第三話/前 蚤の市
1
ハド、アチキ、イッサがパーティを組んで一週間になろうという頃。
「クエストに行くぞー!」
淡青の空に向かってアチキは拳を突き上げた。
「アチキ、病み上がりなんだから、そんなはしゃがないほうが……っ」
「これくらい大丈夫よ。それにあの泥のような薬からやっと解放されたのよ? はしゃがずにいられるかっての」
「もー」
安静にしていた反動もあってか、アチキはいつも以上に元気にみえた。
そんなふたりのやりとりをハドは傍で見ていた。
「クエストの前に受付ですね。希望はありますか?」
「ランクⅤがいい!」
「え!? 低ランクでも単位足りるし、リヴァイアサンで痛い思いしたのに!?」
「確かにすんげー痛かったけど今は元気だし。単位に余裕があるからこそ楽しまなくちゃ損でしょう」
(アチキのそういうとこ、尊敬するよ……)
イッサは諦念を抱き、賛同を口にする。
「ふたりがいいならいいけど、大丈夫かなぁ……」
オールメーラ学生寮・一階ホール。
そこにあるクエスト受付には、白毛の猫型ホムンクルス――メボがカウンター越しに座っている。
いつも変わらぬアルカイク・スマイルと、美しい女声で迎えてくれた。
「おはようございまス。クエストの申し込みですカ?」
「はい。ハド・ペルセポネ、アチキ・スペーシルド、イッサ・フォレスト三名。ランクはⅤを希望します」
メボは数秒黙り込み、「ランクⅤ修得可能要件を確認、受諾しましタ」と、カウンター下からクエストの概容書を取り出し、三
「現在、申し込み可能な案件はこちらの三件でス」
三徒はハドを真ん中にそれらを覗き込む。
リヴァイアサンに負けず劣らず、震えあがるような面子が並んでいる。
そんな中、ハドが一枚の概容書を選び取った。クエストの決定権はハドにあるが、アチキとイッサにも確認を取る。
「これにしましょうか」
アチキが見出しを読み上げる。
「“対ヘケル 捜索及び捕縛”……いいんじゃない」
「え、そんなあっさり。
「いいじゃん。イッサはガーディ目指してるんだし、予行演習予行演習。――ハド申し込みしちゃって」
(大丈夫かなぁ……)
捜索・捕縛対象。名はヂーコスチ。
ヘケルは不明瞭。身体を強化する作用がある物とみられる。
身寄りはなく、推定六歳の頃、ガーディに属するヘケルに養護されることとなる。
推定十一歳頃、オールメーラ入学。以後、武闘大会にて対戦相手を重傷、再起不能に
他、目立った行為はなかったが、推定十四歳頃、自宅にて養護者が意識不明の重体で発見される。外傷からヂーコスチの犯行が濃厚とされるが、以後、消息が掴めていない。
「“ヂーコスチ”って、酷い名前よね」
場所を移動し、セントラル・イースト地区の工房街。通りを賑わす
「この名前なら偽名を使っててもおかしくないし、この――」アチキは手に持った概容書を叩き、「十年以上前の肖像画も当てにできないし」
概容書に添付された肖像画には、十四歳頃のヂーコスチが描かれていた。毛髪のない頭には傷があり、剣吞な目をしている。生気がないようでありながら、ぎらついた目。
「まあ、簡単だったらランクⅤになんてなってないだろうし」
仕方ないんじゃない、と、隣を歩くイッサが言った。
一行はヂーコスチの捜索に来ていた。
手掛かりがある訳でもなく、この工房街に来たのには理由がある。
クエストの申し込みを終えた三徒は、まずイッサの武器を調達しようという話になった。イッサの剣はフィッシュヘッドの群れに襲われて以来、折れたままなのだ。予備の武器もない。
オールメーラ内で調達することもできるのだが、ハドが工房街に行かないかと提案した。今、イースト地区では蚤の市が開催されているためだった。
蚤の市――つまりは古道具市のことだが、セントラルの蚤の市は一風変わっている。
まず、開催期間が六日間と長い。
持ち主にとって不要となった品に限らず、駆け出しの
そしてなにより変わっているのが、その取引方法。出展者が指定した物品との物々交換で成立するのである。
この普段とは違う取引方法を面白がって参加する者も多い。一種の祭りだ。
多くの徒が集まる、訊き込みをするにもよいというわけだ。
早速ハドは出展者に話を訊いている。
「この徒に見覚えはありませんか?」
「ん~? ないなぁ」
「では、近頃、暴行事件を見聞きしたことはありませんか?」
傍で聴いていたイッサはどうしてそんなことを訊くのだろうと疑問に思う。
「ああ、それなら〈連続暴行事件〉の話をよく聞くよ。知らないかい? 顔は判ってないらしいんだが、
「ありがとうございます。参考になりました」
「オールメーラの生徒も被害に遭ったって話だ。あんたたちも気をつけな」
訊き込みをした店から数歩離れた所で、イッサは先の疑問をハドに尋ねる。
「どうして暴行事件について訊いたの?」
「ヂーコスチは暴力的行為を度々取り沙汰されています。その素行が現在も変わっていないとしたら、暴行事件を起こしている可能性があると思ったので」
「なるほど」
「もう少し訊いてみます。イッサは武器探しに専念してかまいませんよ」
「ぅん……あの、アドバイスもらえないかな。選ぶコツとか」
ハドが足を止め、遅れてイッサも立ち止まった。イッサが振り返るとハドは首を傾げる。
「さあ」
数秒の沈黙。
「さあって、ハドさんは自分の武器を選んだ時はどうしたの?」
「この刀は一から作っていただいた物なので、選んでいません。籠手も既製品ではありませんし」
と、ハドの後ろからアチキが顔を出す。
「じゃあ選ぶとしたらどうする?」
「そうですね……。堅実な選択をするなら、信頼のおける職工さんの品から用途に
(しっかりとした基準!)
