第五話「出現!謎の要塞五月雨研究所」

………王慢タワー。


東京某所に立つ、現政権を取った王慢党の本拠地とされる場所。

その地下200kmの場所に、そこはあった。

 

 

鎮座する、数十mのカプセル群の中で培養される怪物──鬼性獣たち。

その合間を歩く、一人の女。

 

神野恵(かみのめぐみ)。


王慢党党首にして、現日本の総理大臣を勤める壮年の女。

王慢党が政権をとった10年間、その首位を守り続けた政治家。

 

恵は、この鬼性獣培養工場の奥に王座のように佇む一際大きなカプセルの前に膝まづき、口を開いた。

 

「………報告いたします、五月雨のロボと思われる巨大ロボットが、先日我が鬼性獣を撃破いたしました」

『うむ』

 

そこにはカプセル以外何もない。

しかし、神野の声に答えるように、威厳のある女の──「女帝」のような声が、鬼性獣培養工場に響く。

 

「申し訳ありません、私がヤツの逃亡を許してしまったばかりに………!」

『よいのです、あの五月雨の行動は私にも想定外だったのです………まさか、あんな強大な戦力を手にしているとは』

 

頭を垂れる神野の顔には、どこか安堵した表情が見えた。

もしも、女帝が自分の失敗を許さなかったなら、どうなっていたか。

 

『ゼリンツ線は我々にとって驚異だ!早急に奴等の戦力を測らねばなりません!頼めますね?』

「ははぁ!」

 

神野が立ち上がる。

女帝に、自分にヤル気があるという事を見せるパフォーマンスのために。

 

「この神野、必ずしもその役目を果たしてみせましょう!ウーマン・シャイン!!」

 

王慢党のシュプレヒコールである「ウーマン・シャイン」の掛け声。

女性の輝かしい未来を意味するその言葉が、鬼性獣培養工場に不気味に響くのであった。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

その日、学校は先日スラム街に現れた謎の巨大怪獣、そしてそれを倒した謎のロボットの話題で持ちきりであった。

 

普段ドラマか恋話ぐらいしかしない女子も、女子の機嫌を損ねまいと気を使っているイケメンも、極力目立たないようにしているカースト下位の男子達も、皆あの二体の噂をしているのだ。

 

「結局あのロボットって何なの?」

「どっかの国が送り込んだんじゃね?」

「以外と日本の秘密兵器だったりして」

「弧種はカワイイから、怪獣に食われちゃうかもな」

「んもう!俊介くんったら………」

 

光は、あの時その場所にいた。

スラムに現れた巨大怪獣=鬼性獣の出現を間近で見たし、その鬼性獣に立ち向かった巨大ロボット=セクサーギャルのサブコックピットに座っていた。

 

しかし、今光は何もしない。

いつものように、自分の机を腰掛け代わりに使うイケメン男子を避けて、机に突っ伏しているだけだ。

 

彼がここで「あの時ロボットに乗っていたのは僕だ!」と名乗りをあげるほど気の強い男でなかった事もあるが、彼の中にある「迷い」が渦巻いていたからだ。

 

「………はぁ」

 

どうすればいい、どうしたらいい。

そんな思いを込めて、光は小さなため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

昨日の話だ。

 

スラムでのガシボとの戦いを終えた後、自動操縦モードに切り替わり、何処かを目指し飛んでいるCコマンダーとサーバル号。

その時、光はCコマンダーのコックピットに座っていた。

 

「ど、どこまで向かうんですか………?」

『もうすぐだ』

 

不安そうな光に入る、五月雨からの通信。

安心させるために言ったのだろうが、五月雨に言われたのでは余計に不安しか感じない。

 

『………おおっ?!』

 

先に、涼子が何かに気づいた。

 

「ど、どうしました?」

『光!見てみろよあれ!』

 

光の眼前、つまりはCコマンダーの進行方向。

先ほどまで何もなかったはずのそこに突如「ゆらぎ」が生じ、カメレオンが色を変えるかのように、それは現れた。

 

