第5話 勝手口の先に依存、友達からのメッセージ

 夢を見なくなった。


 骨折したのは3週間程前だろうか。

 あれから玄関扉で外に出た事はない。

 スーパーもコンビニも勝手口の先の世界にある。宅配も勝手口からだ。

 ……荷物が届いた時、ノックされる音が家中に響くのだけはちょっと嫌だけど。それ以外は最高だ。

 勝手口の左隣には洗濯機がある。前は外干ししていたが、今は乾燥機能を駆使し、その後風呂で中干ししている。


 勝手口のドアを開けて外出する。

 この世界から勝手口のドア周辺を見ると普通の玄関なので、洗濯物を干すスペースがない。

 そのため、やむを得ず中干しをしているのだ。けれど、それ位苦には思わない。


 私服で出ても、平日ならあの扉の先では何故か制服に着替えられている。休日ならかっこいい服に。

 配色が良くさらに痩せて見えるその制服は、通学路で「いいなー」という声を何度か聞いた事ある。評判の良い学校なのだろう。


 それからひろに話しかけ、校門前で奏太そうた達と合流し、ハセに何してんのと言われて教室に行く。

 ホームルームが始まり終わり、1時限目の数学の授業が開始された。

 若い男の先生が分かりやすく解き方を教えてくださったその授業は、とても楽しすぎて50分間とかいう長い時間じゃないみたいだ。


「い~ぶきっ」

「うっわびっくりした!!」


 数学担当の先生が教室から出たやいなや、にしきが超特急で僕の机の右に来た。

 偶然目が合ったハセもこっちに近付いてくる。


「男ふたりで何戯れてんのさ~」

「良いだろ~?」

「まぁ和むし良いけどさ~」


 錦とハセは、話し方がまるで双子だ。恋人になると相手に似るってか。

 ただ目の前でイチャイチャはしないでくれ胸くそ悪い。

 そんな事を思っている時、唐突に小さな機械音が鳴った。

 アプリごとに違う音を設定しているので瞬時に解る。今のはメッセージアプリの通知音。

 音がしたのはジャケットの右ポケット。勿論スマホを入れている所だ。


「ごめん、ちょっと確認するから2人きりでイチャイチャしといて」

「え? あ、なんかよく分かんないけどうん……」


 ハセの返事が終わった瞬間、目線をスマホに向ける。

 送ってきたのはがく。上京する前に住んでいた所の友達だ。

 映っている文字は……


『助けて』。


 どういう意味だ? いたずらなのかな。

 ……いや、いじりか。

 樂はいじめられてなんかいなかったし、むしろとても明るい陽キャだ。

 彼はたまに僕を軽くいじって遊んだりもしていた。勿論超軽くで、僕も心の底から笑っていた。

 そんな過去を思い出した僕は、このメッセージもいじりの一環だろうと処理してスマホをポケットにしまった。


「何の通知だったんだ?」

「他校の友達からだった」


 実際他校だから、嘘を吐いた訳ではない。聞いてきた錦も、その隣にくっついているハセもこの後通知について何も言わなかったので、2人と談笑し始めた。



 帰宅し、今日習った所を復習している時にもメッセージアプリの通知音が鳴った。

 ノートの左に置いてあるスマホを、利き手ではない左手で操作する。

 送ってきたのはやっぱりまた樂。ロック解除して見てみると、彼が送信したのはSOSではない文章だった。


『伊吹、帰ってきてよ』。


 昨日まで、いや、1時限目が終わるまでSOSどころか戻ってきてという要望も一切送らならった樂が。

 そもそも上京してからほぼメッセージを送ってこなかった樂が。


 何かいけない事が起きていると気付くのは容易だ。帰った方が良いというのも。

 けれど、僕にはその勇気がなかった。


 上京する時、両親に殺されそうな勢いで叱られた。当時は僕は東京に行くんだよ!! の一点張りだったので何も思わなかったが、今はもし次会ったら本当に殺されるかもしれないという恐怖で押し潰されそうだ。

 それに、帰るという事は玄関の先の世界に出るという事だ。駅や歩道でクラスメイトに鉢合わせたら、また暴言と暴力の嵐に襲われるに違いない。


 そんな世界に自分から出る気にはとてもなれなかった。

 樂のメッセージに返答せず、いわゆる既読スルーをして勉強を再開した。


「あれ、ここどうやるんだっけ」

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