「いまさらですが、イッサの武器の用途とはなんですか?」
「え、それはもちろん戦うために」
「そこが疑問で。イッサは戦いを好むように見受けませんし、ガーディに戦闘技術は必須ではないと思うのですが」
「ああ、それはね、イッサがなりたいのはガーディじゃなくて、シャオ・エンティみたいなガーディだからなのさ」
シャオ・エンティとは、イッサがガーディを志すきっかけとなった徒である。同期のアサギ・ウンディニオンとともに、オールメーラ卒業最速記録を打ち立てたことで知られている。要するにイッサの憧れの徒だ。
「ちょっと、なんで言っちゃうのさ!」
「別に隠すことじゃないでしょ」
「“みたいな”というのは、シャオのような戦闘員ということですか?」
(呼び捨て!?)
ハドが誰かをいきなり呼び捨てにしたことにふたりは驚いた。アチキとイッサのことも初めはラストネームにさん付けで呼んだのだ。今の呼び方になったのはアチキがそうしてくれと言ったからだった。
気になるもののここでは触れず、イッサは質問に答える。
「そう、言われると……」
(あれ、どうなりたいんだろう)
答えようとして答えられなかった。シャオ・エンティのようになりたいのは間違いない。しかし、それが具体的にどのようになりたいということなのか、わからない。
今まで単純に彼の「真似」をして剣士になろうとしていたが、自分は「剣士」になりたかったのだろうか?
「そうじゃない気がする」
「ええ!?」
イッサの呟きに声を上げたのはアチキだ。今までまったくもって向いていないが、戦闘員を目指してやってきたと思っていたのにそうじゃなかったとくれば、驚きもしよう。
「戦闘員じゃないの? シャオ・エンティってごりごりの武闘派でしょ? 他にどんな“みたいな”があるわけ?」
「わ、わかんない……」
「っかぁ! こりゃ武器探しどころじゃないわ。なりたいもの探しだわ」
「なんかごめん……」
「シャオに会えばどういうところに憧れたのか判るかもしれませんよ」
「あ、さっきも思ったんだけど、今の口振りといい呼び方といい、ハドってもしかしてシャオ・エンティの知り合い?」
「シャオは自分のあ――」
「みつけたぞハド・ペルセポネ!」
新たな声がハドの言葉を遮った。
振り向くとひとりの少年がいた。騎士のような鎧を纏っているため判り辛いが、青い外套と校章からオールメーラの生徒だと判る。
少年はハドを指差し言い放つ。
「勝負しろ!」
2
雑踏の中でもよく通る声に、三名だけでなく周囲を行き交っていた徒々までもが注目した。ハド・ペルセポネという高名に勝負と聞こえては、気にならないセントラル住民はまずいない。
「ハド・ペルセポネだ」「――って、〈無敗の女王〉?」「相手子どもじゃないか」
少年はみるからにハドより幼かった。背丈はハドより頭二つ分低く、あどけない顔にぴかぴかの校章。新入生――十一歳だと判る。
ハドに勝負を挑む者は少なくないが、新入早々とは珍しい。余程腕に自信があるのか、無謀なのか。
鎧に加え盾と剣を背負っており、合わせて二十キロにはなるだろう装備で動き回れることから体力はあるようだ。それで勝算があるかというと話は別だが。
さて、ハドの反応はというと。
「お断りします」
少年呆然。どよめく周囲。
アチキは当然だろうといった様子で、イッサは「あっ、断るんだ」とその後の様子を見守る。
はっ、と少年は意識を取り戻し、
「何故だ!?」
「クエスト中ですから」
「クエストが終わってからでも構わない!」
「数日は掛かる見通しですし、終わってからで構わないのであれば、武闘大会に出ては?」
「あ、あんたもうすぐ卒業するんだろ。聞いたぞ。それに、ぼ……俺は今月入学したから今回の
オールメーラの武闘大会には、入学から六ヶ月以上経過していなければ出場できないという規則がある。つまり少年はハドと公式戦で闘うことはできないのだ。
「では諦めてください」
にべもない。
話は済んだと、ハドは少年の横を通り過ぎる。盾を背負った少年の背を
