四部

第1話 つまり変身

「あの……なんで、こんな格好させられてるん、ですか……ッ」


 耐え難い羞恥心で貌を真っ赤に染めながら、僕は執務室の隅っこに正座し、服の裾を限界まで引っ張る。その様子を見て、眼前の殲滅兵室の面々はそれぞれの反応を示す。


「ここまで似合うとはね……」

「なぁ、お前もしかして性別偽ってんじゃねぇか? これからその格好で過ごせよ。そっちの方がしっくりくる」

「…………」

「こ、こんな格好したくないですよッ!? 僕の服返してくださいッ!」


 堪らず叫ぶが、僕が着ていた服は現在ミレナさんの両手に持たれている。腕を伸ばすが、返してくれない。

 このままだと僕が恥ずかしさで死ぬのに加えて、手をわきわきと動かし続けるアリナさんに何をされるのかわからない。色々と危険だ。


「ダメよレイズ君。これは任務のために必要なことなの。幾ら貴方がこれまで数多くの成果を上げてきたからと言って、認められないわ。大人しく私たちの着せ替え人形に……いえ、任務のために最適な服装を選ばせなさい」

「今着せ替え人形って言ったじゃないですかッ!! やっぱりそれが目的ですかッ!」

「心配するなよ。今のお前、街を出歩いたら絶対すぐに声かけられるくらいだぜ。髪も長くしてあるし、睫毛も元から長い。元々女顔なだけあって、見分けられる奴なんかほとんどいない。いや。絶対にいない」

「全く嬉しくないですよ、っていうかアリナさん何やってるんですか──あ、ちょっ、何処弄って──ッ」

「ここまで化けるとは。嬉しい誤算だった」

「何がですかッ!」


 身体を這うアリナさんの手を掴んで静止させ、床に着くほど長い藍色の髪を揺らして抵抗する。

 その際、チラッと室内にある姿鏡を視界に入れると──そこにいるのは殲滅兵室に普段いないはずの乙女が一人。

 長く艶やかな藍色の髪と、ぱっちりと大きな同色の瞳。白く滑らかな銀雪の素肌が覗く首元は何処か艶めかしく、乙女の色気を醸し出している。全体的に線の細い体躯と白いワンピースがとてもマッチし、何処から見ても完全な少女だ。

 しかし、羞恥心で貌を真っ赤に染める少女こそが、今の僕の姿だった。


 どうしてこんな格好をさせられているのか。それは話せば長く……ない。

 先ほど告げられた任務に際して、周囲に僕が宮廷魔法士であること、そしてそもそも男であるということを隠す為にこのような服装をさせられているのだ。

 ミレナさんが名案を思い付いたからと思っていた矢先にこれだよ。ここの部署、完全に僕のことを玩具としてしか扱っていない気がする。


「そ、そもそも、王女殿下には何て説明するんですか?」

「そのままよ。レイズが傍にいてもおかしくないように女装させますって伝えるわ」

「鬼ですか貴女は──え?」


叫び掛け、ふと止める。そのまま目をギリギリとミレナさんの背後にある扉に目を向け──僕は震えた。


「な、んで……」

「あ、その……ミレナお姉さんに呼ばれて……」


申し訳なさそうな貌で目を逸らす少女。その子は、つい数日前に僕が実験施設から救出したばかりの女の子、ソアだった。

彼女の告げた言葉に、僕は再び視線をミレナさんに向ける。と、彼女はウインクと共に悪戯めいた笑みを浮かべた。


「ドッキリ大成功♡」

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


絶叫する。

最悪だ。ソアにだけは見られたくなかったのに……。小さな女の子にまでこんな変態的な趣味があると思われるなんて……。

身体の力が抜けたことによりアリナさんが僕の身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめて来る。完全にぬいぐるみと同等の扱いですよねこれ。


「えっと、その……凄く可愛い、よ」

「ソア、無理に褒めなくていいよ……」

「え、いや、本当に女の子みたい」

「あんまり嬉しくないからね!?」

「はい、次はあれを着る」

「は?」


力なく見ると、ミレナさんが次に僕に着せる服を手に持ち、嫌な笑みを浮かべている。両手に持たれているのは、俗に言うゴシックドレス。ご丁寧なことに黒と赤の傘と、頭部に着けるフリルまで用意されている。どこから仕入れてきたんだよう。


「さ、エルト君は部屋から出て。乙女の着替えに男性は不要よ」

「仕方ないな」

「だから僕は乙女じゃなくて──アリナさんも無理矢理脱がそうとしないでくださいッ!!」

「早く脱ぐ」

「だから、本当に──」


 僕の抵抗も虚しく、その後およそ二十着の服を着せられるという完全な着せ替え人形として遊ばれた。途中、何度か脱走を試みたけれど、アリナさんが植物で身体を拘束してきたりしたため、諦めた。流石に任務の前に腕を折ったりするようなことは避けたいから。

うちの部署暴力的過ぎませんかね。



「はぁ……」


ウィッグを取り、普段のローブ姿に戻った僕は自室で自分で淹れた紅茶を啜り、とてつもない疲労に溜息を吐いた。肉体的にではなく、精神的な疲労が大きい。あと男の沽券を徹底的に貶された気がする。


「お疲れさまです、お兄さん」

「ああ、ソアか……。いや、本当に疲れたよ。主に精神的に。あとお菓子食べていいからね」

「ありがとうございます」


机の上に出した焼き菓子を手に取り、ソアは僕の対面に座る。一応紅茶も出しておこう。ミルクと砂糖を隣に置いて。

と、エルトさんがノックもなしに入って来た。


「あん? なんだ男装してんのか」

「しばき倒しますよ? 僕は男だって言ってるでしょうが」

「冗談だ。そんなに怒るなよ」


ドカッとソアの隣に座って焼き菓子を口の中に放り込む。エルトさんは相変わらず遠慮がない。さっきもミレナさんたちと一緒になって面白がってたし。


「それで、結局僕が任務で着る服は決まったんですか?」

「あぁ、元々女子用の学園指定制服があるからそれを着せるらしいぜ」

「え? さっきまでの時間全部無駄?」

「あぁ」

「ちょっとミレナさんたちにお話しをつけてきますね」

「やめとけ。また玩具になるぞ」


立ち上がった途端にそう言われ、再び腰を落とす。

それを言われたら何も手出しできないんですが……。


「あの、お兄さんは任務に行くんですよね?」

「ん? あぁ、そうだよ。あ、ごめんね。孤児院に遊びに行くって言ってたのに、しばらくいなくなっちゃって」

「それは大丈夫ですけど、危険じゃないんですか?」


心配してくれているようだ。


「大丈夫だよ。僕はこう見えて強いし、念のため王女殿下の護衛をするだけだから」

「それなら、いいんですけど……」

「……」


紅茶を啜りながら、考える。

実際、大丈夫なのかどうかはわからない。本来なら王女殿下専属の護衛などがいるはず。なのに、入学の時期になってどうして僕に護衛の任務を取り付けるのか。もしかすると、常人離れした強さを持つ殲滅兵室の魔法士を護衛にしなければならない理由があるのか。

ミレナさんにそこのところを尋ねても、多分教えてもらえない。

なら、僕がやることは一つ。


何があろうと王女殿下を──リシェナ様を守るだけ。

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