第十二話/後 〈花の都〉


 ジェイドを追って劇場の外まで来たイッサだったが、植え込みの陰に入られたのか見失ってしまった。

「あれ? どこ行ったんだろう……」

 きょろきょろと見回してみるが、死角が多く見当がつかない。

 すると空に鼻を向けていたイズイドが、

「ナオ」

 付いてこいと言っているようだったのであとを追うと、植え込みの陰でジェイドが小さくなっていた。

「見つけた」

「…………」

「隣、座ってもいい?」

「……好きにすれば」

 イッサは植え込みの間から通り抜け、ジェイドの隣に腰掛けた。

 するとイッサの反対隣りにイズイドもやって来た。

「!?」

 ジェイドは驚いてイッサの方へ身を引いた。舞台裏ではハドの方を気にしていたが、イズイドのことも平気ではないようだ。じっと見つめて警戒している。

「イズイド、ジェイドくん怖がってるから伏せてあげて」

「ちょっと! そこは離れるように言ってよ……!」ジェイドはイズイドを刺激しないようにか小声だ。

「君が逃げないようにしてくれてるのかなぁと思って。怖くないって否定はしないんだね」

「逃げないし、怖いとも言ってないでしょ」

 そこでイズイドが寝そべった。

「……お兄さんの言うことも聞くんだね」

「しぶしぶだと思うけどね」

「……触っても平気かな?」

「そ、それはなにかあってもどうにもできないから触らないでもらえると……!」

「お兄さんって気が小さいよね」

「うっ……よ、よく言われる……」

 ほんの少し間を置いて、

「……ジェイドくんはさ、声変わりしちゃうこと、気にしてるの……?」

「僕は気にしてない」

「え、そうなの?」

「だってこの僕だよ? 声変わりしても絶対いい声に決まってるじゃん」

(おー自信家)

「……だけど、ファシーナトのみんなは気にしてる……」

「どうして? ユミエラさんたちそんな風に言ってなかったよ?」

 ジェイドは首を横に振った。

「聞いたんだ。ジャック――ジェイドの声変わりはもういつ来てもおかしくない。あの話は伝えるべきかって、みんなが話してたの。あの話って、引退か休業以外の他になにかある? いつかは変わってしまうボーイソプラノに神秘性や価値を見出すが多いことは知ってる。そりゃただ歌の上手いおとなとボーイソプラノとだったらボーイソプラノの方を聴いてみようって思うよね、だからおとなとボーイソプラノならボーイソプラノの方を採る。だけどそのボーイソプラノがおとなになっちゃったら、多少歌が劣っても性格のいい方を採ろうって思うでしょ? 個徒ことでやってるわけじゃないんだから、僕だってそれくらいわかるよ」

「……俺は詳しくないから、そのボーイソプラノってのにどれくらいの魅力があるのかわからないけど、君の歌には本当に感動したんだ。きれいな声とか、上手いなって思う歌とかは今までにも聴いたことがあったけど、ジェイドくんの歌は……なんていうか、感情があふれてくるんだ。自分ではどうしようもないくらい。ジェイドくんの歌の一番の魅力ってそこなんじゃないかな?」

「…………」

「それってあまのじゃくなくらいじゃ代えようとなんて思わない強みだと思うんだけど……どうなのかな?」

「……わかった風な口きかないでよね」

 そう言うジェイドの顔は、生意気な笑みを浮かべていた。

「…………」

 その表情に、イッサも笑みを向けた。


「――ジェイドの歌の凄いところは感動させるところ。これは上手く歌うことより難しく、得がたい物よ。それはあの子の声が変わってもきっと変わることはない。だけど、今の声が魅力的なこともまた確か。記録したものを残せたとしても、それを広く行き渡らせることは難しいでしょう? 今のままじゃ団員か劇場に足を運んでくれた徒たちしかあの子の歌を聴いた徒はいないことになるわ。それがすっ…………ごく! 悔しいの。あんなに素晴らしい歌なのよ? メシエ一――歴史上でも一番なんじゃない!? って思ってるわ! あたしはうちの子すごいでしょう? って、メシエ中の徒に自慢してやりたいのよ! 今までは幼学処ようがくしょもあったし、さすがにひとりで行かせるのはってジェイドにも言えなかったんだけど、守護者である【レオ】に同行する形でならって思ったの……」

「一番ってのは言い過ぎ――って言いたいところだけど、わたしたちにとってジェイドの歌が一番ってのは事実よ。ユミエラの言ったことがおおむね、団員の総意ってわけ」

「じゃあ、さっきのは完全にあの子の誤解なんだ」

「ええ」

「あーん! 自信しかないような子だから自分がお払い箱にされるなんて発想持ってないと思ってたのに……っ」

「ジェイドが戻って来たらちゃんとわたしたちの気持ちを伝えましょう。ただ、なにより大切なのはジェイドの気持ちよ」

「ええ、そうね……」

 と、アチキはこそとハドに顔を寄せ、

「ねぇ、さっきからこっち側の事情がまったく出てないんだけど、実際あの子が行くって言ったら同行させられるわけ?」

「正式に仕事として依頼されればそうなると思いますが、マスター次第ですね」


「ところであまのじゃくってなに? 僕はちょっと物言いがきついだけだよ」

(きつい自覚はあるんだな)

