だって…(仮題)

赤坂 史呉

第1話

その人は泣いていた。


冬の訪れが肌に刺さる空気の寒さから分かる日のことだった。

もうとっくに日は暮れていて、冷たい大気が空を更に濃黒にして星の明るさを引き立てていた。



東京と千葉の県境に近い街の閑古鳥が鳴きかけている商店街。シャッターを閉めている店が3割程ある。

とは言え町工場の多い地域なので夜になると一定の賑わいを見せる。

今日もピンクやら黄色やらの照明器具が己の存在を存分に主張し合っていた。

そんな街の一角でその女性は号泣していた。

周りを行く仕事帰りのサラリーマンたちが町とはあまりにも不釣り合いなその女を横目で怪訝そうに見ながら通りすぎて行った。






私は泣いていた。

こんなに泣いたのは久しぶり。

なぜだろう、こんなにも感情が抑えられない。涙が止まらない。

今は泣く時じゃない。ここでは泣くべきじゃない。何度自分に言い聞かせても自制が効かない。

この溢れ出すものを止める方法がわからない。

只々自然の摂理に従っているかのように。不可抗力にされるがままに。

なぜ自分は泣いているのか。それすらも私には理解ができなかった。


周りの人たちがわたしを訝しそうに見ているのが霞んだ目を通してぼんやりと見える。「このヒトどうしたんだろう。なんで泣いているんだろう。」みんなの顔にはそうやって同じ台詞が書かれていた。

更にはこちらににこにこと好奇の目を向けてくる人をもいた。変なのは自分だとはわかっているのだがそれでも気味が悪かった。

年甲斐もなく他者のそのような目線にさらされて私はとても恥ずかしくて悔しかった。だがしかし泣き止むことを幾ら望んでもそのためにさまざまなことを試みてもそれは不可能であった。だから私は今すぐにでもその場から消えてなくなってしまいたかった。



私には一人の友人がいた。彼は吾妻海空あづま みくうという名前で私と同い年であり幼馴染であった。私たちが小さかったころ二人は同じマンションの違う階に住んでいた。どちらの両親も共働きであったことも重なり私たちは頻繁に互いの家を行き来して、たくさんの時間をともに過ごした。彼は私の友達の中では一番頭が良くいつだって私の憧れであった。恥ずかしながら私の初恋の相手でもあった。彼は私のことを良い友達としてしか見ていないという事実が言動から見て取れたのでその想いをを本人に明かすことはなかったが。まあ、これは過去の話だ。

優秀な彼はさも当たり前のように地域随一のレベルを誇る高校から医大進学を果たし、今では、大学病院で念願の小児科外科医として多くの子供たちを病から救っていた。


一方私は彼とは違い普通の人生を送っていた。それなりのレベルの高校、大学を卒業しそれなりの企業に就職しそれなりの事務員をしていた。どこにも不満要素はないが絵に描いたようなありがちな人生だと最近気が付き、思い始めた。私はこのままでいいのだろうか。

実生活は幸せであった。来週に結婚を控えていた。相手は大学三年生の時から付き合っていた谷中汐和やなか うしおという商社マンの素敵な男性である。汐和とは初めて会った時から趣味の話で意気投合をし、そこからごく自然に恋愛関係に発展をした。こんなにも気の合う男性がこの世の中にいるという事実は私をとても驚かせた。私は汐和のことがとても好きだった。私を惚れさせてくれる彼であった。また彼も同じように私を大切に愛してくれた。愛し、愛されているという自信と自覚が私と彼をさらに強く結ばせた。私は本当に、汐和のことが大好きだった。


そんな今日、私は海空と食事に行く約束をしていた。

私の結婚祝いであった。

今までも私と海空は定期的に食事に行ったり遊びに行ったりしていた。

20年来の友人ということで互いにとても心を許しており本当に何でも言い合える仲であったのでこの会合はお互いの日ごろのガス抜きになっていた。上司の愚痴から何が面白いのかすらよく解らないばかげた話、昔の思い出話。銀河を構成する小さな星たちの数にも勝るほどの、本当にたくさんのことを話した。

だがしかし私はもうすぐ結婚をする。汐和の妻になるのである。

だからさすがに、今まで同様に海空との定期的なに集まりを行う事は難しくなる。

実際的にどうであるのかは計り知れないが、現実問題今日が私がこの立場で海空とゆっくり話を出来る最後なのではないかと私はうすうす感じていた。心がただとても切なかった。だから今日という日をいつになく大切にとらえていた。


それは30分前のことだった。海空から一通のメールがきた。


生死を彷徨う急患が連れて来られて緊急手術をすることが決まったため今日は食事に行くことができない。埋め合わせは絶対にする。


というような内容のものであった。



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だって…(仮題) 赤坂 史呉 @polar-star3

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