ハド・ペルセポネが去ったことで見物していた者も散り始めた。
その場に残された少年は俯いていた。周囲からは泣いているように見えるかもしれない。
固く拳を握った少年が零したのは、涙ではなく声だった。
「僕は、兄さんの勝てなかったハド・ペルセポネに勝つんだ」
まもなく。
「勝負!」
「し・よ・う・ぶ!」
「勝負して~」
少年はしつこく勝負の申し込みをしていた。
訊き込みをしていようとお構いなしの猛アピールに、さすがのハドも苛立っている――ように、イッサには見える。
「あんたしつこいわね。やっても負けるんだし、諦めたら?」
「やってみないとわからないだろ。貧乳はひっこんでろ!」
「触角ビーム!」
「ぎゃああっ!?」
アチキに「貧乳」及び胸の話題は禁句である。口にすれば絞め技を掛けられるか触角から光線が向かってくるかの二つに一つ。後者の「触角ビーム」は冗談で済まない事態になりかねない代物だ。
それを額に食らった少年だったが、金属製の額当てに焦げ跡が付いただけで済んだ。
「な、ななな」
なにが起きたのかよくわかっていないようだが、怖い思いをしたことはわかったらしい。両目に涙を滲ませている。
「これに懲りたら寮に帰ってクエストにでも行きなさい」
「っ……いやだ……!」
このしつこさにハドは嘆息をもらした。
「このままではクエストに支障がでるので、お受けします」
「っ、本当か!?」
「勝負法はこちらが指定しますよ」
「いいぞ!」
少年は大好きなおもちゃを見せた犬のように瞳を輝かせた。
「では……アチキとイッサに蚤の市で欲しい物を一つずつ選んでもらって、相手より多く手に入れられた方を勝ちとします」
「いいですか?」と、ハドはアチキとイッサに訊いた。
イッサが頷き、アチキも、
「あたしたちはいいけどさ」
「武闘勝負じゃないのか!?」
そのつもりだった少年は声を上げた。
「武闘での勝負とは誰も言っていないでしょう」
「武闘で勝たないと意味がないんだ!」
「……でしたら、この勝負であなたが勝ったら剣でお相手しますよ」
「っ、約束だぞ!」
(さっさと武闘勝負してあげたほうが早そうなのに、なんでそうしないのかな……。チャンスをあげてるとか?)
「ねえ、これだとハドになんの得もなくない? ハドが勝ったらなんかないの?」
「そうですね……。では、自分が勝ったら、その盾をもらいます」
ハドは少年が背負っている盾を指した。盾は少年の背をすっぽり隠すほどの大きさで、二センチを超える厚みがある。白、銀、銅色の金属を合わせて模様が描かれており、壁に飾るにも申し分ない、高い技術で作られた逸品であることが窺えた。
「っ、これはダメだ! これだけは絶対――」
「あなた、勝つんでしょう?」
身が
「それならなにを指定されても同じでしょう」
「そ、そうだ。勝つのは僕――じゃなかった、俺だからな!」
はははは、と、こめかみに汗を滲ませて笑う少年は、自らを奮い立たせているように見えた。
「ところで、どうしてただの買い物が勝負になるんだ?」
がくっ、と、アチキは肩を落とした。
「あんた知らずに了承したの?」
「しょうがないだろ、そこまで考えてなかったんだ」
(それを言っちゃうんだ)
「はぁ、イッサ、説明してあげて」
「えっ俺? ……っと、セントラルの蚤の市は物々交換なんだ。しかも出品者が指定した物とだけ交換してもらえる。よく指定されてるのは鉱石とか毛皮とかかな。
「…………」
(俺の説明わかりにくかったかな……)
「大体わかった!」
「よかった、わかってもらえてた!」
少年はその場で駆け足を始めた。
「早く選んでくれ。関係ないやつに先を越されてしまう」
「今日のうちは焦らなくて大丈夫ですよ。交換可能になるのは明日からなので」
「そうなのか。それでも、早く決めたほうが指定物を早く探しに行けるじゃないか」
逸る気持ちを抑えきれず、少年は一歩、大きく踏み出した。
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