第六話/前 三匹目の子犬
1
ラサラス大陸最北の村にある馬車停留所に、ひとりの幼い少女が降り立った。
少女は誰かを捜すように、キョロキョロと視線を巡らせた。
――その三日後。村よりさらに北にあるガーディの派出所。
右手と左手の間で橙色の火が渦巻き、火球が生まれた。
別の手々の間で澄んだ水が渦巻き、水球が生まれた。
二つの球はほぼ同時に放たれ、真っ直ぐに、地面に突き立つ的に向かい――そして、的に当たる前に衝突して弾けた。
火球を生み出した少年が口を開く。
「おい、おまえ撃つの早いぞ」
少年は火と同じ、橙色の髪をしている。
その少年に言葉を返すのは水球を生み出した少年だ。
「えーシャオが遅いんじゃない?」
こちらは肩より伸びた水色の髪をしていた。
ふたりとも歳は六つだ。
そんな子どもたちの様子を
白いふさふさの尻尾に、ぴんと立った三角の耳。外はねの緑の髪は後ろから見ると絵に描いたツリーを思わせる。そしてグローブを
「ラオ」
男――ラオはエメラルドグリーンのぱっちりした左目と、眼帯で覆った右目を、声の掛かった背後へ向けた。そこには品のある顔の青年が立っていた。
「どしたキリュウ。飯できた?」
「違います。掃除をしていたら本部から君宛の封書が落ちていたんです」
「俺宛? 珍しいな。いつもキリュウのとこに届くのに」ラオは身体の向きを変え、「キリュウ読んで」
「君宛なんですから、自分で読んでください」
ラオは封書を受け取ると、ガーディの象徴である十字が押された封蝋を剥がし、中の書類を広げた。文面に眼を走らせ、読み上げる。
「“【カニス】所属、ラオ・グローリア。新弟子の教育を任ずる。”」
「新弟子ですか」
「続きあるから読むぞ。“ハド・ペルセポネ。五歳。ドフフの女子。藍色の髪と
「ドフフ? 聞き慣れない種族ですね……。それで。いつ来ると?」
「えーっと、第一ノ月の十五日――停留所まで迎えに行けってさ」
「一月の十五日って、今日十八日ですよ……?」
「あー……来年?」
「まさかそんな。消印はいつです?」
「…………」ラオは封筒を確認する。そして認めた消印は、「先月」
「今すぐ行きなさい!! 三日も幼い子を待たせて! 見つかるまで帰って来るんじゃありませんよ!」
「まじかよ!?」
言いながらラオは駆け出していた。
「まったく。無事に見つかるといいんですけど」
同僚が走り去った方を見つめながら、キリュウは嘆息を吐いたのだった。
派出所から道なりに走り抜け、村に辿り着いたラオは歩を緩めた。
「キリュウってば、おっかないんだもんな」
普段穏やかな同僚が怒ったときの恐ろしさを、ラオは身を以て知っていた。
鼓動が落ち着いてきたところで周囲に目を走らせる。
「捜すっても、三日も経ってるからな~」
ずっと待ち合わせ場所の停留所で待っているとは考えにくい。村の誰かが世話をしてくれていればいいが、最悪なのはひとりで動いて迷子になっている場合だ。派出所までの道は一本道でここに来るまでに出くわさなかったことから可能性は低いと思うが、道を外れて森に入っていないとも言い切れない。幼い子どもがひとりでいれば誰かが世話を焼いて派出所まで連れてきてもおかしくないのにそうはなっていないことが、より可能性を高めている。まあ、最寄りの村といっても派出所までは乗り物がないと一般にはきつい距離だ。送りたくてもできないのかもしれない。
可能性ばかりを考えていても仕方がない。ラオは
「ん?」
停留所になにやら
そのほとんどは村の女性たちだった。
ラオが後方から覗き込むと、女性たちに囲まれてひとりの少女が椅子に腰掛けていた。
少女は鮮やかな手捌きで、スカートとおぼしき物に刺繍を施していた。
「――どうぞ」
「まぁ素敵! ありがとう」
スカートは周りにいた女性のひとりの物だったらしい。子どもが施したとは思えない、精緻で愛らしい花の刺繍が入ったスカートを手に、女性は大喜びしている。
