第三章 入団試験
第十話/前 入団試験
「イッサ・フォレスト不合格」
「………………へ?」
1
「――って夢を見たんだ」
入団試験当日の朝。イッサはアチキと共に試験場へ向かって歩いていた。
「イッサは心配性ねー。まあ、あたしも緊張はしてるけどさ」
「え、全然そんな風に見えないけど」
「緊張はしてるけど心配はしてないのよ。わかる?」
「……わかんない。その自信がどこからくるのかが」
アチキがイッサの頭をぐりぐりしていると、
「アチキ、イッサ」
振り向くと、ガーディ本部・東門で藍色の髪の少女――ハドがふたりを待っていた。
「ハドおはよう。あっ、制服じゃない」
ハドはオールメーラの制服ではなく、カーキを基調としたパンツルックだ。左腕の
「まだ寮は出ていませんが、オールメーラは卒業したので」
(制服以外の
初めて見るハドの恰好に、イッサはひっそりキュンとした。
「じゃあ、行きましょうか」
三
馬車はイースト地区を横断し、ラサラス大陸に入った。西に
馬車を降りると、そこではひとりの老夫とフードを
ハドがその元に駆けていき、挨拶をするとあとから来たふたりに老夫を示し言った。
「紹介します。【レオ】のマスターのクラウド・フェニング氏です」
「は、はじめまして、イッサ・フォレストです。この度はよろしくお願いします……っ」
「アチキ・スペーシルドです。よろしくお願いします」
「ん」
「…………」
「…………」
「……マスター、試験の説明を」
「ああ、俺がするのか」
(まさか
(――てないない! ……ないと、思う……)
アチキ、イッサが心中で会話らしきものを交わすと、クラウドはくすんだピンク色の頭を掻いて、めんどくさそうに説明を始めた。
「あー、おまえたちにはこれからこの森に入って、オールドラゴンの
「はい質問」とアチキが挙手した。「この森って三日じゃ通り抜けられないくらい広いと思うんだけど、ドラゴンのいる大体の場所とか教えてもらえるんですか?」
「それに関してはガイドを付ける」
すると、クラウドの傍に控えていた男が進み出てきた。男がフードを脱ぎ去るとアチキとイッサの知った顔が出てきた。
「あっ、リヒト先輩!」
「よう後輩。昨日ぶり」
先日オールメーラを卒業していったリヒトことリシチトン・デューその徒だった。
「リッヒー先輩なんでいるのよ。まさか【レオ】に入ったの?」
「いや。この髪の色で気づかなかったか? 俺はドルイドなんだよ」
「ああ、なるほど」
「え、イッサ、ドルイドってなに?」
「そういう一族のことなんだけど、詳しくはあとで話すよ」
「じゃあ他に質問はないか?」
クラウドの問いにイッサがおずと手を上げる。「あの、期間中の食料とかはどうなんでしょうか?」
「こちらでの用意はない。必要になったら
(ということは現地調達か……)
(げぇっ、朝ごはんもっと食べときゃよかった)
「まあその辺はガイドがいるから特に困らんだろう。因みに、「あ、こりゃほっといたら死ぬわ」レベルの緊急時でない限り助けに入ることはないからそのつもりでやるように」
「ふたりとも頑張ってください」
「もう質問はないな? ほんじゃ、入団試験開始」
2
メシエに移り住む前、妖精たちの住んでいた星『アールヴヘイム』には、精霊が形を持って存在していた。
水の精ウンディーネ、火の精サラマンダー、風の精シルフ、地の精ノーム。
四大精霊と呼ばれるそれらは、妖精たちと共にメシエへ移ったが、形は保てなかった。メシエに初めから存在する「精霊」と溶け合い、一つとなったが、一部は徒に身を宿した。
その精霊に宿られた血族の一つ――シルフに宿られた一族をドルイドと云う。
ドルイドは種族としてはヒューマンに当たるが、みな
森の中で暮らし、自然と共に生きる彼らと接する機会はほとんどない。
数少ない接点は、この〈迷いの森〉の案内役としてである。