「だってジェイドくん、フラウア=ピョッジャさんのこと好きなんでしょ?」

「はぁ!? なにをどうとらえたらそういう考えになるの!?」

「いや、なんとなくなんだけど、彼女がハドさんのこと怖がってたとき安心させようとしてたみたいだったし、【レオ】に付いていったらって彼女に言われたのが一番傷ついたみたいだったし……好きな子には素直になれないあれなのかなって」

「なんとなくのわりにずいぶん具体的だね。抜けてるような顔して意外と目ざといんだねおに……もう「お兄さん」なんて敬称で呼びたくなくなっちゃった。まだ名前聞いてなかったよね、呼び捨てにするから教えてよ」

「イッサだよ。イッサ・フォレスト。君が呼び捨てにするなら俺もジェイドって呼ぶよ」

「ふんっ。いい? イッサ。僕は指摘されてまで自分の気持ちを否定するような子どもじゃないから認めるけど、他の徒に言いふらしたりはしないでよ?」

「俺も言いふらしたりする子どもじゃありません。あ、口止めするならイズイドにもしといたほうがいいかも。ハドさんとは会話できちゃうみたいだから」

 ジェイドはイズイドの方を振り向いて、「君も内緒にしてよね!」

 イズイドは閉じていたまぶたを片方だけ開け、ジェイドを一瞥いちべつすると顔を反対へ背けた。

「これは言っちゃうかも……」

「やめてよ! 自身にも言うつもりないんだから!」

「そうなの?」

「……僕がネクロムってことはわかってるよね?」

「うん」

「僕はヒューマンで向こうはエルフ。歳は近いから僕がたとえ大往生して亡くなったとしても向こうはその何倍も生きるんだよ。そのあいだ誰とも付き合わない可能性って低いでしょ? 同族同士だったら子どもっていう絆が残せるけどそれもできないし。これがネクロムでなかったら生まれ変わってまた出会うってこともできるけど、僕は死んだら大気のちりにすらなれずこの世から消えちゃって、フラウアは僕の生まれ変わりでもなんでもない男と付き合うんだよ。そんなのだね。僕は奥さんになる徒にはせめてその徒がその徒である限り、僕だけの奥さんでいてほしいし、僕だけに恋していてほしい。だけどフラウアを好きになっちゃたから、無理に気持ちを消すようなことはしないけど、今はどうする気もな……ちょっと、なんで顔隠してるの?」

「ごめん……あまりにピュアな恋バナに恥ずかしくなって……」

「っ……僕は悲観を込めて言ったつもりなんだけど……」

「ジェイド自身のことだから、俺はとやかく言えないけど、ジェイドの奥さんになる徒は幸せだと思うよ」


 他の団員たちの口からも聞いた方がいいだろうとのユミエラたちの考えで、舞台裏にはファシーナトの団員が集まっていた。神妙な面持ちでジェイドの帰りを待っている。

 しばらくして、イッサとイズイド、そしてジェイドが戻ってきた。

 その姿を認めてすぐさまユミエラは進み出て、少しだけジェイドに近寄った。

「ジェイドあの、さっきは性急すぎたわ、ごめんなさい……。ジェイドが行きたくないっていうなら無理強いはしないわ。でもあたしたちもっと多くの徒にジェイドの歌を聴いてもらえたらってそれだけなの……」

 イグノーシスに背を押され、おずと、フラウアも前に出た。

「わたしもジェイドはいじわるばっかり言ってくるけど、歌は大好きだよ。尊敬もしてる。しばらくジェイドの歌が聴けなくなったら淋しいけど、でも気持ちはユミエラさんたちと同――」

「行くよ」

「――――」

「僕、行ってくるよ」ジェイドはいつもの生意気そうな笑みを浮かべ、「お客さんが減っても知らないからね」

「ジェイド~~っ」

 相好そうごうを崩し、涙を浮かべたユミエラを筆頭に団員たちはジェイドの元へ駆け出した。

「わぁあ!?」

 何十徒もが一同に押し寄せてくるので多少の恐怖を感じ、ジェイドは声を上げた。

 仲間たちが一斉に抱きしめてきておしくらまんじゅう状態だ。

「ジェイド大好きだぞー」「さみしくないわけじゃないんだからねっ」「わたしたちじゃないんだから、【レオ】の徒には愛想よくするのよっ」などなど、各々が声を掛けている。

 一方、【レオ】の面々と合流したイッサは、

「イッサすごいじゃん。どうやって説得したの?」

「いや説得っていうか…………三徒の秘密かな」

 イッサが視線を送ると、イズイドは「まあね」という顔をした。

 ぎゅうぎゅう抱き寄せられているジェイドは少し苦しそうな表情をしていたが、やがて、少し照れたような笑顔になった。

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