広大な六角形の塀の中にひしめく建造物群。

そしてその中心にシンボルのように立つ、サフランの花弁に似た巨大なパラボラアンテナを構えた司令塔。

見るに明らかな、人工の建築物だ。

 

『ようこそ、ここが我等の拠点………ゼリンツ線の、ゼリンツ線による、ゼリンツ線のための“五月雨研究所”だ』

 

得意気に言う五月雨。

研究所、というにはあまりにも強大すぎる、一個の街とも言えるような規模。

その光景に光と涼子はただただ呆然とするしかない。

 

そしてCコマンダーとサーバル号が五月雨研究所の中に入ると同時に、再び生じたゆらぎと共に、その姿が消える。

辺りには、それまでと変わらぬ静寂が広がった。




それぞれのマシンを降り、五月雨の後をついてゆく二人。

 

「(まさか………日本にこんな施設があったなんて………) 」

 

眼前に広がるSF映画のような光景に、キョロキョロと辺りを見回す光。

すると、ガラス張りになった窓の外に広がる光景に気づいた。

格納庫だ。

 

「………あっ!」

 

そこでは、先ほどまで自分が乗っていたCコマンダーが、サーバル号と共に整備を受けていた。

共に戦った四機のケーオンもメンテナンスを受けており、その前でパイロットらしき四人の人影が話をしていた。

 

………一人は、一番背の低いアホ毛の立った茶髪の少女。メガネをかけている。


………一人は、長い黒髪をツインテールにしているツリ目の少女。ザ・ツンデレと言った感じ。


………一人は、頭にリボンをつけたボブカットの少女。上のツンデレの妹だろうか。


………一人は、ハニーブロンドの長髪をした、おしとやかな少女。お嬢様のような風貌だ。

 

「(あんな女の子が乗ってたんだ………)」

 

光が見ているのに気づいたのか、アホ毛の少女が光に向けて手を振る。

 

「あっ………ははは」

 

光も、少し照れて手を振り返すのであった。

 

 

 

「誰に手ぇ振ってんのよ」

「私のファン?候補だよテンドン」

「人を変身ヒーローみたいに言うな」

「それは天道だね」

「私の名前だよ!」

 

展望橋から自分達を見ていた少年に関する話題を咲かせる二人の少女。

アホ毛にメガネのラッキースター隊隊長「紅(くれない)ヒナタ」の飄々とした態度に、ツンデレツインテの「 天道加々美(てんどう・かがみ) 」が突っ込む。

 

「まあまあお姉ちゃん、これでも私たちの隊長なんだから………」

「こんなのが隊長だから不安なのよ!まったく………」

 

それに対して加々美の妹である「天道司(てんどう・つかさ)」が宥めて、

 

「皆さん疲れたでしょう?私の部屋でお茶会とまいりましょうか♪」

「お、いいねぇ!」

「流石は野上さん!」

 

最後に「野上美郷(のがみ・みさと)」のお嬢様スキルでオチがつく。

 

そして、仕事の後のお茶会に向かう四人の美少女達。

一見すると、部活帰りの女子のようにも見える。


しかしここは、命を懸けた戦いの最前線。

そこであの精神状態を保っている彼女達がすごいのか。

はたまた、既に心が壊れているのか………。

 

 

 

五月雨の後についていき、たどり着いたのは応接間。

机を挟んで二つのソファがある、典型的な応接間。

 

不安そうな光に気づいたのか、光を守るように涼子が前に出て、向かい側のソファに座る五月雨に言う。

 

「単刀直入に言わせてもらおう、あんたら何者だ?そして何と戦っている?アタシ達に何をさせたい?」

 

涼子の質問に対し、五月雨は少し考えるように黙り混む。

そして間を置いてから、口を開いた。

 

「それについて話すには、まず我々が発見した“ゼリンツ線”について話さなければなるまい」

 

直の答えが出なかった事に涼子は顔をしかめるが、ここは黙って聞く事にしたようだ。

 

「今より15年前………そう、まだ王慢党が政権を取る以前の話だ」

 