東西を結んだ直線距離を馬車で昼夜問わず走り続け、端から端まで行くのに半月は掛かるといわれる――南北になってもこれは変わらない――広大な森。実際には道らしい道もなく、迷わないほうが困難だ。奇跡的に迷わず目的の場所まで辿り着けたとしても、それには長い時間が必要になる。
風の精シルフの宿主たるドルイドは、風が樹々の間を吹き抜けるように決して迷わず、長大な距離を数日、数時間、ときには一瞬で通り抜ける。
〈迷いの森〉に足を踏み入れるとき、ドルイドの助力は必須だった。
「――じゃあやっぱり、グランツ先輩は一緒じゃないんですね」
「ああ。あいつは【タウルス】に入ったよ」
「あんなに息が合ってたのに……」
「初めから在学中限定って承知の上で組んでたからな。俺は元々ドルイドの修行で入ってたし」
「あっさりしてんのね」
「あいつとは相棒であって友達じゃないしな」
「ふぅん」
「おまえたちだって、恋びとでもなければ友達でもないんだろう?」
「そう言われれば……」
「そうだね」
「確かに、今こうして【レオ】の入団試験を一緒に受けてるけど、イッサがガーディに行くって言ってたらあっさりお別れできてた気がするわ」アチキはうんうんと納得する。
「そうはっきり言われると、なんだかなぁ……」
「ところでドルイドの修行って?」
「道に迷わない訓練だ」
ぴた、と、アチキとイッサが止まった。
「それって……」とイッサ。
ふたりはぐるりと後ろを向いて話し合いに入る。
「そういえば先輩ズってウェストの地下で迷ってたわよね?」
「迷ってた迷ってた」
「さっきの説明だと、ドルイドって迷わないのよね!?」
「そ、そのはずなんだけど……」
くるりと前に向き直って、
「ドルイドって迷わないもんなんじゃないの!?」
「普通はな。シルフはいたずら好きだからな。すぐ迷わせようとしてくるんだよ。俺の場合それが
「チェンジ! チェンジ希望!」
「すいません! 俺も」
「なにぃい!?」
ふたりの希望が受け入れられることはなく、残念なことに不安は的中し……
「日が暮れちゃったじゃないのよぉ!」
目標のオールドラゴンを見つけられぬまま、試験一日目が終わってしまった。
「まあ初日だし、こんなもんだろ」
リヒトは疲れた様子もなく、あっけらかんとしている。
一方、一日歩き回されたふたりは疲労が顔に出ていた。
「……っ……あの、先輩はドラゴンの居場所ってわかってて進んでたんですか?」
「大体はな。あいつらは大抵森の東にいる」
「東って言うと、あたしらがスタートしたとこの反対ね」
「順調に行っても時間のかかりそうな所だから、迷ってるのかどうなのか判断しづらいね……」
「単刀直入に訊くけど、迷ったの? 時間が掛かってるだけなの?」
「ちょっと迷ったが想定の範囲内だ!」
(こいつは……)
(ちょっとじゃない気がする……)
「ドラゴンのところまでは行けなかったが、日が暮れる前に水も食料もテントを張れる場所も見つけられたんだから上々じゃないか」
「それはそうだけどさぁ」
「じゃ、俺はこの辺で」
「えっ、どこ行くのよ?」
「ん? 家に帰るんだが? また明日の朝になったら来るから」
ドルイドが通る道――シルフの抜け道に消えようとするリヒト。そのベルトをアチキとイッサは
「ちょ、なにそれひとりだけお家でぬくぬく夜を明かす気!? あたしたちも連れてってよ!」
「それじゃ試験にならないじゃないか。鱗を手に入れるまでの過程も試験の一部だぞ、棄権扱いになってもいいのか」
「連れてかなくてもいいんでせめて先輩も一緒にいてください。無事に合流できるかも心配なんで!」
「大丈夫だ! 俺もそんなへまはしない」
ふたりがかりでぐいぐいと引っ張り引き留めようとするも、残っていた体力の差か、ふたりの手を逃れ、リヒトはひとり帰ってしまった。
