PROLOGUE


 そのワンピースの色を訊いたら、彼は「グレージュ」と答えた。

 グレーとベージュを混ぜた、大人の色。

 そんな色のワンピースは、切り返しのないストンとしたライン。裾には控えめに白い花弁が散り、カッコよさの中にもかわいらしさを覗かせる。

 フォーマルすぎず、でもカジュアルすぎない、ちょっとだけ違う自分になれるような一着。

 彼がそれを選んでくれたのは、まさにどん底のまっただ中だった。


 別に、これまでの人生が順風満帆だったと手放しで言いたいわけじゃない。

 特別不幸だったと言うつもりはないけど、どちらかといえば、人生なんてうまくいかないことの方が多いってことくらいは、二十数年の人生で学んできたつもりだ。

 それでも、仕事も住む家もなくなって、色んなことがうまくいかず、私は何をやってるんだろうと思った、そんなとき。

 彼がその一着を選んでくれた。

 私のための特別な一着。

 毎日の楽しいを思い出すための一着。


 ――そして気がつけば。

 私もその一着を、誰かに届ける側に回りたいと思うようになっていたのだ。

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