働くお父さん


おれはもぐもぐした

パンをだ

そいつをもぐもぐしたのだった

味はしなかった

何も付けるものが無いのだ

噛めば噛むほど死にたくなってきた

嫁はまだ寝ていた

がーがー音を立てていた

最新式の掃除機みたいだった

今は出勤前

息子はおれのことを「おいそこのじじい」と呼ぶ

おれはいつからそのような存在になったのだろう?

冷蔵庫を何度も開けたり閉めたりしてみたがやはりパンに塗るジャムが無かった

「ジャムぐらい買っとけよな!」

ペットのチワワに向かって怒りを撒き散らした

他に意見、出来る者が家の中にいないのだ

チワワにふくらはぎを噛まれた

「いてー!」

絆創膏をぐるぐる巻きにして何とか致命傷だけは免れることが出来た

さあ、出勤だ

ちらりと覗いた息子のシューズは一万円

おれの靴は合皮で八百円

駅に向かう途中の自動販売機で珈琲を購入した

ごとんっ

見上げた空

それを見つめるおれの尻が割れている

(一体、いつから割れているのだろう………?)

わからない

だが無許可で勝手に割れている

ある日とんでもない巨悪によって割られたのだ

取り返しはつかない

いつか間違えた選択肢の代償を支払わなくてはならない

この世界には希望なんて無い

あるのはそれにとてもよく似たものだけ

代用品だけ

本当のことを誰も言わないのは何か理由があるのか?


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