ヴェロニカの指輪 Ⅱ

 指輪を手に、男は工房を出てすぐさま走りだした。

 男には恋びとがいたが、長く遠征に出ていたためにもう何ヶ月も会えていなかった。

 顔が見たい。声が聴きたい。抱きしめて、そして、伝える――。

 お互い弟子を育てる身だったが、弟子たちはオールメーラへ巣立って行った。やっと言える。これからはずっと一緒にいられる……。

 三十になる男が笑顔で公道を走る様は、周囲からは子どもっぽく見えたかもしれない。

 それでも走らなければ、早く――早く――と急き立てる心が、身体をおいて走って行ってしまいそうだった。

 今は表情筋がゆるゆるでも構わない。彼女にこの指輪を渡すとき、締まってさえいれば。


 彼女の家の前に着いた。はやる気持ちを抑え、呼吸を落ち着ける。顔を引き締めるのも忘れない。

 玄関の戸を開けて、彼女の名前を呼んだ。しかし、それは途切れた。

 男の手から指輪の入った箱が零れ落ちた。

 目に飛び込んできたのは、彼女が、無残な姿で床に伏した光景だった。

「ライアッ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る