過ぎ去った過去を、遠い昔を語る老人のように、五月雨は話し続けた………。

 

 

 

………15年前。

 

当時五月雨は、宇宙開発局に所属している新米の科学者で、月面開発プロジェクトに参加していた。

 

そして月面に試作された基地で、ある宇宙線を発見した。

 

「生命に生殖を催させ、近くに番(つがい)を置く事でそのエネルギーを増大させる宇宙線………俺はそれに“ゼリンツ線”という名前をつけた」

 

それから、五月雨はゼリンツ線の研究に没頭した。

生物が近くにいるだけでそのエネルギー量を増やす、宇宙から無尽蔵に降り注ぐエネルギー。

 

その研究の仮定で様々な事が解ってきた。

 

太古の昔、地球生命の源と呼ぶべき水とタンパク質に命を授けたのが、宇宙から多量に降り注いだゼリンツ線であった事。

その後周期的に降り注いだゼリンツ線により、最も効率的な繁殖システムとして雄雌が生まれた事。

 

五月雨はゼリンツ線に未来を見た。

次世代エネルギーとしてだけでなく、人類という種の進む輝かしい未来を。

 

「………ようやく、ゼリンツ線の研究が軌道に乗り始めた、その矢先だった」

 

ゼリンツ線発見より5年。突如としてゼリンツ線の研究はストップする事となった。


王慢党が当選してから最初に始めた政策である事業仕分け、その煽りを受けた。

国からの研究予算が、打ち切られてしまったのだ。

 

「納得がいかなかったよ、人類種の未来にも関わるかもしれん大発見を棒に振れというのだからね」

 

いくら抗議しようと、当時王慢党の事業仕分けを推し進めたレン・ポーは「そんな研究で1位になる必要があるんですか、2位でいいじゃないですか」と全く聞き入れなかった。

 

それでも、五月雨は諦めなかった。

自分のコネクションを活かしたり、趣味の模型等のアピールで寄付金を募る等して、なんとか研究を存続させようとした。


だが。

 

王慢党が次に行った政策として有名な「表現規制」。

女性にとって不快な表現を規制するこの政策が、あろう事かゼリンツ線研究に止めを刺す事となった。

 

「生殖を催させ、近くに男女がいればエネルギーを増大させるゼリンツ線は、公共の場に相応しくない下品な表現なんだと連中は言った」

 

単なるエネルギーであるゼリンツ線に表現も糞もないだろう。

そう五月雨が抗議した所でどうにもならなかった。

 

アダルトビデオや美少女ゲームのような「女性の敵」に認定された五月雨は、叩くに叩かれ、社会的に抹殺された………………。

 

 

 

「そんな事が………」

「ひでぇ………」

 

王慢党の横暴はそんな所にまで及んだのか、と、肝を冷やす二人。

 

「………だが、不自然だとは思わんか?」

 

しかし、五月雨の話はまだ終わっていない。

むしろ、ここからが本番だと言っているようだ。

 

「考えてもみろ、エネルギーであるゼリンツ線に、健全も不健全もない、事業仕分けで予算を減らすぐらいが限界のはず、それを何故、表現規制まで引っ張り出してきてまで止めたのか………」

 

王慢党の横暴っぷりを知っていた二人だから気付かなかったが、言われてみれば表現規制でエネルギー研究を止めるなんて無理矢理にも程がある。

何故そこまでして、ゼリンツ線の研究を止めたかったのか。

 

「その答えがこれだ………毒島くん」

「はいは~い」

 

そこに、あの時の白衣の美少女………五月雨研究所の兵器開発担当の「毒島(ぶすじま)」が、よく高級レストランで使われるワゴンに何かを乗せてやってきた。

 

「これは………?!」

 

ワゴンの上に乗っていたのは透明な 箱。

そして、その中にある、氷漬けにされた丸い物体。

 

涼子は、それに見覚えがあった。

 

あの時、恋愛部員の身体から這い出てガシボと一体化した「何か」。

その「何か」が、氷漬けにされて今ここにあった。

 