「くっそ、逃がした」
「俺もう無理な気がしてきた……」
「弱音吐かない! いざとなったら自力で探すのよ!」
「方角はわかるけど、ここが何処かもわかんないのに?」
「方角がわかるんなら、あたしの念力で空飛んでけばいいのよ」
「あと二日じゃ着かないかもよ?」
「そんときゃそんとき。またリベンジよ!」
「アチキのそういうとこ、尊敬するよ」
「どうなるにせよ今やることは火起こしとテント張り! イッサはテント張って」
「了解」
火起こしもテント張りも終わり、火の傍でふたりは夕食を摂り始めた。
「あたしふと思ったんだけどさ。こういう果物とかならイッサ、ヘケルで出せるんじゃない?」
「出せなくはないと思うけど、すぐ出せるかはわかんないよ? 出せても美味しくないかも」
イッサはこのごろヘケルを使うことに前向きになったが、自在にとはいかない。ヘケルで植物を生み出せても、なにが出るかは運次第、といった状態である。
「試しにやってみてよ」
「ぅん……――わっ!?」
両手を体の前に持ってこようとした瞬間、ぼっ――と、もっさりした草が足の間から現れた。イッサの鞄からよく出てくる物で、もちろん果物はない。
「変なところから出てきたわねー」
「や、これは俺が出したわけじゃ……」イッサは草とアチキの顔を交互に見て弁明する。
「ヘケルの暴走? てっきりそこはクリアしたんだと思ってた」
「いやー……、ただ理由がわかっただけで」
「ん? 理由って?」
「俺のこと心配してるんだって」
「心配……って、植物が?」
「うん」
「あはっ、イッサ植物にまで心配されてんの?」
「わ、笑わないでよ……」
イッサはむくれながら顔を赤らめた。
実は今回、草が現れたのはイッサにエールを送るためだったのだが、その思いは伝わらなかった。
さて、気を取り直して再挑戦。
体の前に両掌を出し、意識を集中する。
なんか実の生ってるやつ~、という大雑把なイメージを送る。
すると
「おーやったじゃん! で、これなんの実?」
「んーなんだろ。見覚えないけど……」
「試しに一つ」アチキは実を一つ採った。
「えっ、大丈夫?」
ぱくっと口に放り込み一噛みした瞬間、アチキの目に電気が
「っっ」
「アチキ!?」
イッサが慌てて腰を浮かせるが、すぐに「ん?」とアチキは表情を変えた。
「あっ、これ
「胡椒!?……」
「まさかそうだと思ってなかったからびっくりしちゃったわ」
「ならよかった? けど、胡椒って黒か白じゃないんだ……」
「たぶん乾燥させてあるんじゃない? 普段食べてるやつは。これも乾燥させたら使え……ヘケルでできないの? やってみそ」
「簡単に言うなあ。そりゃあ制御ができれば可能だろうけど、出したいものも満足に出せないやつに言うことじゃないよ」
「おお、できるもんなんだ。じゃあひょっとしたら出すのよりもそっちに向いてる、ってこともあるんじゃない?」
「そういう徒もいるかもしれないけど……。て、話し変えて悪いけど、“もんなんだ”って、アチキもしかしてヘケルの基礎知らないの?」
「し、知ってるわよ。特定の物を生み出したり、操ったりする力でしょ!?」
「その先は?」
「ぐっ…………そういうイッサだって、最近まで知らなかったんじゃない? 庭師のフランさん辺りに教えてもらったんでしょ」
「ぐっ。はいそうです、すみません……」
食事が終わるとアチキは「ふぁ~あ」とあくびをした。
「そろそろ寝るかー。どっちが先に寝る?」
「アチキ先に寝ていいよ」
「そ? じゃあ
「わかった。……アチキ」
「ん?」
「その、交代まで乾燥させられないかやってみるよ」
「おう。――なんかあったら起こしてね」おやすみ~と言うと、アチキはテントに入っていった。
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