オウル号に向けて高濃度のゼリンツ線を送り込み、準に特大の快感をぶつけた。
その快感を前に、準は気絶。
その瞬間を狙い、変形したサーバル号で取り押さえたのだ。
………もっとも、送ったゼリンツ線は、常人では廃人になるレベル。
それででやっと気絶する準は何なんだ、という話だが。
「やるじゃねえか光、あんな方法でヴィランを抑えるなんてよ」
「ははは、それは………どう、も………」
しかし、同時に準も多量のゼリンツ線を浴びたが為に、もうフラフラ。
直に、肉体に疲労が帰ってきて、眠ってしまった。
「………さて、と」
改めて、涼子は眼前のセクサーヴィランを見つめる。
今このコックピットに座る女、準は自分が歯が立たなかったウゾーマを撃破しただけでなく、
今この通りの暴走を起こし、自分と光が必死になって止めた。
文字通りの、デンジャラス・ウーマンだ。
しかし、セクサーヴィランを動かした以上、彼女には素質があるという事であり………
「………マジでこいつと組むのかよ」
危険すぎる新しい仲間に苦笑し、涼子が呟く。
ビルの狭間には、動きを止めたセクサーヴィランが、眠るように鎮座していた………。
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