「おいおっさん!なんでこれがここに………!」

「察しがよくて助かった、そう、こいつが俺達が戦ってる“敵”だ、もっとも、これは既に死んだ個体を使った標本だがね」

 

それでも、氷漬けにして特殊ガラスで覆っているのは、この五月雨という男の用心深さからか。

 

「こいつ………我々は便宜上“スティンクホー”と呼んでいる」

 

スティンクホー。


海外のスラングの一つで、日本語に訳すと意味は「あばずれ」。

憑依していた恋愛部員は、あばずれとまではいかないが、確かに「そちら側」の存在ではある。

 

「奴等について解っていることは、遺伝子が地球上の生物と一致しない事」

 

当然だ、こんな生物が地球上にいてたまるか。

 

「人体と同化して取り込む事ができる事………とくに若くて考えの軽い女を好んで取り込む事………同化初期の状態なら、罵声等でストレスを与えれば体内で死滅する事………」

 

だから、あの時五月雨は恋愛部員を罵倒………もとい論破したのだろう。

しかし、あの時スティンクホーを吐き出した恋愛部員が未だ目を覚ましていない事を見ると、同化が進むとそうでもないようだ。

 

「戦闘用の肉体たる鬼性獣を造りだし、それを制御・運用する科学技術を持っている事………ゼリンツ線を弱点としている事、そして………………」

 

ここまで言って、五月雨は口を閉じた。

言えばいいのか、悩んでいるようだった。


………光はこの時五月雨が何を言いたかったか察していた。

涼子も、解っていた。

 

不可解な理由でゼリンツ線の研究を打ち切られ、そのゼリンツ線を弱点とする、地球外生命と思われるスティンクホー。

ここから示し出される答えは明確だ。

 

しかし、それは彼等にとってとても恐ろしい真実である。

だから、予想が外れる事を祈った。

 

だが。

 

 

「………現在の王慢党の背後には、このスティンクホーがいる、という事だ」

 

 

五月雨の口からでたのは、二人の願いを裏切る結果だった。

今の日本が、スティンクホーの支配下にあるという。

 

「そんな………?!」

「マジかよ!?」

 

驚く二人。

 

自分達の住んでいる国が、実は宇宙人に支配されていたなど、普通ならたちの悪い冗談か妄言で済まされる話だ。

 

しかし、彼等は実際に人間の身体から這い出てきたスティンクホーが、鬼性獣ガシボと一体化する場面に遭遇している。


並びに、それまでの王慢党の横暴と急成長を考えれば、五月雨の言う事にも辻褄が合う。


政策によって女性に優しすぎる国に慣れた頭の軽い女性=自分達の隠れ蓑を増そうとしているのだ。

 

「私も驚いたよ、まさか知らぬうちに国が宇宙人に乗っ取られていたとはな………」

 

手元に置かれたお茶を一口飲み、五月雨は話を続けた。

 

「………それから私は、極秘裏にスティンクホーに対抗するためのレジスタンスを結成した………王慢党に辛酸を舐めさせられた者は少なくなかったからな、同志は思いの外早く集まったよ」

 

五月雨の隣で、毒島がニコっと笑う。

彼女も、王慢党により職を追われた人間の一人なのだ。

 

………もっとも、平和主義国家の日本で、ほぼ趣味で殺人兵器の研究をしようとする彼女は、

女性優先優遇の王慢党が政権を取ってなければ、職を追われるでは済まなかっただろうが。

 

「そして私は手にいれた、スティンクホーに対抗するための力を!最高のゼリンツ線エンジンたるセクサー炉心を心臓に持ち、Cコマンダーと三機のヒロイジェッターにより構成される、最高のゼリンツ線応用メカニズムにして、人類種の持てる最高の戦闘兵機………」

 

不敵に笑い、五月雨が言う。

彼と毒島が産み出した、究極の兵器の名を。

 

先ほどまで二人が操縦し、ガシボを………スティンクホーを撃滅した、一体の鋼鉄の巨神の名を。

 

 

 

「………“セクサーロボ”をな!!」 

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