「次、わたしのもやって!」
「いいですよ」
横にいた女の子にせがまれ、少女はまた刺繍を始めた。
どうやら集まっている女性たちは少女の刺繍が目当てで集まっているらしい。
黙々と刺繍を続ける少女は藍色のセミロングで、髪を掛けた耳は丸くない。年の頃も書類にあった少女と一致する。
しばらくの間様子を窺っていたラオは、近くにいた女性に声を掛けた。
「なあ」
「あらガーディの」
「あれはいつからあそこにいるんだ?」
「さぁ、いつかしら。わたしも噂を聞いて来ただけだから、いつからかは……。――ねぇ奥さん。あの子いつからいるのかしら」女性は近くにいた恰幅のよい奥さんに尋ねた。先程スカートを受け取った女性だった。
「三日前からよ。なんでも誰かを待ってるとかで、ずっとここで裁縫してるのよ」
「ずっと!? 三日も前から?」
「そうなのよ。みんな気にかけて様子を見に来てるんだけど、待ってる徒っての、一向に来やしない。こんな小さい子を待たせてなにやってるんだか」
「ひどい徒ね~……。――ねえ、ガーディさん」
「そ、そうね」
ラオの口端が引きつる。
そのひどい徒が自分であるとは、とてもでないが言えなかった。
その後、ラオは自分が保護するからと周りにいた奥さま方を帰らせ、少女が手を止めるのを待った。
少女は女の子が見つめる中、黙々と刺繍を続けている。
横に置かれた鞄から針と糸を取り出し、何色もを組み合わせて縫っていく。
大ぶりな鞄だが、覗く中身は手芸用品ばかりだ。もしや他にはなにも入っていないのではないだろうか。
そして、ラオが目を留めたのは少女の左手だった。
(黒い……?)
手袋を嵌めているわけでもないのに、少女の左手は炭化したように黒かった。顔や右手は白いのに、まるであとから
チョキンッ
と、糸切り
出来上がったハンカチを受け取った女の子が弾む足取りで去ってから、ラオは少女に声を掛けた。
「あ~、俺はガーディのラオ・グローリアってんだけど、おまえ名前は?」
「ハド・ペルセポネです」
(やっぱりそうかぁー)
「その、すまんな。三日も待たせちまって」
「え」
「え?」
「三日も経ってるんですか?」
「おまえ、まさか気づいてなかったのか?」
「はい」
(へ、変な子~~?)
「ということで、うちで面倒みることになったハドだ」
派出所に戻り、師弟一同が顔を突き合わせている。
尚、ハドが無事だったお蔭で、ラオはキリュウの雷を食らわずに済んだ。
「ハド・ペルセポネです。よろしくお願いします」
ハドはぺこりと頭を下げた。
「しっかりした子ですね。僕はキリュウ。キリュウ・スメラギです。あなたは名義上ラオの弟子ですが、剣技や座学は僕が教えますから、先生とでも呼んでください」
「はい」
「じゃあ次はシャオとアサギな。名義的なことをいうと、シャオが俺の弟子で、アサギはキリュウの弟子だ。まあ、ふたり一緒に教えてるし、どっちがどっちのとか気にしなくていいぞ」
ハドが視線を向けるので水色の髪の少年が口を開いた。
「ぼくがアサギだよ。アサギ・ウンディニオン。それでこっちがシャオ」
「…………」
「おい、シャオ」
「っ……シャオ・エンティ」
むっすりと黙っていたシャオだったが、ラオに促されると舌打ちしてそっぽを向きながらも名乗った。
ふたりの顔をハドがまじまじと見ていると、ラオの声が降ってくる。
「ま、ふたりともハドからすれば兄ちゃんみたいなもんだ」
「アサギ兄さんと、シャオ兄さん……?」
呼ばれたふたりの反応は見事にちぐはぐだった。
アサギは脳内で「兄さん」が繰り返し再生され、ほわわんとした気持ちになり。シャオは背筋がぞわわ〜っと総毛立った。
「兄さんとか呼ぶな……っ。寒気がする。呼び捨ての方がマシだ」
「ぼくは兄さんって呼んでくれていいからね。よろしくねハド」
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